夏の落とし穴! 水分補給と虫歯リスクの関係は「飲み物の種類」「唾液コンディション」で決まる【歯科医が解説】

夏は、水分補給の方法によっては虫歯リスクが上がることをご存じですか? しっかり水分補給を心がける一方で、歯科衛生的にも注意したい点について、歯学博士で現役の歯科医でもある島谷浩幸さんに伺いました。

ジュースやスポーツドリンクは酸性度が高い

これから暑い毎日を迎え、熱中症対策に子どもたちも水分補給が大切な季節になります。特に運動やスポーツをすると汗をたくさんかくので、水筒やペットボトルで水分をすぐに摂取できるような準備も不可欠です。

今の時代、スーパーやコンビニ、自動販売機で誰でも気軽に水やお茶など数多くの種類の飲料を購入できます。特にスポーツドリンクは汗をかくことで失われた水分だけでなく、Na(ナトリウム)やK(カリウム)、Mg(マグネシウム)などの電解質や運動で消費したエネルギーも補給できて、とても便利な飲料です。

しかし、スポーツドリンクをはじめ炭酸飲料、乳酸菌飲料、柑橘系のジュースなどは酸性やアルカリ性の指標となるpH値が低く、強い酸性を示すことが知られています。

2014年に東京医科歯科大学の北迫勇一氏らが報告した研究では、市販飲料120種のpH値を実際に測定しました。

その結果、水やお茶、コーヒーはpH67で中性域に近い値を示しましたが、実に73%もの飲料が臨界pH5.4)を下回りました。臨界pHとは歯が溶け始めるpHのことで、この数値より低いと歯が溶解(脱灰)することが明らかにされています。

また、レモンやグレープフルーツ、ミカンなどの柑橘類でもpH2.13.6と強い酸性度を示しました。

では、この酸が口の中の歯に対してどのような影響を及ぼすのか見ていきましょう。

酸性飲料は歯を溶かす

歯はCa(カルシウム)やP(リン)などで構成される石灰質で、酸に弱いことが知られており、虫歯菌が糖を代謝して産生した酸により歯が溶かされたものが虫歯です。

2001年に千葉県こども病院歯科の甲原玄秋氏らが報告した研究では、スポーツドリンクや炭酸飲料などの飲料が、実際に歯を溶かす様子を実験して調べました。

この研究では5種類の飲料(炭酸飲料AB、乳酸菌飲料、スポーツドリンクおよびウーロン茶)に、生えかわりのために脱落した虫歯のない乳歯を浸漬し、表面性状の変化を肉眼および走査型電子顕微鏡で観察しました。

その結果、酸性度の強い4種の飲料、つまり炭酸飲料ApH2.48)、炭酸飲料BpH3.16)、乳酸菌飲料(pH3.46)、スポーツドリンク(pH3.26)では1日後にはすでに白濁などの肉眼的変化が認められ、電子顕微鏡では溶解したエナメル質の明確な欠損像が確認されました。

それに対して、酸性度の低いウーロン茶(pH6.03)では1週間経っても歯には全く変化が認められませんでした(図1)。

図1.各種飲料のpHと臨界pHの関係(一部改変)

つまり、ウーロン茶以外の臨界pH5.4より低い飲料では、早い段階から歯が溶けることが確認されたのです。

このことから日常的に飲む機会のある市販飲料の酸に歯がさらされる環境になると、歯が溶け出す可能性が示唆されました。

しかし、これはあくまでも実験室での研究です。現に、ジュース類をよく飲む人なら「私の歯、別に大丈夫ですよ?」と疑問に思われるかもしれません。

では、実際の口の中ではどのようなメカニズムが働いているのでしょうか?

pH緩衝能や再石灰化は歯を守る

通常、口の中は唾液で潤った状態にありますので、もし酸が入ってきたとしても瞬時に唾液によって薄められます。

また、唾液はpH緩衝能といって、様々な飲食物で酸性やアルカリ性に傾いた口の中のpHをイオン等の力で中性域であるpH7付近に戻そうとする機能を備えており、お酢やジュースなどの酸性環境にさらされても即座に歯が溶けないのは、このメカニズムのおかげでもあります。

さらに、酸によって歯の成分が溶解したとしても、唾液に含まれるCaPなどの成分が歯に沈着することにより再び石灰化することがあります。この現象を「再石灰化」と呼びますが、ごく初期の溶出であれば、再石灰化でほぼ元の歯の状態に回復する可能性のあることが報告されています。

通常の飲料の飲み方では、
①すぐに飲み込むので口腔内に飲料が長時間停滞しない
②唾液により希釈される
③唾液のpH緩衝能によりpHが中性(pH7.0)に近づく
④短時間の脱灰では再石灰化により修復される
といったこれらのメカニズムが働くため、歯に大きな影響を与えることはないと考えられます。

また、歯のエナメル質の最表層には、たんぱく質などを含有したペリクルと呼ばれる層があり、エナメル質全体を薄く覆っています。

そのため、口腔内が酸性状況になっても酸が直接エナメル質の表面に接触するのを防ぎ、歯を酸から守る役割を果たしています。

唾液が少ない時の飲食は要注意

一方、唾液が減る状況下ではpH緩衝作用などが働きにくく、先ほどの実験のように酸で歯の表面がダメージを受けやすくなります。

このように実際に口の中で酸により歯が溶かされることを「酸蝕症」、溶かされた歯を「酸蝕歯」と呼びます。虫歯菌が出す酸で歯が溶ける虫歯(う蝕)とは区別されています。

乳歯や幼若永久歯(生えたばかりの永久歯)は歯質が比較的軟らかくて弱いだけでなく、特に乳歯はエナメル質の厚みも薄いため、歯のダメージにより水がしみたり痛みなどの不快症状が出たりすることがあります。

また、脱灰して歯質が弱くなると表面にミクロな凹凸ができ、虫歯菌の格好の棲み処になります。その結果、虫歯になるリスクも上がってしまいます。

運動・スポーツをして多量の汗をかいた後や、緊張感といった精神的ストレスを感じた時に唾液が減り、口渇と呼ばれる状態になります。このような時に酸性度の強い飲食物を摂取するのは控えたほうがいいでしょう。

ところで、清涼飲料水に含まれる酸にはリン酸や炭酸など、各種の酸がありますが、酸の種類によって歯を溶かす作用に差があることが知られています。

酸の強さをあらわす指標として水素イオン放出力を示す解離定数(pKa)がありますが、この数値が低いほど酸蝕を起こす力が強い、つまり歯が溶けやすくなります。ですから、特にリン酸やクエン酸を含有する飲料は注意して飲むようにしてください(図2)。

図2. 各種酸の解離定数(pKa )※一部改変

歯を溶かさないドリンクの飲み方の提案

以上を踏まえ、ジュースやスポーツドリンクの適切な飲み方をいくつか提案しようと思いますが、まず結論として言えることは“適度な飲み方をすれば歯に影響を与える心配はほとんどない”ということです。

ですから、のどの渇きを感じたら積極的にジュースやドリンクを摂りましょう。

ただし、飲む頻度やタイミング、量によっては歯への影響が懸念される場合がありますので、以下にまとめてみました。

・ダラダラと飲み続けたり、頻繁に飲むようなことがあれば、口腔内のpHが酸性になる時間が長くなるため、そのような飲み方は控える。

・食事のタイミングに合わせて飲む。

・口の中の唾液が減少して乾燥気味の時は、酸性の強い飲食物の摂取は控える。

・比較的酸性度が弱く、かつリン酸やクエン酸の含有量が低い清涼飲料水を選択する。

・酸性の強い飲み物をたくさん飲んだ時は、飲み終えた後に水やお茶で口をすすぐ。

このような点に気を付けながら、必要な水分を補給してのどを潤し、熱中症を防ぎましょう。

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記事執筆

島谷浩幸

歯科医師(歯学博士)・野菜ソムリエ。TV出演『所さんの目がテン!』(日本テレビ)等のほか、多くの健康本や雑誌記事・連載を執筆。二児の父でもある。ブログ「由流里舎農園」は日本野菜ソムリエ協会公認。Twitterも更新中。

参考資料:
・北迫勇一:食後のブラッシングと酸蝕症.歯界展望124(4):736-741,2014.

・甲原玄秋ほか:清涼飲料水がおよぼす歯の脱灰作用.千葉医学77:145-149,2001.
・伊藤直人:カリエスブック 5ステップで結果が出るう蝕と酸蝕を予防するカリオロジーに基づいた患者教育.医歯薬出版株式会社.74,2020.

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