新時代教育のキーマンに登場していただく対談連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第1回のゲストは探究学舎の宝槻泰伸塾長です。前編、中編につづき後編では、従来の学歴社会から学習履歴社会へと変わっていくこれからの教育について、讃井さんと熱く意見を交わしていただきます。
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子どもの可能性を伸ばすためには?
讃井 学校の授業で可能性が引き出されてる子って、実はそんなに多くないんじゃないかと思いませんか?
もともと勉強が得意な子や、部活で活躍できる子など、可能性が引き出されている子は3割くらいで、残りの子どもたちは、そんなに可能性が伸びていないんじゃないかと。本来は、真の意味での個別最適教育というものがなされるべきだと思います。テクノロジーなのか、人間の教育手法の進化によって個別最適な教育が実現しない限り、本当の意味での一人ひとりの可能性って引き出せしていけないと思っています。
探究学舎には個別最適教育の5つの要素がある
讃井 探究学舎の話を聞いていると、真の個別最適教育に必要な5つの要素が詰まっていると思いました。真の個別最適教育では、
①知識や技能の習得
②興味関心の発見
③課題を設定したアウトプット
④自分のやりたいことによる進路選択
⑤自分を出せる居場所、コミュニティの選択
の5つを一人ひとりの子どもたちに合った形で実現することを目指します。それがこれからの時代の理想的な教育です。
探究学舎はすでに5つの個別最適教育を実践し、一人ひとりの可能性を花開かせる場所になっていると感じます。少なくとも、今までの学校にはない、オルタナティブな居場所をつくっていますよね。
宝槻 そうですね。個性を可視化して、個性を承認し、一人ひとりの個性を最大限に花開かせる場所でありたいと思っています。僕は、世の中の構造がピラミッド社会ではなくなることが重要だと思っていて、昔なら貴族階級と農民階級なんだけど、今でも資本家と労働者という構造がある。あとは、親がすごい人だったり、学歴の有無とか。
僕も小学生の娘がいるけど、勉強ができる優等生タイプではないんですよ。
讃井 決めるにはまだ早い気もしますけど。
宝槻 早いけど、傾向がある。だから、こういう子が、自分の居場所や才能を発揮できる道筋をつくっていってあげたいなと思います。僕のように期待する親は多い気がします。
讃井 ライフイズテックでも、いろいろな子にITでのものづくりに興味を持ってほしいのでアプリ開発、動画制作、デジタルミュージックなど様々なコースを用意しています。探究学舎もたくさんのコンテンツがありますが、みんなの興味関心がひとつではないからという理由もあるんですか?
宝槻 まさにそう。究極的に言うと、この世に存在するすべての驚きと感動の種をまける存在になろうと思っているからです。
讃井 いいですよね。小学生は教科と言えば算・国・理・社の4教科ですけど、ベストは100人いたら100人の教科をそれぞれ受けてもらいたい。
新しい教育を選ぶ保護者の不安やリスク、どう答える?
讃井 探究学舎にしても、ライフイズテックにしても、新しい学校や新しい教育、新しい習い事に行かせようと思う保護者が必ず迷うのは「ここで新しいことを学んでいてリスクはないのかな」ということです。受験の勉強をしなくていいのか、この習い事をさせていて、本当に子どもは大丈夫かなという不安も出てきます。
探究学舎ではそういう質問が出たとき、どうお答えしていますか。
宝槻 探究学舎で学ぶ方がいいと思っていますが、そこは僕は説得はできないです。
プロダクトサイクルってあるじゃないですか。例えば、スマートフォンがガラケーを打ち壊していく、ブラウン管テレビが液晶テレビに変わっていくようなサイクルのことです。これからなら、電気自動車がガソリン自動車を打ち壊していくでしょう。これは相当時間をかけて移行していくと思いますけど、車は走ればいいからガソリンの自動車で十分と主張する人たちに、どんなに電気自動車の良さを説明してもすぐに受け入れてはもらえないわけです。
だから、僕たちの探究の学びや個性最適教育が、市場の中で主役になっていくには時間経過が必要です。おそらく保護者の価値観は変わっていくと思います。受験をしない不安やリスクが消えて、受験産業もトータルとして市場規模が小さくなっていく。これが必ず起こるんじゃないかなと思っています。だから、今、説得してもあまり意味はないかなと。
讃井 こちらの新しい学びの方がいいよって言っても、世の中の仕組みがついてきていない。探究をものすごく真剣にやっている子が、受験のテストはなしでいいよということにはまだなっていない。世の中の仕組み自体もセットで変わっていかないと厳しいなと思います。
僕たちのプログラミングスクールでは、AO入試(総合型選抜)の支援があります。ちゃんと社会の課題を発見して、企画に落として開発して、世の中の反応を見て修正するところまでやる。大学でもそういう生徒はぜひ来て欲しいとなるので、まずはアウトプットをしっかり持つことで進学にもつながってほしい。またライフイズテックでプログラミングを学んだ子たちは、大学生になると教える側のメンターとして戻ってきます。就職活動では、ライフイズテックのメンターというのが採用でプラスに評価される。もちろん面接の結果次第だと思いますけど、就職にちゃんとつながるという出口を僕らでちゃんとつくれば、保護者も安心してくれるかもしれない。
宝槻 わかります。でも、それはつじつまを合わせている面もある。だってライフイズテックの掲げているスローガンは、「Why don’t you change the world?」でしょう。「何で世界を変えないの?」ってことを一番言いたいわけでしょう。
讃井 そうです。「そのコミュニティが君を評価してくれないんだったら、もう、そこを飛び出して一人で食っていけよ」という思いもあります。一方、いい大学やいい会社に行って活躍する子もいます。
宝槻 それは否定できない、それもいい人生だから。
讃井 大きい会社のパワーを使って、世の中をよくしてくれればいいとも思ってるし、一方で、独立したいとか、会社が合わないなら、大学生のときから起業するでもいいし、そういう子たちもいます。だから、それぞれが自分に合う居場所を、進学でも就職でもちゃんと自己決定できる状態をつくることが大事だと思っています。
学歴社会から学習履歴社会へ
讃井 前編で宝槻さんは探究学舎では、ダイナミックなアウトプットだけを評価するのではなく、日常の中の小さなアウトプットもすごくいいと話されていて、私もとても共感しました。子どもの評価という点で、これからの時代への変化は感じていますか。
世間の数字の評価ではなく、自分の評価軸でフィードバックする
宝槻 この資本主義社会の中では、数字が評価と結びついているので、何万ダウンロードのアウトプットを生み出す人がスゴいとなりがちです。地方の町の喫茶店をやっています、というのはスゴいとはならない。でも、その価値観で大人が子どものアウトプットを評価していると、多様な個性をアプリシエイトする社会にはまだならないのかなと思うんです。喫茶店をやって、町民に愛されるコーヒーをつくっていることも、一億ダウンロードのアプリをつくってることも、質が違うことだから、どっちもいいよね、というイメージは持っていきたい。
讃井 いいですね。今の時代、売上げの数字や、いいねの数に惑わされすぎると、結局、人生を狂わされるんじゃないかと思っています。自分はこうありたいんだっていう芯を大事にすることや、それに合った評価軸を自分でちゃんと持っておかないと、本当に世の中に流されてしまいそう。
宝槻 まさにそうだね。僕たち大人が、“他人より秀でる”ことをカルチャーとしてずっと受け取っているじゃない。小学校、中学校、高校、大学とずっと。だから、大人になったときに自然と他人と定量的に比較して、どっちがすごいかっていうことを推し量る、暗黙の前提がある。そういう前提を消し去った少年期、青年期を過ごした子どもたちが大人になったら、ニュースのつくり方とかも、またちょっと違うのかもしれない。
讃井 違うと思います。学校の功罪になるけど、結局、大人が評価しやすい基準で子どもたちに点数をつけるので、建前では「みんなのことをよく思っているよ」とは言うけど、実際は、勉強・部活・生徒会などの3つぐらいしか評価基準がない。本当は100人いれば、100通りの評価基準があるべきだと思う。だから、私は今の限られた基準がそもそも嫌いで、そんなもので他人と比べる必要はないと思っています。評価よりも、フィードバックがあればいい。本来、人が成長することが目的なのだから、個人がやりたいことに向き合ってフィードバックすればいい。それが増えてほしいです。
宝槻 すごくいいね! 僕は最近、学歴社会から学習履歴社会へと発信するようにしているんですけど、学習履歴って比較のしようがないと思っていて、どっちの学習履歴のほうが優れた履歴とは言えないと思うんですよ。でもその人の学びを表わしているものにはなる。
学歴は比較するものじゃないですか、おまえの学歴のほうが高いとか低いとか。だから、給与や地位や学歴は定量的に比較できるけど、学習履歴は定性的なものになるので、常に自分にフィードバックを与えるものとして、その履歴がある。だから、先生や講師や師事しているメンターが学習履歴を見て「じゃあ、もうちょっとこういうのをやってみたらどう?」とより良いものになるために使われて、そこにすごく価値があるわけでしょう。
だから、すごくフィードバックを媒介するものとして、学習履歴というアイテムが一人ひとりの個性を支えてくれるといいなと。これはまさに讃井君が言う、評価の仕組みを変えるということになる。
学習履歴が子どもの学びの評価になる
讃井 そうですね。学習履歴は、2020年から2030年にかけては大きな教育のキーワードだと思います。学習履歴は一般的には、ICT化が進むことによって、例えば算数をどういうペースで学んできたかがデータ化されて蓄積されていくという話に捉えられがちです。しかし、私自身は、ポートフォリオっていう言葉に近いものだと思っています。自分がどんなことを探究してきたのか、どんなものをつくってきたのかという記録を蓄積することで、それがまさにその人を説明し、証明することになる。
宝槻 そう。その子がよくなるために学習履歴があるという大前提ですね。
讃井 学習履歴のデータは子どもたちのものなんです。そのデータや実績を使って、子どもが学びたい場所へ持って行って「これまでこういうことをやってきたので、大学の研究室に高校生から入れてください」って言えたらいい。
テスト以外に、探究した学びで得た自分の力を証明するものとして、学習履歴があるというのはすごく大事だと思います。
宝槻 そう、自分の個性や可能性を、他者に対してコミュニケートするためのツールという位置づけです。だから、学習の目的が、最後に一番いい学歴に到達することじゃなくて、いま8歳のときも10歳のときも15歳のときも、そのときそのときの豊かな子どもの体験やチャレンジをちゃんと具体的に記録としてアルバムみたいにしていく感じだよね。目標が点じゃなくて線になっている感じだから、深みはあるなと思います。一回のテストの点数より、よっぽど説得力がありますからね。
学習を形成する大人の意識も変わっていくべき
宝槻 じゃあ、どうやってそういう履歴をとるの?という話になったとき、アナログでとれる気はまったくしなくて、テクノロジーの力でどうやってオートログしていくかという発想がキーになっていくと思います。
讃井 そうですね。テクノロジーの力によって、できるようになることが変わって、生き方の幅が変わっているわけだから、学び方や職業選択をする根拠も、質が変わるはずなんですよね。
宝槻 子どもたちの学習は、科学的な証明性ではなく、今の大人の経験を根拠に形成されている。保護者も「私たちは計算や漢字練習、読解力をやってきたし、それをやらないといい仕事ができないんじゃないか」と。だけど実際問題、パソコンやiPhoneやインターネットネイティブの子が、漢字の書き順がわからなくても、何の不都合もないかもしれない。だから、大人が学習をデザインしているので、なかなか教育学習が変わるのは遅いなという…。
讃井 今、この時代は、探究学舎で新しいアウトプットをしている子やうちでアプリをリリースする子がたちが生まれ得る土壌、すなわち環境やテクノロジーはすでにあるんです。ところが、周りの大人がその環境やテクノロジーを生かすことができてないから、結局、90年代か下手すれば80年代と同じような成長の仕方しか、子どもたちはしてないんじゃないか。
宝槻 大人もイメージがつかないんだろうね、特に学校の先生は。テクノロジーを使って、20歳になる前に市場に自分のプロダクトを投入することができるという、この感覚があんまりないと思います。それは起業家の方があるから。
讃井 先生は先生で、文科省が決めた範囲を学校で教えなきゃいけない役割があるから、その難しさはあるだろうと思っています。先生じゃない誰か近くの大人が、子どもたちに新しい時代の新しい当たり前を伝えていってほしいなと思っています。
ライフイズテックや探究学舎は、学校とはコミュニティの雰囲気や価値基準が違うわけじゃないですか。だから、そういう場を持つことがすごく大事だと思っていますね。
自由に承認しあえる探究学舎という居場所
互いを否定せず、承認し合うことで子どもは輝く
讃井 探究学舎でコミュニティやカルチャーを作る上で大事にしてることってありますか。
宝槻 どんな子どもの発言や行動も承認するということです。
具体的に言うと、授業の最中に、基本的に一切否定をしない。正解不正解という視点で授業をやることは基本的になくて、子どもの発言には「それは新しい視点だ!」とか、アホなことを言うと「ナイスボケ回答!」とか言ったりして(笑)。だから、子ども的には、ここは自分が思ったことを自由に発言していいんだなと感じて、学校では手を挙げない子や、間違うと嫌だ、恥ずかしいと思う子も、どんどん自己表現をする。それが、結果的には、子どもの姿勢が前向きになるとか、目がキラキラし始めるというベネフィットにつながっていくっていう体感がすごいあります。
自由の相互承認の感度を育むという点で、自分が好きなことを自由に表現したければ、相手が何か好きに表現したことも承認してあげようねっていう、そういう雰囲気づくりをしています。
讃井 クリエイティブな発信ができるコミュニティって、それを大切にしていますね。ライフイズテックも全く一緒です。僕らは、一人ひとりの成功体験をライフイズテックでつくっていってほしいと思っていて、そのために、お互いの自由の相互承認を大事にしたいと思っています。
不登校の子どもも自分の居場所を持てる
讃井 探究学舎には不登校の子もいますか?
宝槻 いますね。ホームスクーリング部というのがあります。まさに学校に行ってませんっていう親子のネットワークで100人ぐらいいます。
讃井 不登校の子たちが探究学舎に来たとき、その子が、最初、不登校とわかるものですか。
宝槻 わからないですね。
讃井 わからないですよね。ライフイズテックもそうなんですけど、近隣の学校の先生が現場を見学に来たときに、「あれっ、うちで不登校の子がいる」ということがあって。学校と全然様子が違っていて、大人の前で堂々と発表してるから、これは学校で見てる姿と違いすぎて驚いたということがありました。現場の内容より、その子の輝いている姿を先生に見てもらえたことが僕は嬉しかった。その子の可能性が学校で出てないのは、合わない場所にいただけなんじゃないかなって思ったんです。
宝槻 学校っていうのは非常に均質化されたコミュニティで、それが学校の真骨頂だから。均質化されない子っていうのははみ出るしかない。よって、不登校や落ちこぼれたりしていくわけでしょう。
讃井 そもそも学校から離脱しない子が7〜8割いるっていうことのほうが、実は不思議なことなんじゃないかっていう考えもありますよね。
宝槻 学校の中で成功体験を本当にできてる子って、多分、2〜3割ぐらいなわけだから、それを前提に考えて、その子にとって個別最適な、居場所探し、コミュニティ探しに移っている時期じゃないかと思いますね。
讃井 今回の話を振り返ると、新しい教育を考える時には、インプット、アウトプット、コミュニティの3つが大事になるってことですよね。探究学舎は、学ぶ子どもの視点に立ったインプットがあって、それを深く子どもたちが探究してアウトプットする。さらにみんなが承認しあって、成功体験がそこで積めるコミュニティになっている。その3つが揃っているから、子どもたちがイキイキと新しい挑戦ができているのだと感じました。
新しい教育を選ぶ基準を、私も含めて保護者世代が持っていかないと、いい教育が広がっていきません。今日は、その基準を示していただきました。ありがとうございました!
◆対談を終えて
今回の対談では、これからの時代に、保護者が子どもたちの学びの場を選ぶ際の基準を導出したいと考えていました。結果として思うのは「この学びの場では、子どもたちの可能性がめっちゃ引き出されている!」と直感で感じられることが一番です。探究学舎の子どもたちの様子を見ればそれは一目瞭然です。そして、その光景を実現していたのは、心をドライブする「インプット」、探究心と五感をフルに注ぎ込んだ「アウトプット」、どんな発言や行動も承認する「コミュニティ(文化)」の3点セットでした。新しい学びの場を選ぶ時には、ぜひこの3点で比較をしてみてください。子どもたちの可能性を最大限伸ばすために!
讃井康智
プロフィール
宝槻 泰伸
探究学舎代表。強烈な父親の教育から、高校中退~大検取得~京都大学進学という特異な経歴を持つ。その後、2人の弟も同じ勉強法を駆使して高校中退~大検取得~京大入学を果たす。大学卒業後、私立高校や職業訓練校での指導経験を経て、2012年に東京都三鷹市で「子どもの好奇心に火をつける」学習をテーマにした探究学舎を開校。5児の父。その活動は「情熱大陸」(毎日放送)をはじめさまざまなメディアで取り上げられている。著書に『勉強嫌いほどハマる勉強法 子どもが勝手に学びだす!!宝槻家のストーリー活用術』(PHP研究所)、『探究学舎のスゴイ授業:子どもの好奇心が止まらない! 能力よりも興味を育てる探究メソッドのすべて 元素編』(方丈社)、『強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』(徳間書店)など。
プロフィール
東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。
撮影/五十嵐美弥