大谷はなぜ「OHTANI」?「OTANI」ではないワケとは?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

大谷の「おお」は、なぜ「OH」と書くのか?

メジャーリーグ(MLB)のドジャースの大谷翔平選手のユニフォームの背には、大谷選手の名前がローマ字で「OHTANI」と書かれています。「おお」を「OH」と書いていますが、「O」と書くのとどう違うのでしょうか?

 大谷選手に限らず、一般人でも名前をローマ字で書かなければならないことってけっこうあると思います。

たとえばパスポートとかクレジットカードなどがそうです。姓名に「おお」あるいは「おう」とよむ漢字がある人は、ローマ字でどのように書くべきか悩むことが多いのではないでしょうか。

「ヘボン式ローマ字つづり」が基本のパスポートでは「OTANI」だが…

神奈川県パスポートセンターのサイトより。「太枠内(赤字)は特に誤りやすいつづりですので、ご注意ください。」と注意書きがある。

パスポートの場合はどうでしょう。パスポートを取ったことがある人ならご存じでしょうが、パスポートに記載する氏名のローマ字表記にはルールがあります。それは旅券法施行規則第五条「旅券の記載事項」により決められていて、基本的に「ヘボン式ローマ字」を使って表記することとされています。

「ヘボン式」というのは、アメリカの宣教師で医師だったJames Curtis Hepburnが、和英辞書『和英語林集成(第三版)』(1886年)の中で使ったローマ字表記からそのように呼ばれています。後に一部修正を加えられましたが、修正したものもヘボン式と呼びならわしています。たとえば、シ・チ・ツをshi chi tsu 、フ・ジをfu ji などと書き、英語のつづり方に基づいているものです。

「おお」という長音(「おう」も含む)のつづりは、『和英語林集成(第三版)』ではŌで、Oの上にマクロン(長音記号)を付けています。でもこのŌは現在では使われず、 O と表記することになっています。つまり、「大谷」はOTANI になるわけです。でもこれですと、「おたに」と区別できませんね。そこで、パスポートでは例外として、「おお」「おう」(末尾の「おお」は除く)の長音は、OH と表記することも認められているのです。

「OH」の元祖は「王貞治」だった?

王貞治はセ・リーグ初の三冠王達成者。「一本足打法」と呼ばれる独特の打法で長嶋茂雄とともにON砲として強大な打力でチームに貢献し巨人(現読売ジャイアンツ)の「V9」時代の顔として人気を誇った。

以前、プロ野球の王貞治選手がやはりユニフォームのOHという表記で話題になったことがありました。「王」は「おう」と読みますからOUですが、「オー」と発音するので、OHの方が外国人にも分かりやすいと考えたのでしょう。「おお」「おう」をOHと表記するのは、おそらく王選手によって広まったものと思われます。

大谷選手はパスポートも「OHTANI」なのか?

大谷選手のパスポートがどのように表記されているのかはわかりませんが、「OTANI」でも「OHTANI」でもいいわけです。ただ今後は、「おお」「おう」を「OH」と表記する人が増えてくるでしょう。その方が本来の発音を表しているように思えますので。

ただ、すでにパスポートで「OH」ではない表記を使っている人は注意が必要です。一度記載した表記の変更は原則として認められていないからです。でも例外もあるようで、この長音の表記(OOOUUUOH)は変更が認められるケースもあるそうです。家族内での表記がバラバラなので統一したいというケースも同様のようです。該当する人は、パスポートセンターに相談した方がいいでしょう。

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神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

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