児童精神科医として半世紀以上、子どもの育ちを見続け、お母さんたちの悩みに寄り添ってきた佐々木正美先生。今も、先生の残された子育てのについての著作や言葉は私たちの支えとなっています。佐々木先生が残してくれた子育てにまつわる珠玉のメッセージをご紹介します。
佐々木正美先生から珠玉の子育てメッセージ
子どもが言うことをきかないと悩んでいるのは、あなただけではありません。幼い子どもというのは日常生活の多くのシーンで親の思い通りにならないもの。お母さんは子どもを早く自立させようと思わずに、子どもと向き合い、その発達や成長を‟待つ“ことが大切です。
育児書どおりの理想的な子育てをしている人はいません
今はテレビ、インターネットなどで多くのさまざまな情報が手に入る時代です。
子育てにおいてもそれは同様で、毎日たくさんの情報が飛び交い、そのために「自分の子育てがきちんとできていないのではないか」と思い悩むお母さんを近ごろよく見かけます。
また、そういった情報をまじめに受け止めて、子どもを早く自立させようと、しつけを急ぐ人も増えている気がします。そのために、「ひとりでトイレができるようにがんばりなさい」とか、「箸をきちんと持たないとダメじゃない」などと、日々子どもに言ってしまうのです。
しかし、育児書に書いてあるような理想的な子育てをしている人はいません。
顔かたちや性格が違うように、子どもの発達や成長は各人で違います。また、幼い子どもというのは、本来、日常生活の多くのシーンで親の思い通りにならないものです。おねしょはするし、聞き分けがないものなのです。
けれども、小学生でおむつをしている子がいないように、そういった生活面の自立というのは、心身の発達とともに、やがて誰もができるようになります。
だから、あせって教える必要はないのです。
むしろ、「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」というくらいの気持ちで、子どもと向き合い、“待つ”ことが大切です。
そして、それが子育てや教育に大事なことだと私は思います。
子育てに疲れたら、人の手を借りましょう。子どもは親だけでない多数の人間に育てられることで幅のある人格を持ち、社会性や協調性を持つことができるようになります。
親の豊かな人間関係は、子どもの幸せももたらします
子育てにおいて、何より大事なことは「子どものありのままを受け入れる」ことですが、もうひとつ忘れてならないのは「お母さんがひとりだけで子育てをしようとしない」ことです。
核家族化が進み、地域社会のネットワークが失われるなか、私たちの社会は人間関係が希薄になり、孤立し、生きることに下手になっている気がします。
しかし、親だけでは子どもの育ちに必要なものを与えることはできません。
周囲のさまざまな人たちと接して、手助けをしてもらうことで、子どもは親とは異なる愛情や社会的規範を学ぶと同時に、重層的な価値観を知り、広い視野を持てるようになるからです。
たとえば、チョコレートを食べたあとの歯みがきの習慣は、親の場合は無理をしても磨かせようとすることが多いですよね。けれども、それが祖父母の場合は「お水でグチュグチュしておいで」くらいで済ませてしまうこともあるでしょう。
子どもはこういったふた通りの対応に出会い、それが何度か繰り返されるなかで、社会性や協調性を身につけ、幅のある人格を持つことができるようになるのです。それは、単色のクレパスで描かれた絵より、何色ものクレパスを使って描かれた絵の方が深みのある作品に仕上がるのと同様です。
だから、お母さんが無理のない範囲で周囲の人とお付き合いをしてほしいと思います。
重要なのは、ふれあう人と親が信頼関係を築いていることです。
信頼できる人たちと相互に依存し合いながら生きることは、子どもだけでなく親自身の幸せにもつながります。
パートナーや気心がしれた親戚や友人に愚痴をいうだけでも、ストレスは解消します。
人は自分の思いを聞いてもらえることで癒やされるのです
ある調査によると、子育てで大変な時期の関係性がうまくいっている夫婦には、大きな特徴があることが判明しました。
ふつうに考えると、夫が育児や家事を物理的にたくさんサポートしている夫婦だと思いがちですよね。でも、その調査結果では、妻の愚痴を夫がきちんと聞いている夫婦だったのです。妻と夫が毎日親密に話をしている夫婦の関係性がよいことが判ったのです。
人は年齢に関係なく、自分の想いを聞いてもらえることで癒され、幸せになります。「持ちつ持たれつ」という言葉がありますが、私たち人間は相互に依存し合うことで健全に生きていくことができるのです。ですから、子育てにストレスを感じたら、心の中に溜め込まずに、誰かにその思いを話してみてください。
わが家は、祝い事にはあまり興味を示しません。子どもの成績が良かったり、入試に受かったり、賞を取ったりしても「おめでとう」と、家族みんなでいうぐらいです。その代わりに、家族が不幸に見舞われたり、失敗したりしたときには、みんなで力を合わせて救済する習慣があります。たとえその失敗が本人の不得によるものであっても、批判や避難をせずに、当事者の想いを聞いて、悲しみや苦しみを和らげるよう接してきました。
そうすると、それを繰り返すたびに家族間の絆が深まってきたように思います。あなたの子育てのストレス解消に一役買うのは、家族でなくても構いません。信頼できる人に聞いてもらうだけで、心が癒され安定すると思います。子育てに悩んだら、ぜひ実行してみてください。
教えてくれたのは
1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。
構成/山津京子 写真/山本彩乃