歯磨き事故は乳幼児が中心
東京消防庁の平成19~23年の調査では、救急搬送された子どもの年齢では1歳児が最も多く(図1)、その中で歯ブラシによる事故が最も多く認められます。
受傷の主な原因としては歯磨き中の転倒で(図2)、箸やスプーン、歯ブラシで受傷する事故の多くは、食事中や歯磨き中に遊んでいたり、歩き回ったりしていることが原因です。立って歩き回るようになる1歳頃から行動が活発になる3歳くらいの間に、転倒による歯・口の外傷事故が増加します。
特に1歳児の場合は、歩き始めたばかりで身体機能や歩行機能が未熟なために転倒しやすく、手が出る前に顔から受傷する傾向にあります。
さらに2歳を過ぎると、周囲に対する好奇心が旺盛になって行動する範囲が広がり、事故のリスクが高まると考えられます。
時には重大な事故につながることも
歯ブラシによる口腔・咽頭(口やのど)の外傷は、口蓋(上あご)や頬の粘膜の損傷など比較的浅いキズでとどまることが大半です。しかし、刺入部位や方向によっては、表面の傷口自体は軽微であるにもかかわらず、深い部分まで及んでいることがあります。
頭部に近い口や咽頭の周囲には生命を維持するのに重要な血管や神経が数多く存在しています。そのため、受傷した子どもの全身状態が良好で一見元気そうに見えても、後になって急変し、様々な合併症が発生する可能性があります。
ひどい場合には脳に達していて後遺症が出たり、時には命を落としたりする危険もありますので、就学前の子どもには歯磨きの時以外は歯ブラシを持たせないようにして、常に親の監視は怠らないようにしましょう。
歯ブラシ事故が起きたらどうすればいいの?
先述したように、傷口は小さくて、仮に出血が少なくても歯ブラシが深部まで到達している可能性がありますので、事故が起きたら速やかに近隣の小児科や歯科、耳鼻咽喉科を受診させるようにしてください。
出血がある場合の応急処置としては、キズを清潔なガーゼなどで数分間、圧迫してください。傷口を強めに押さえることで止血効果が高まります。
医療機関に到着すれば、事故が起きた状況(いつ、どんな状態で、痛がって泣いたか、出血があったかなど)を医師・歯科医師や看護師などに速やか、かつ正確に伝えるようにしましょう。原因となった歯ブラシも、忘れずに持参してください。
正しい情報伝達が、その後の正確な診断・適切な治療につながります。
歯ブラシ外傷の治療法は?
歯ブラシ事故が起きたらまず、表面のキズの消毒するのは当然ですが、傷口が大きく出血がある場合は、糸で縫合したりする必要があります。麻酔の有無は緊急度など、その時の医師・歯科医師の判断によります。
また、表面のキズの程度から損傷の深さは評価できないため、レントゲンなどの画像検査による評価は必須です。特に、骨だけでなく粘膜などの軟らかい組織、プラスチックやナイロン製の歯ブラシも画像として認識できるCT検査が有用とされています。さらに、造影剤を使用した造影CTでは、膿瘍の有無や脳に血液を送る頸動脈の損傷などを確認することが可能です。
画像検査により歯ブラシの一部が組織の中に残存していないかを確認することも大切です。口の中は虫歯菌などの菌の温床であり、歯ブラシに付着した菌が組織の深部に達すれば、化膿して膿瘍を形成したりして発熱や腫れ・痛みを伴ってくることがあります。
不潔な歯ブラシは細菌の感染源になるため、抗菌薬を使用した感染症対策は不可欠な処置となります。
しかも、歯ブラシ事故は食後の時間帯に発生することが多いため、お腹が満腹状態のことがあります。このような場合に激しく泣いたり痛がったりして暴れたりすると、キズの処置の間に嘔吐や誤嚥(正常なら咽頭から食道に流れるものが、誤って気管や肺に流れてしまうこと)の原因になることがありますので、要注意です。誤嚥すると、肺炎を起こすリスクが高まります。
保護者としては、とにかく子どもを落ち着かせて、スムーズな診療ができるようにサポートしましょう。
歯ブラシ事故の予防策や注意点など
痛ましい事故が起きないように、いくつか注意事項を挙げてみます。
歯磨き中は絶対に子どもから目を離さない
事故が起きた時によく言われる言葉に、「一瞬、目を離した隙に」があります。特に乳幼児は大人が思いも寄らないような突拍子もない行動、予期せぬ動きをすることがありますので、常に子どもの動作を見守る必要があります。
子どもが立った状態で歯磨きさせない
歯ブラシをくわえて立った状態から転倒すると全体重が歯ブラシに伝わり、強い力が口や咽頭の粘膜にかかるので非常に危険です。
歯ブラシには鋭利な部分がないため、危険性の認識がない保護者が多いようですが、くわえたまま全身の体重が加われば容易に喉などに突き刺さります。
乳幼児の歯磨きは、子どもが寝ころんだ姿勢でするのが基本で安全です。頭が安定して念入りな歯磨きをしやすいだけでなく、上顎の歯も見やすくなるので隅々まで行き届いた歯磨きが可能になります。
寝た姿勢を嫌がる時は子どもを立たせたりせず、椅子などに座らせた状態で歯磨きするようにしましょう。
「泣いていない、痛がっていない」などの理由で受傷を軽視しない
子どもが痛がっていないからといって、怪我の程度が軽いとは限りません。口の中を見ても「キズがないから大丈夫」と思い込むのもよくありません。
実際、口の奥の方やのどに達するキズがあった場合は、なかなか見つけにくかったり、全く見えないこともありますので気を付けましょう。
いざという時にすぐ受診できる医療機関を見つけておく
事故が起きた時は、早期対応が鉄則です。救急車を呼ぶという手段もありますが、すぐに来てくれるとは限りませんし、受け入れてくれる医療機関がなかなか見つからない可能性もあります。
ですから、いざという非常時に早急に駆けつけることのできる医療機関を見つけておくと同時に、「子どもの歯ブラシ事故でも対応できますか?」ということを事前に確認しておきましょう。医療機関によっては対応できる医師や歯科医師が非常勤で、毎日勤務していないことがあります。できれば対応できる人が常勤である医療機関を探しておいてください。
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歯ブラシは、親子をつなぐ大切で温かいコミュニケーション・ツールです。しかし、箸と同様に細長い棒状の物ですので、「子ども一人で使うのは危ない」という認識を忘れず、正しく安全に活用するようにしてくださいね。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・日本小児歯科学会:「家族みんなで歯みがき習慣」リーフレット2.
・森安仁ほか:歯ブラシにより重篤な合併症を生じた口腔・咽頭外傷.日耳鼻120:932-938,2017.