目次
不登校の生徒数は増加傾向に。学校は子どもたちにとって、楽しい場ではない?
中学受験熱が高まり進学塾に生徒が集まる一方、全国学力調査のアンケートによると「学校に行くのは楽しい」と答えた子どもは減少傾向にあります。2021年に不登校と認定された小・中学生は19万人を超え、過去最高に。不登校にはさまざまな要因がありますが、今、学校が子どもにとって楽しい学びの場であるかどうか問われています。
そんな中、受験勉強のための授業やテストなどを行わない興味開発型の塾・探究学舎が、拠点を置く三鷹市で「探究カンファレンス」プロジェクトを立ち上げました。探究学舎の特色である子どもたちが夢中になれる探究の授業を学校でも行うことを目指しています。
三鷹市の小中学校教員に探究型の授業のやり方をコーチし、その発表会を三鷹市立第三小学校で開催しました。指導を受けた教員たちが、自分の得意分野について動画やスライドを活用した公開授業を行ないました。
結論ありきの演繹法ではなく、みずから発見する帰納法の授業を
始めに体育館でこの取り組みについてのレクチャーがありました。集まった子どもたちと保護者を前に、三鷹市教育委員会教育長の貝ノ瀬滋さんが、探究学舎との共同プロジェクトについて説明しました。
三鷹市教育委員会教育長の貝ノ瀬滋さん:「昨年度から三鷹市の学校の先生は、『自分の授業をもっと良くしたい』という思いで、探究学舎の方々と授業づくりをしてきました。先生が黒板を背にして教科書の内容を教え込むばかりでは、子供たちは学校に来るのを嫌になってしまう。そうではなく、先生方には、学校に来てワクワクしながら友達と一緒に自分の学びを作っていける子供たちを育ててもらいたいです。それが、将来この不透明な社会の中でしっかりと生き抜いていくたくましさと自立心を育むことにつながっていきます」
次に、子どもたちから“やっちゃん”と呼ばれ、親しまれている探究学舎の代表・宝槻泰伸さんがデモ授業を行いました。科学実験番組のような動画が映し出され、3人で団扇(うちわ)を使った風船レースをした場合、団扇で風船をあおいで飛ばすなど、どのやり方が一番速くゴールまで風船を持っていけるかということを予想。そのレースを左右する「気流」について知ります。
参加した子どもたちは、テレビを見る感覚で3択クイズに答えながら積極的に手を挙げて発言。実験の結果が出ると「どうしてだろう?」と不思議そうに首を傾げる様子も見られました。
授業の後、宝槻さんはインタビューに答えてくれました。通常の学校のカリキュラムのように「今日は『気流』について学びます」と最初に単元を示してから、「気流とは……」と知識を頭に入れていくのではなく、「お盆の上に風船を置いて落とすと、どうなる?」というような実験を見ていくうちに「気流」の存在に気づくという「探究」のプロセスを経ることが大切だと言います。
子どもたちの興味を引くような問いかけが必要
宝槻さん:「学校の授業は先に結論ありきの演繹法。生徒たちが一斉にたくさんの単元をこなしていくためのもので効率は良いけれど、面白くはない。僕たちの実践している授業は帰納法で、実験などをしながら、子どもたちが気づいたことを自分なりに公式化していく。デモ授業でも、教師役である僕から、空気や気流がどうということは一切、言わなかったでしょう。でも、クイズの答えを1つずつ考え、それを積み重ねると、だんだん気流が影響しているということが見えてくる。だから、納得できる。そういった興味を引き出す問いを『ドライビング・クエスチョン』と言い、探究型の授業にはそれが必要なんです」
「ブラタモリ」のように先生が街を探検する動画も披露
小学校の教室では5人の現役教員が、動画やスライドを活用した自作の探究授業をプレゼンしました。大学でITを学んだ教師はコンピュータの歴史についての授業を実施。世界初のコンピュータは1946年、アメリカ・ペンシルバニア大学のモークリーとエッカートらによって作られた電子計算機「ENIAC」で、どのぐらいの大きさだったのか。現在の日本のスーパーコンピュータ「富岳」とは計算速度がどれだけ違うのかということをクイズとして出しながら説明。参加した子どもたちは熱心に聞き入っていました。
他にも「成城学園前の地理について」「サッカー界のレジェンド、カズについて」というテーマの授業が展開。探究学舎は教員と共に成城学園前を人気TV番組「ブラタモリ」のように歩いて探検する動画を制作するなど、全面バックアップしたとのこと。コンピュータの歴史をたどる授業では、教室にファシリテーターを配し、教師と生徒の間に入って中立的な立場から問いかけをするなどしてサポートしました。
宝槻さん:「今回、参加してくれたのは三鷹市全体に700人ほどの教員がいる中で30人ほど。研修のときから先生たちは盛り上がっていましたね。やる気を持って参加してくださったので、僕も本気でレクチャーしました。実際に学校で探究の授業をすることになったら、今回のようにひとつひとつ動画を作成して見せるというのは難しいかもしれませんが、まず、先生が授業を自分の作品として作りあげるという体験が重要。実際に参加した先生たちは『ふだんの授業のやり方も変わった』と報告してくれます」
子どもたちが幸せに生きていくための教育改革を
2022年度から高校の学習指導要領が改定され、「総合的な探究の時間」という新科目がスタートしています。大学受験でもますますAO入試、推薦入試の割合が増え、高校時代に何を「探究」していたかが問われるようになるだろうとのこと。また、日本企業の国際競争力低下が指摘され、イノベーティブな発想が求められている中、探究型の学習は人材開発に役立つかもしれません。
宝槻さん:「いえ、国家にとって有用な人材を育てることは目的にしていません(笑)。探究型の学習はあくまで子どもたちが何かに興味を持って幸せに楽しく生きていくためのもの。これからの時代は『外の物差し』ではなく、自分の価値観という『内なる物差し』を持てるかが大切で、そのためには学校の授業も変えていかなければならない。まず、この三鷹市からスタートし、全国規模で変えるまでには30年ほどかかるでしょうが、粘り強く学校教育の現場に働きかけていきたい」
学校の現場でもタブレットが配布されるなど、さまざまな工夫が成されていますが、生まれたときからYou Tubeなどに接している今の子どもたちに学びの面白さに気づいてもらうには、教える側がもっと積極的になり、エンターテインメント性を発揮しなければならない。そんなことを気付かされた公開授業でした。
取材・文/小田慶子