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犬の訓練が人の成長につながることをアメリカで実感
ーー鋒山さんがGMaCプログラムを立ちあげた背景には、アメリカの大学で動物介在学を学んだ経験があるそうですね。
鋒山さん:ええ。アメリカでは、親と暮らせない子どもたちや更生保護施設の少女たち、刑務所の受刑者が、犬の訓練を通じて成長し、学びを深める姿を目の当たりにしました。そして私自身も、うわべだけのコミュニケーションでは相手に伝わらないことを犬に教わりました。これは人に対しても当てはまります。
アメリカで犬の訓練を通じて得たことを生かせる仕事がしたい、それを日本で実現させたい、という思いが原点にありました。
勘と経験で選ぶ、バラバラな個性の犬たち
——GMaCプログラムでは1期につき3頭の保護犬が選ばれるそうですが、どのような基準で犬を選んでいるのかを教えてください。
鋒山さん:年齢や性格よりも「プログラムを楽しめるか」を重視しています。人間と同じで、犬にも得意・不得意があります。習い事に例えるなら、野球がしたい子に無理やり習字をさせても楽しめませんよね。
——その犬がプログラムに向いているかどうかは、会えばすぐにわかるものですか?
鋒山さん:ある程度の経験と、あとは「勘」です。人間を見るのと似ています。教室に30人の生徒がいたら、「この生徒は物静かだな」「この生徒は活発そうだな」となんとなくわかりますよね。それと同じ感覚です。ただ、最近は時間をかけてもなかなか人に慣れない犬が増えていて、選定は年々難しくなっています。
——犬の組み合わせも考慮するのでしょうか。
鋒山さん:似た者同士だと犬同士の折り合いが悪いことが多いので、あえて性格はバラバラにします。それに、性格が違う方が、関わる少年たちも楽しいじゃないですか。「最初に物静かな子を選んだので、次は活発な子を探そうかな」と考えているところです。

少年と保護犬、「1対1」のペアが育む逃げ場のない責任感
——プログラムは、少年一人につき保護犬一頭の「1対1」のペアで行われるそうですね。
鋒山さん:そこは私が一番こだわった部分です。もし少年数人で犬1頭を育てる形にしたら、「ほかの誰かがやってくれるだろう」と逃げ道ができてしまう。でも1対1なら、「自分がやらなきゃ、この犬は育たない」という強い責任感が生まれます。
ーー少年と犬のマッチングはどう決めるのですか?
鋒山さん:犬の特性と、少年院の先生方が考える「この少年にはこういう課題がある」「GMaCでこういう経験をさせたい」という希望を掛けあわせます。
ただ、どの組み合わせになっても苦労はありますし、ペアの組み方に正解も不正解もありません。最初に計画していた通りにいかないこともありますが、「じゃあどうしようか」とみんなで考える材料になります。少年と犬だけで完結するのではなく、チーム全体で乗り越えていくことが大切です。どの犬を訓練しても、学びはあると思っています。
ーー隣のペアがうまくいっていると、焦ることもありそうです。
鋒山さん:「あっちの犬のほうがよくできている」など、競い合いたい気持ちは出てきます。でも、それがモチベーションになるなら良いと思います。大切なのは、ペアでありながら「今期のチーム全体で最後までやり遂げよう」というチームワークを忘れないことです。

「犬は自分を映す鏡」。プログラムで少年たちが学んだこと
——少年たちは、最初から犬とうまくコミュニケーションが取れるのでしょうか?
鋒山さん:少年院は私語が禁止されていることもあり、最初はどう犬に声をかけたらいいのか戸惑う少年が多いです。でも、「シェイク(お手)」や「シット(おすわり)」など、20種類のコマンドを段階的に教えているうちに、彼らが犬と自然にコミュニケーションを取れるような仕組みにしています。

ーー3カ月のプログラムを終えた少年たちには、どのような変化が見られますか。
鋒山さん:そうですね…。よく「少年はどう変わりましたか」と聞かれますが、私の仕事はあくまでも彼らに犬の訓練を教えることです。彼らがつまずいたらアドバイスをしたり、うまくいったら一緒に喜んだりするなど、モチベーションが上がるようなサポートはしていますが、「こういう風に変わってほしい」という目的で教えているわけではありません。
ただ、プログラムの最後には「何を学んだか」を聞くようにしています。すると、「人を外見で判断せず向き合う大切さを知った」「やる前からあきらめるのをやめたい」など、一人ひとりがこの3か月間を振り返ってしっかり答えてくれるのです。
ーーGMaCプログラムをきっかけに、少年たちが自ら学んでいることが伝わります。
鋒山さん:それがこのプログラムの良いところです。私は、犬は自分自身を映す鏡だと思っています。訓練がうまくいかなければ犬の反応でわかりますし、自分ががんばらないと犬も変わりません。私は安全対策やセオリーを教えた上で、自分で考えてもらうことを重視しています。
言葉の通じない保護犬の訓練が、少年の将来に与える影響
ーーGMacプログラムを少年院でやっているのは、何か理由があるのですか。
鋒山さん:将来親になる可能性のある少年たちに、犬の訓練を経験してほしかったからです。少年院には、家庭環境が複雑で、「適切な親子の関係性」を知らずに育った少年も一定数います。
彼らが親との関係性を知らないまま親になったら、自分が経験したことと同じことを繰り返してしまう可能性もあります。それを断ち切るにはどうしたらいいのかを考えたとき、「人を育てる練習はできないけど、犬の訓練ならできる」と思ったのです。
ーー犬の訓練が、子育てに通じるということでしょうか。
鋒山さん:その通りです。恩師からも、「言葉の通じない相手をどう思いやり、どう反応してあげるかを考える犬のトレーニングは、子育てにも応用できることがある」と教わりました。
犬の訓練では、それぞれの個性に沿った上で、「いいところを伸ばしつつ、ダメなところも最大限努力させるにはどうすればいいか」を常に考えることが大切です。こうした経験が「他者との健やかな関係性」を育む予行練習になると考えています。

「保護犬」という選択肢を多くの人に知ってもらうきっかけに
ーープログラムを終えた犬は、その後どうなるのでしょうか。
鋒山さん:一般のご家庭に譲渡されます。「元野犬や保護犬は家庭犬になれないのでは?」「ほえたりおびえたりして難しいのでは?」というイメージを持たれることもありますが、GMaCの犬たちは、少年院という変化の多い環境で多くの人と接してきたので、むしろ経験値は非常に高いのです。
ーー「保護犬を迎えたいけど、ハードルが高い」という声もよく耳にします。
鋒山さん:もちろんハードルはゼロではありませんが、ペットショップやブリーダーから迎えた犬ならハードルがないのかというと、そんなことはありません。どこから犬を迎えても、かむ、ほえるといった悩みを抱えている人はいます。
だからこそ、トレーニングは大切です。少年院で訓練された保護犬が外に出ていくことで、「プロではない少年でも訓練できるなら、私にもできるんじゃないか」と思ってくれる人がいるかもしれない。この活動が保護犬の可能性を多くの人に知ってもらえるモデルになればうれしいです。

「少年院は閉ざされたもの」という社会の見方を変えていく必要がある
――このプログラムは、社会に対してどのような影響をもたらしていると思いますか。
鋒山さん:少年院の少年が社会貢献をすることで、社会の人たちの少年院に対する見方を変えるきっかけになると思います。少年院は、社会と交わらない、閉ざされた存在とイメージされがちですが、ごく身近な存在です。再犯を防ぐためにも、少年院に対する社会の見方を崩していかなくてはなりません。
GMaCプログラムでは、週末に犬を預かる「サポートファミリー」と呼ばれるボランティアさんがいます。少年とサポートファミリーさんは担当犬の様子を書いた交換日記をするのですが、「きれいな字」「こんなに丁寧に書いてくれるなんて!」と彼らの素顔に触れて驚かれることもあるんです。
ーー素晴らしい循環ですね。これからの展望をお聞かせください。
鋒山さん:まずは、GMaCプログラムを今後も継続していくこと。それが一番重要です。その上でこれからは、別の形の動物介在活動も模索していく必要があると考えています。将来的には、保護犬よりも数の多い猫の保護活動にも取り組みたいですね。
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取材・文/HugKum編集部