プール酸蝕症とは?
欧米では、プールの水に長く接触して起きる歯の病的な溶解「プール酸蝕症」が広く知られており、プールの水の殺菌用遊離残留塩素が原因とされています。多くの症例が報告されるとともに、啓発活動も盛んです。
その一方で日本では、財団法人日本学校保健会の『学校における水泳プールの保健衛生管理』によると、第2章「水泳と健康」の中で水泳と目、耳、鼻および皮膚の病気との関連については詳細が記されていますが、歯や口の中の病気については記載がありません。
その違いはどこに由来するのでしょうか?
プールの水の塩素消毒と水質基準
不特定多数の人が利用するプールの水は消毒することが義務付けられていますが、主に塩素系消毒剤が使用されています。
プールの水自体は安全でも、水はウイルスや細菌などの病原体を運ぶ媒体として私たちの健康を脅かす存在なのです。
塩素剤を使う理由は、消毒効果が高く、かつ速やかであり、消毒効果を維持するために必要な残留性があるからです。特に残留性の点で、他の消毒剤よりも優れています。
プールの水質は文部科学省「学校環境衛生基準」や厚生労働省「遊泳用プールの衛生基準」などで国の基準が定められていますが、「水泳プールに係る学校環境衛生基準(抜粋)」によると、プールの水質は、
・遊離残留塩素:0.4mg/L以上であること。また、1.0mg/L以下であることが望ましい。(刺激が強いため、上限が定められている)
・pH値:5.8以上8.6以下であること。
・大腸菌:検出されないこと。
などの基準が厳密に決められています。
では、実際に歯にはどのような影響を与えるのでしょうか?
プールの水で歯は溶ける?
虫歯のように歯は酸性環境で溶けますが、実際に歯が溶け出すpH(臨界pH)値は5.4であることが知られています。
先述した水質基準のpH値の下限が5.8であることから、日本国内のプールで水質基準が守られている限りは基本的に「歯は溶けない」「歯は安全である」と考えていいでしょう。
特に学校や幼稚園の水泳の授業のように、1時間にも満たないようなプールでの運動では、歯に対する影響はほとんどありません。
しかし、臨界pH値5.4はあくまでも健康な歯の場合であり、すでに虫歯になっている、あるいは虫歯になりかけているような歯は歯質が劣化して耐酸性(酸に耐える性質)が弱まっているため、pH値が5.4より大きな数値でも歯が溶け、虫歯がさらに悪化する可能性がある点も否定できません。
以下の条件が重なった場合は特に注意するようにしましょう。
・水泳選手など、プールにいる時間が長い。
・プール水のpH値が基準下限の5.8に近い。
・虫歯などの歯質が弱い歯がある。
ですから、学校検診で虫歯が指摘された場合は、できれば水泳の授業が始まるまでに治療を終えるのが望ましいと言えるでしょう。
一方、海外で1986年に報告された研究では、プールでトレーニングした競泳選手の39%に歯の酸蝕症が認められましたが、水のpH値が2.7という強い酸性で、日本における水質基準から大きく逸脱しています。
つまり「プールで歯が溶ける」という事例は、健康な歯でも水質基準が異なる諸外国では発生する可能性があります。夏休みに海外旅行でプールに入る機会があれば、pH値などの水質確認はするようにしましょう。
また、水泳選手は他のスポーツ選手と同様、酸性度の強いスポーツドリンクを口にする機会が多いことから酸蝕症になるリスクが高いです。(関連記事を参照≪)
スポーツドリンクを飲み過ぎないように心掛けるとともに、プールの塩素の直接的な刺激を防ぎ、歯を酸から守るためにも、プールから出たら水で口をすすぐ習慣が大切です。
▼「スポーツドリンクと虫歯」についてはこちら
咽頭結膜熱(プール熱)とは?
咽頭結膜熱は発熱、咽頭炎(のどの腫れ・痛み等)、結膜炎(目の充血・目やに等)を主症状とする子どもを中心とした急性ウイルス感染症で、プールで感染するケースがよく見られたため「プール熱」とも呼ばれます。
数種類のアデノウイルスが原因ですが、特に3型が多く(図1)、飛沫、接触、経口といった経路で口や鼻、のど、目の粘膜に感染して発症します。口の中に口内炎様の炎症が生じた時は、強い痛みを伴うこともあります。
潜伏期間は5~7日で38度以上の高熱になることもありますが、治療法は解熱鎮痛薬で症状を抑えるなどの対症療法が中心です。
通常は夏に流行することが多いですが、昨年秋から今年の冬にかけて、過去10年間で最大となる流行が全国的に認められました。
現在、全国的に流行している手足口病と同様、咽頭結膜熱は5類感染症定点把握疾患に定められており、全国約3000か所の小児科定点医療機関から毎週報告されています。
2024年7月現在は北海道、東北、北陸でやや多い傾向ですが、手足口病のような全国的流行はなく、警報基準値が3人であることを鑑みると、全国平均0.67人はさほど高いレベルではありません。しかし、最も多い北海道では2人を超え、一部の自治体では警報が発令されています。今後の動向には注意が必要です。(図2)
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咽頭結膜熱の注意点は?
アデノウイルスは感染力が強く、家族の一人が感染すると家族中に広がる可能性が高いです。感染防止の注意点を挙げてみました。
・飛沫感染を防ぐためにマスクするなど、咳エチケットに気を付ける。うがいも念入りに。
・アルコール消毒剤の効果はあまり期待できないので、石けんと流水で十分に手を洗う。
・おもちゃやドアノブなど、子どもが触りやすい箇所は次亜塩素酸ナトリウムの消毒剤でしっかり拭き取る。
・プールでは、水泳後のシャワーでよく体を洗い流す。タオルの共用は絶対しない。
・家庭での入浴も要注意。
生活の注意点として、のどや口の痛みから飲食に影響が出ていても、特に今は熱中症予防の観点から小まめに水分補給してください。
咽頭結膜熱の出席停止基準など
咽頭結膜熱は学校保健安全法でインフルエンザと同様、予防すべき第二種感染症に指定されているため、主要症状(発熱、咽頭炎、結膜炎)が消退し、2日経過するまで出席停止と定められています。
症状の改善は個人差がありますが、発症から5日前後で回復することが多いため、登園・登校開始は発症から1週間後くらいが目安です。登園・登校許可証の有無は自治体や園・学校により異なりますが、許可証は不要でも医師の診察で安全性の確認を受けてから登園・登校するようにしてください。
なお、昨年秋からの季節外れの大流行を受け、2023年11月に日本水泳連盟など水泳に関する3団体が、プールのイメージダウンになりかねないとして咽頭結膜熱の通称「プール熱」という言葉について、使用しない要望書を厚生労働省に提出しました。
それを受けて現在は、厚生労働省ホームページにある咽頭結膜熱の説明に「プール熱と呼ばれることもありましたが、近年ではタオルの共用が減った等の理由からプール利用による集団感染の報告は見られなくなってきています」と記載されています。
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以上より、プールから出た後はしっかりと口をすすぎ、気持ちよくさっぱりと暑い夏を元気にのりきりましょう。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・財団法人日本学校保健会:学校における水泳プールの保健衛生管理.2009.
・文部科学省:学校環境衛生管理マニュアル(平成30年度改訂版).2018.
・Centenvall BS: Erosion of derital enalnel among competitive swimmers at a gas-chlorinated swimming pool. Am J Epidemiol 123;
641-647, 1986.
・島根県感染症情報センター:2016(平成28)年ウイルス分離結果:島根県,2016.
・厚生労働省,国立感染症研究所ほか:咽頭結膜熱関連サイト,2024.