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大学在学中にアルバイトしていた会社で夫と知り合い、5年後に結婚
――深川さんは栃木県佐野市で育ち、高校を卒業して上京したのですね。
深川さん:農家の生まれで農業に興味があり、東京農業大学の短大に入学しました。どうしても大学で専門的に農学を勉強したくて、短大の2年間がんばり、大学に編入しました。
大学在学中はスーパーマーケットでアルバイトし、そこで夫と知り合いました。そのまま同じスーパーに就職し、入社後5年で結婚しました。
勤めた会社は経営方針もとてもいいですし、中規模のアットホームな会社でもあったので、楽しく働けました。販売職として売り場に立つのも楽しかったですが、惣菜部門にいたので商品開発もやらせていただいて、自分が考えたレシピが全国15,000点以上が応募する「お惣菜大賞」の優秀賞にも選ばれたのもやりがいにつながりました。

結婚して2年後に男女双子を妊娠・出産、無我夢中で子育てをする
――お子さんを授かったのは?
深川さん:結婚して2年後です。早く子どもがほしいと思っていたら、幸運なことにそれほど間をおかずに妊娠したんです。男の子と女の子の双子でした。
――双子の育児、大変でしたね。ご実家の親御さんなど、どなたかに長く手伝ってもらわないと難しいとよく聞きます……。


深川さん:最初の子どもだったので「育児の正解」がどういうものかわからず、双子だから大変、という感覚もわからずで、とにかく必死で目の前の子どもと向き合いました。産後は実家に帰省したんですが、育児本を読むと「一般的に帰省は1~2カ月」と書いてあったので、それが普通なのかと思って、2カ月で自宅に帰りました。
とにかく一生懸命に育てました。1月生まれだったのでその年の4月に保育園に入ることができず、翌年の4月に入園しました。
――仕事に復帰すればするで、大変だったでしょうね。
深川さん:会社に融通をきかせてもらって、家から近い店舗に配属してもらい、時短勤務から始めました。年中から年長の2年間は、フルタイムで働きました。保育園のお迎えがあるので家の近くで現場職をやるのが精一杯でしたね。

「コロナ禍での都会生活」は窮屈に思うことがたくさんあった
深川さん:フルタイムになる頃から、自分の仕事のキャリアを考えるようになりました。ずっと今のような働き方なのかな、と。ちょうどそのタイミングでコロナ禍になったのも、仕事や生活を考え直すきっかけでした。緊急事態宣言になると、東京では一歩も外に出てはいけない、みたいな感じになり、スーパーでは食品やトイレットペーパーが奪い合いに。お客様は余裕を失ってイライラされていて、売り場で働くのも大変でした。でも、私の実家のほうはそんなこともなくて、「できるだけ外出しない」という程度だったようです。
育児の点でも、都内の公園で双子をストライダーに乗せたときに、ひとりがワーッと行ってしまって、もうひとりも追いかけないといけなくて、危ないなと感じることがありました。もっと広くて自然がいっぱいのところで育てたほうがいいのかなと思い始めました。
――都会での仕事と育児に、疲れを感じていたのですね。
深川さん:「移住」という言葉がだんだん身近になってきました。私の実家のそばに住みたいなって。実家に近ければ親の手も借りられる。その頃は子どもたちが4歳くらいでしたが、小学校になったら引っ越そう、とだんだん思うようになりました。
「移住」を夫に相談したら、すんなりと「いいね」と言ってくれた
――夫婦でも話し合ったのですか?同じ会社にお勤めですよね。

深川さん:夫は以前から「そのうち田舎に住みたい」と言っていましたし、私が移住のことを話すと「いいんじゃない?」って。我が家では、私が夫に「こうしたらどうか」と提案したことはすごくやりたいことで、とにかくどんどん進めてしまう(笑)。夫はそんな私の性格をよくわかっていて、たいていのことは「オッケー」って言ってくれます。今回もそうでした。
夫も賛成してくれたので、子どもたちが小学校に入る頃に実家の近くに移住しようと決めて、行動をし始めました。
――おふたりの仕事はどうするつもりでしたか?
深川さん:夫は移住した先で転職すると最初は言っていました。けれど、結局、ずっと勤務していた東京のスーパーマーケットの運用会社に通勤する決断をしたので、いろいろ考えて移住先を群馬県の館林市にしたんです。
館林だと浅草とか上野とか、東京方面に出るのも便がいいので、東京方面に通勤する人もいます。都会から引っ越してくる人もそれなりにいるので、私たちのような移住者には住みやすいんじゃないかとも思いました。館林と私の実家がある佐野市は車で10分くらいの距離。実家の手を借りるにもいい距離だなと思いました。
会社を辞めたくなかったけれど「移住先で仕事を継続できない…」
深川さん:私は勤めていた会社がとても好きだったので、辞めたくなかった。ちょうど移住しようと思う頃に3人目を出産したこともあって、オンラインで仕事ができないかと思って、上層部にお願いしていました。理解を示してくださり、検討してくれましたけれど、やはり前例がないことだったので難しいと言われ、いろいろ考えた末に、育児休暇期間中でしたが退職することにしました。
――深川さんにとっては、一から仕事を探すことになりましたね。
深川さん:そうですね。私は子どもがいてもしっかり働きたいと思っていました。それで人材募集なども見てみたのですが、館林で事務系の正社員の仕事をするのはどうだろう、と考えてしまって。新しい場所で転職してすぐ時短勤務ができるのか、有給休暇が使えるのか、わからないですし。お給料も減るんじゃないかなと思ってしまって。それは当たり前のことだと思う反面、きちんと収入がほしいという気持ちもありました。とはいえ、下の娘が生まれて間もない時期で、一人前に働けるのかという不安もあり……。
――移住をきっかけに、新卒以来、正社員で働いてきた会社を辞めることになり、次のステップをどうするかと悩んだ深川さん。では、どんなアクションをしたのか。後編で伺います。
後編を読む
お話を聞いたのは
大学卒業後、スーパーマーケット運営会社に就職、同じ会社に勤務する男性と結婚、双子を含む3人の子の母親に。子育てと仕事を両立させながらの都会の生活に疲れ、移住を決意、オンラインでできる仕事を探す。現在は個人事業主として個人や中小の企業の「オンライン秘書」を仕事にし、群馬県館林市で夫、3人の子どもとともに生活している。
この記事を書いたのは
インタビューを中心に教育、子育て、医療、介護、食などのテーマで WEB・雑誌・書籍などの記事を執筆。お話を伺う方にたくさんの学びをいただいています。社会福祉士、法定成年後見人、中学校・高等学校教諭一種免許状、生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)
