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好きだからこそ「解剖」してよく知りたい!
編集部:郡司先生は、幼い頃から生き物が好きだったのですね。
郡司:はい、動物園や水族館に連れて行ってもらうのが好きでした。特に、ほかの動物とはひと味違うユニークな動物が好きで、キリンに心ひかれていました。小さい頃のエピソードで言うと、1歳の記念に家族写真を撮るときに、私が座っていられなくて動いてしまうので、写真館の人が、ぬいぐるみがたくさん入った箱を持ってきたんですね。その中からふたつ手に取ったのが、両方ともキリンのぬいぐるみだったそうです。
無意識だったのでしょうけれど、たくさんある中でふたつともキリンだっていうところが、「好き!」のスタートを表しているような気がします。
動物好き→もっと知りたくて解剖学に
編集部:そして、「好き」を貫いて東京大学の理科Ⅱ類に入学し、大学院では解剖学を専門にして、キリンの進化を調べてきたのですね。「キリン好き」が、なぜ解剖学を専門にしているのですか?
郡司:「解剖」と聞くとギョッとしてしまうかもしれません。しかし、解剖は、その動物の体の構造を深くリアルに知る重要な手立てです。私の場合は、解剖によって主にキリンの筋肉の構造や骨の形態を調べ、進化を考察しています。ほかの動物やヒトとの比較もします。解剖によって明らかになった体の構造を別の動物と比較すると、構造の違いがさらによくわかります。その違いをひとつずつ解き明かしていけば、その動物の体が進化の過程でどのように変化してきたかを知ることができます。
解剖は、対象物をもっと好きになるための第一歩
解剖というと、「血なまぐさい」「薄気味悪い」というネガティブなイメージですが、何かを徹底的に細かく解きわけることは、その対象物を深く理解し、魅力を知る有効な方法です。そして何かをよく知ることが、好きになることの第一歩ですし、好きだからこそもっと知りたいですよね。そんな思いで、解剖に取り組んでいます。
大人が子どもにドヤ顔で動物のことを話せる本を上梓
編集部:そんなふうに解剖学を専門にしてきた郡司先生が、キリンを中心に手足や首、皮膚、角、そして消化器官、心臓……とその特徴を紹介し、ほかの動物やヒトの器官と比べながら生き物の進化に迫る著書が『キリンのひづめ、ヒトの指』です。
郡司:はい。キリンのそれぞれの器官についてわかりやすく説明しています。たとえば、ヒトやほかの動物は、ほとんど頸椎が7個なのですが、キリンは頸椎こそ7個なものの、8番目の首の骨、つまり第1胸椎という骨があるんです。これがあることで首の可動範囲が広がって、あの長い首を持ち上げて高いところの葉を食べたり、逆に地面の水を飲んだり、自在に動かすことができる、とか。
子どもに教えてあげたい雑学が満載!
子どもたちが「へ~!」「ふ~ん」と思うような動物の体の特徴についていろいろ説明していますので、ぜひ親御さんが読んでみてください。2歳の子どもがいる私の友達は、「この本を読んで動物園に行って、ドヤ顔で子どもに説明してきた」と言っていました(笑)。そんなふうに子どもに教えてあげる雑学として楽しんでいただければと思います。
キリンの解剖が入ると1週間、昼夜ずっと行う
編集部:ところで、キリンの解剖って、どのようにするんですか? 想像がつきません。
郡司:実際に解剖をする対象は、国内の動物園で亡くなったキリンです。知らせを受けていつもお願いしている業者さんに運送してもらい、解剖をする部屋に運んでもらいます。一度解剖し始めたら止めることはできないので、ほかのスケジュールをすべてキャンセルして1週間くらいかけて夜も昼も解剖します。
実際に触り、深く理解してもっと好きに
解剖って、動物に触れる貴重なチャンスでもあるんです。動物園ですと、柵の向こうにいるから、なかなか触れられないですよね。図鑑に「キリンの首は2m」と書いてあってもその2mが遠いところにいると実感できません。けれど目の前にいるキリンを触る、足を持ち上げるとなると、図鑑に書かれていたただの数字が意味のあるものになってきます。実際に触ってみてはじめて、「こういう生き物だったのだな」と理解してまた惹かれていきます。
ちょっと変わった「熱中する子」を母親は放置してくれた
編集部:郡司先生も、子どもの頃から好きなものがハッキリしていて、好きなことのためには時間も労力もいとわない」というタイプだったのではないでしょうか。
郡司:そうなんでしょうね。ひとり遊びが好きで、黙って自分のやることに没頭していたような子でした。チョコワというドーナツ型のおやつをストローに全部通すという遊びを、止めるまでずっとやっていたというのを母に聞きました。普通は心配するかもしれません。でも、親は「楽しそうにしているからいいじゃない」って、放置していてくれました。
その後、動物がすごく好きになって、東京大学を受験するときも「そんなの無理なんじゃないか」とか言わずに、いい具合に放置してくれましたね。だから、母には感謝しています。もちろん、塾のためにお弁当を作ってくれたりのサポートはしてくれましたけれど、「絶対受かってほしい」などのプレッシャーは一切なかったです。
収入面の見通しを両親にプレゼン
編集部:研究者って、先生のように大学で助教になるなどしないと、なかなか収入の面なども安定しませんが、その辺りに関しては?
それに関しては、私から両親にプレゼンテーションしました。私は博士号をとろうと思っていましたし、大卒で就職する人に比べると5年間も多く学生で収入がなく、その後の収入もどう安定するか見えない状態でした。でも、日本学術振興会の特別研究員になれれば、ふつうの会社員のお給料よりは少なくても研究奨励金がもらえるとか、自分なりに将来設計を考えて話したんです。そのときも、「ま、いいんじゃない」という感じで、「こう稼いでほしい」などとは一切言いませんでした。ありがたかったです。
好きなことしかしない子も大丈夫。世の中に貢献できます!
では、ご自身らしく研究されてきた郡司先生から、読者のパパママにメッセージを。
よく、「うちの子、こればっかりしかしないんですけれど、大丈夫でしょうか」とおっしゃる親御さんがいますけれど、たぶん大丈夫です。その程度でダメになっちゃうほど世の中は厳しくないです。だから「あなたのやっていることはちっとも世の中に役立たない」みたいな批判の雰囲気は漂わせないでいただきたいですね。そういう雰囲気は、黙っていても子どもは感じてしまいますから。
「好きなことを仕事にしている人はあまりいない」と言われるけれど、けっこういるんじゃないかな。それに、ひとつのことに没頭してごはんを食べるのも忘れちゃうようなことって、「能力」です。大人になったときに何かに役立つと信じて、お子さんを見守ってくれるといいなって思いますね。
動物が好き、キリンがすごく好き。その思いを持ち続けて仕事につなげてきた郡司先生の瞳は、キラキラと輝いています。「将来安定しているから」「有名な大学や企業だから」と条件のよさや人からの評価を最初に考えて人生を決めるのではなくて、自分の気持ちに正直に歩んでいくことの大切さを、教えていただきました。もちろん、「好き」を形にする努力は人一倍だったでしょう。でもその努力さえも「楽しい」と思えるなら、こんないい人生はないですよね!
キリンのひづめ。ヒトの指:比べて分かる生き物の進化(NHK出版 1500円+税)
キリンやほかの動物、ヒトなどの器官を比べ、生き物の進化をわかりやすく解く。
すごいぞ進化!(NHK出版 2400円+税)
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お話を伺ったのは…
郡司芽久(ぐんじ めぐ)1989年生まれ。2012年東京大学農学部フィールド科学専修を卒業、大学院に入学し、2017年農学生命科学研究科農学国際専攻博士課程卒業。2014年4月~2020年3月日本学術振興会特別研究員。2019年4月-2021年3月帝京科学大学アニマルサイエンス学科非常勤講師(「動物解剖学」担当)、2020年4月-2021年3月筑波大学システム情報系研究員2021年4月からは東洋大学生命科学部生命科学科助教。
取材・文/三輪 泉 撮影(インタビュー)/榊 智朗