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令和は万葉集が由来の元号。今を生きる人が親しめる万葉集をつくりたかった
万葉集とは、4500首の歌がおさめられている日本最古の歌集。そもそも、なぜ万葉集の現代語訳を出版しようと思ったのでしょうか?
「理由は二つ。まず令和の元号は、万葉集が由来なので、会社名を万葉社にしたんです。会社名を万葉社にしたからには、万葉集の現代語訳をつくらなければというのが一つ。
もう一つは、社会的意義です。2019年に変わった令和という元号は、万葉集に由来していることは、確かに話題になったけれど、話題になっただけで、実際に万葉集が読まれたかというと、はてなで。だからといって万葉集を読もうにも、学者の書いた難しいものしかない。そこで僕は、令和に生きる人全員が読める、やさしい万葉集をつくることに社会的意義を感じ、奈良弁の現代語訳をつくろうと決めたのです」(良さん)
奈良弁にこだわったのは、奈良弁が当時の標準語だったから。
「万葉集の歌は、武蔵や北陸、越中など、いろいろな国の言葉で書かれていて、それぞれに方言があるんです。東京の言葉も、東国の言葉として方言で書かれています。
当時の標準語は、奈良弁であるにもかかわらず、現代語訳は東京弁になっていて、僕はそこに違和感があったんです。やはり奈良の言葉で書かれたものは、令和の奈良弁で書かなければという使命感があったのです」(良さん)
京都で出会って10日で結婚!

香川県で会社を設立し、奈良弁で本を書こうと決めたけれど、奈良弁を知らなかったという良さん。そこでコロナ禍の網目をくぐり抜けて、奈良に通って勉強を始めました。その途中の京都で、今の妻であるみつきさんと初めて食事をしてから10日後に結婚! 2022年4月のことでした。
「香川から奈良に行くときは、必ず京都を通りますが、たまに寄るアパレルショップで働いていたのが彼女。もともと顔は知っていたけれど、そんなに深く話すことはなくて、でもインスタをフォローしてくれていたから、ごはんでも食べようとなって、そこで初めてちゃんと話しました。
それで、もう結婚しようや、という話になって、そこから10日で結婚しました。マッチングアプリより早いかもしれません(笑)」(良さん)
みつきさんに、迷いはなかったのでしょうか?
- 「なんか面白そうって(笑)。会うたびにやっていることが変わる人で、何をしている人かよくわからないから興味があったというか……。今もよくわからないけど(笑)」(みつきさん)
自分のできることで人助けをしたい、と自衛隊員に志願
みつきさんがそう話すように実は良さん、自衛隊員という顔も!
「東日本大震災があったときに、一般人でも被災したら出動できる予備自衛官という存在を知って、あ、やりたいと思ったんです。当時、学芸員をやっていたので、例えば美術館が被災したら、自分の持っているスキルを活かして、人助けができたら最高だなと。
それで自衛官のアルバイトのような形で、予備自衛官をやっていたんですが、4年前に格上げされて即応予備自衛官になったんです。今も一か月に一回、自衛隊と一緒に訓練しています」(良さん)
出版と自衛隊、一見かけ離れているようですが「自分のできることで人助けをする」というスタンスは、良さんの中では共通しているとか。
「コロナ禍では、みんな困っていましたよね。出版社で働きたくても、出版社は閉じてしまって、若い人の働くところがなくなってしまった。僕がひとり出版社を立ち上げたのは、一人でも発信できる方法があることを、一人の大人として提示したかったからなんです」(良さん)
そんな良さんの志を知ってか知らずか、結婚して妻となったみつきさんは、良さんのよきサポート役として本づくりに参画することになります。
恋バナ、下ネタ…馬鹿げた歌が1300年も残っている万葉集

実は令和版万葉集を出版する前に、良さんは『令和万葉集』(万葉社)という書籍を出版していたので、すでに万葉集については研究済み。良さんにとって、万葉集の魅力とは?
「万葉集を読むと、過去も現在も、そう変わらないことがわかります。特に恋愛に関しては全く変わらない。しかも恋愛は平等です。身分や格差というのは当時からあったと思いますが、恋愛になると突然そこが取っ払われて平等になるのが、本当に面白いんです」(良さん)
もともと万葉集4500首のうち、半数近くが恋愛の歌。令和版万葉集シリーズでは、恋愛を扱わざるを得なかったと言います。

「それにしても恋愛の歌は、本当に笑えるものが多いんですよ。めちゃめちゃフラれているのに、さらにそのフラれて悔しい気持ちを書くとか、自分も不倫していたけど、同じように親父も不倫していたとか、ただ好きとか嫌いとかだけでなく、馬鹿げた歌が多いんです。一発ギャグみたいなのもあるんですよ!」(良さん)
そんな恋愛和歌集の中から、良さんの選ぶポイントは“下ネタ”(笑)。
この川(かは)に 朝菜(あさな)洗(あら)ふ子(こ)
汝(な)れも我(あ)れも
よちをぞ持(も)てる いで子(こ)給(たば)りに (巻十四 3440番歌)
「これがもう下ネタ炸裂の歌なんですよ。川で下の部分を洗っている女性に、お前もいいものを持っているけれど、俺もいいものを持ってるぞって。「いで子給りに」って、これで子どもをつくろうぜ、という意味なんです。微妙に隠しつつ、直接的に言っているのが、すごく面白い。僕もギリギリ下ネタにならないように、30回も40回も訳をやり直しました」(良さん)
という佐々木さんの訳がこちら
へい! そこのハニー
俺(おれ)のバナナと君(きみ)のミルクで
バナナシェイクをつくらないかい? (※1巻P94)
「それにしても、こんなこと言うなんてバカじゃないですか?(笑)。もう馬鹿げているし、ユニークだし、それが1300年間も残っていて、その一部が元号になっちゃうなんて! もうぜひ今の人たちに読んでもらいたいですよね」(良さん)
セクシーな服じゃなくて肌見せコーデ。妻のアドバイスで令和語訳がブラッシュアップ
現代語訳には、みつきさんの助言も欠かせませんでした。
天(あま)の川(がは) 相向(あいむ)き立(た)ちて
我(わ)が恋(こ)ひし 君(きみ)来(き)ますなり
紐解(ひもと)き設(ま)けな (巻八 1518番歌)
という恋の歌は、
今夜(こんや)は 七夕(たなばた)♡
大好(だいす)きな彦(ひこ)ポンが 会(あ)いにきてくれる日(ひ)!
肌見(はだみ)せコーデで 待(ま)っとくか
彦星(ひこぼし)しか勝(か)たん! (※1巻P162)
「『肌見せコーデ』というところが、まさに妻の訳です。僕は最初、その部分をセクシーな服で、チラ見せな服で、と訳していたのですが、妻が原稿を読んで、これは『肌見せコーデ』やって、若い女性ならではの言い回しを教えてくれて。他にも細かいところで、いろいろなアドバイスをもらえてありがたいです」(良さん)
良さんの原稿は、すべて読むというみつきさん。チェックの目は、なかなか厳しいよう。
「言いたいことはわかるけれど、伝わりにくいなあって。変な日本語がこまごまと気になって、そういうところは直しましたね。ここ違うよって。
夫はこうだと思ったら面白いと思って、バーッと文章を書いてしまうので、文献と照らし合わせると、微妙に違っていることもけっこうあるんです。この恋はかなっていないのに、なんでこの感情になるの? おかしくない? もっともどかしいはずだよねって」(みつきさん)
良さんにとって、みつきさんは頼りになる編集者であり、校正者でもあるのです。
結婚式の引き出物だった「万葉集」。SNSが発端で半年で10万部!

令和版万葉集シリーズは、ハンドバッグにも入るハンディサイズ。もともと結婚式の引き出物に入れるつもりで、コンパクトな形にしたのだそう。
ある日突然大手書店から7000冊の注文が! 多忙を極めて過労で入院
「『令和万葉集』が装丁に凝った豪華本で、これだとあまり広がりがなかったので、もうちょっとライトな形にしたいと思ったんです。ちょうど結婚式をすることになったので、結婚式の引き出物に入れられるようにしようと。
配る用にするつもりで、誰も買うとは思っていなかったけれど、引き出物で受け取った参列者の方がSNSで面白いと広めてくれたんです。あと地元のテレビ局のアナウンサーの方も来てくれて、ご祝儀代わりにローカル番組で紹介してくれたんです。そこからじわじわと話題になっていきました」(良さん)
気が付いたらAmazonで売れ始め、ある日、紀伊國屋書店から7000冊の注文が! ちょうどその頃、丸善ジュンク堂書店からも問い合わせが入ったとか。2022年10月の発売から半年で、10万部に到達しました。
「あまりに忙しすぎて、そのあたりで倒れたんです。脳髄液減少症で、一か月ぐらい記憶がなくなった」(良さん)
しかしながら「本ってこんなに売れるんやな」と率直に驚いたという良さん。後編では、その成功の要因をご本人に分析してもらいます。
後編では、万葉集の成功の要因と子育て、次なる事業計画を語っていただきました
取材・構成/池田純子
教えてくれたのは
大阪府出身。昭和59年生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。京都現代美術館の学芸員、作家活動を経て、2020年にひとり出版社「万葉社」を設立。令和4年に1巻を出した『令和言葉・奈良弁で訳した万葉集』は現在、4巻まで刊行。シリーズで27万部を超える大ヒットとなっている。現在は瀬戸内の文化芸術の研究を中心に活動。1男の父。