「間髪を入れず」「綺羅星のごとく」「好事魔多し」。これどう読んでますか?
文化庁が毎年おこなっている「国語に関する世論調査」(2023年度)の調査結果が9月に発表されました。みなさんも新聞やテレビ、ネットのニュースなどでご覧になったことでしょう。「1か月に大体何冊くらい本を読んでいますか」という質問に対して、1冊も「読まない」と答えた人が62.6パーセントもいたという調査結果がけっこう話題になっていました。
それはそれでゆゆしきことだと思いますが、辞書編集者の私にとっては、ことばの使用実態の結果が予想以上だったので驚きました。予想以上というのは本来のものではない使い方が、さらに広まっているという結果に関してです。
具体的にいいますと、
(1)間髪を入れず (2)綺羅星のごとく (3)好事魔多し
の3つです。
どういう質問だったかというと、それぞれのことばについて、(ア)と(イ)のどちらの言い方をするかというものです。
(1)(ア)「間髪(かんぱつ)を入れず」と続けて言う (イ)「間(かん)、髪(はつ)を入れず」と区切って言う
(2)(ア)「綺羅星(きらぼし)のごとく」と続けて言う (イ)「綺羅(きら)、星(ほし)のごとく」と区切って言う
(3)(ア)「好事魔(こうじま)、多(おお)し」と区切って言う (イ)「好事(こうじ)、魔(ま)、多(おお)し」と区切って言う
「間髪を入れず」の正しい読み方は、「かん、はつをいれず」だが…
みなさんはどのように言っていますか?
これら3つのことばで、本来の言い方とされているものはすべて(イ)なのです。
でも(ア)だと思っていたという人はいませんか?実は、この「世論調査」でも、本来の言い方ではない(ア)と答えた人が、(1)91.0パーセント、(2)88.6パーセント、(3)65.3パーセントと、こちらの方が圧倒的に多いのです。
読み方の支持率で辞書の見出しが変わる?
これだけの人が新しい言い方をしていると、辞書の見出し語の立て方を変えなければならなくなります。現在ほとんどの辞書では、(1)は「間(かん)」、(3)は「好事」のそれぞれ子見出し(ある見出しの下に従属する形で配列されている、その語で始まる成句・ことわざ・複合語などの見出し)にしているからです。ただ(2)の場合は、「綺羅星」という語をほとんどの辞書では見出しにしています。
「『綺羅、星のごとし』を続けてつくった語」(『日本国語大辞典』)のような注記をしたうえですが。本来なかった「綺羅星」という語を認めたわけです。
(1)(3)についても、「間髪」「好事魔」という見出し語も必要だと判断されるようになるかもしれません。実際、私が調べた限り、「好事魔」を見出し語にしている辞書は見当たりませんが、「間髪」を見出し語にしている辞書は存在します。
辞書としてこのような対応をすると、辞書が日本語の乱れを助長するのかという批判を受けることがあります。でも、私は辞書もまた日本語の変化とともに変化していかなければならないものだと思っていますので、これもまた引きやすさを優先させた処置だと考えています。「間髪」「好事魔」などという語は本来なかったものですが、これを見出しにする辞書は増えてくるものと思われます。
記事監修
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。