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2本の電車がアナウンスなく「ホームに来ない」

フランスでは、電車の遅延がよく起こります。
ある日、郊外に行ったときのこと。そこは郊外列車・RERが1時間に1本走っている程度で、交通の便はあまりよくない上に、パリからはわりと離れていました。
21時の電車で帰るつもりで、そのホームに着いたのですが、時間になっても一向に電車が来ず、アナウンスも電光掲示板の表示もありません。乗換案内アプリ・City Mapperで調べると、10分遅延とのこと。「それくらいなら……」と思ってホームで待つことにしました。
でも10分経っても来ず、アプリを開くと20分遅延と表示が変更されています。さすがに来るだろうと思って、さらに待つことにしました。
しかし、この考えが甘かったのです。
あのあと遅延が6回繰り返された挙句、後発の22時発の電車も来ません。2本分の電車が来ず、ホームに数名いた人たちも、さすがに混乱していました。
近くにいた男性二人組に話しかけると「23時が終電だから、ひとまず待ってみよう」とのこと。この時点で22時です。21時に間に合うように20時40分に着いていて、「10分遅延」を信じて待ち続けていたので、寒いし、お腹は空いたし、くたびれていました。
やがて23時を過ぎると、追い打ちをかけるような文字が電光掲示板に現れたのです。
急に終電が運行中止しても「謝罪はナシ」

なんと、「supprimé(運行中止)」と書かれています。ホームにいた何人かは諦めた表情で、駅を去りはじめました。
パリまでそれなりに距離はあるし、流しのタクシーはいないので、配車アプリで帰ろうと苦戦していると、男性二人組のうち一人が「あ!」と声をあげました。彼の指さす方を見ると、電光掲示板にある表示が追加されていました。

その終電も15分遅れなのですが、まあ、来ることになってよかった。そう思って電車に乗り、ひと安心……と思いきや、パリまで直通のはずが、3駅を過ぎたくらいで、車内にアナウンスが入りました。
「今から折り返し運転を始めるから、次の駅で乗り換えるように」とのこと。あわてて降りることになったのです。早口のアナウンスだったので、男性二人組に教えてもらえなかったら、引き続きあの電車に乗って、折り返していたかもしれません。
「10分遅延って言葉を信じたのに……」そう思いながら地下鉄に乗り継ぎ、家に戻る頃にはすっかり深夜になっていました。
「大丈夫!」の言葉を信じたら、4時間の遅れ

遅延は電車だけでなく、バスにもあてはまります。
ある日、次女の幼稚園で、3泊4日の林間学校が行われることになりました。帰ってくる日は旅行に出かける日とかぶっていたので、スタッフさんに相談したところ「昼過ぎか、遅くても16時には戻るよ。だから夕方に出発なら絶対大丈夫!」とのこと。
その言葉を信じて申し込みをして、旅先への高速列車・TGVを手配しました。
数日後の林間学校の説明会で「戻り時間は17時です」と言われ、「1時間遅いじゃん!」と突っ込みつつ、まあ1時間くらいは許容範囲のつもりでいました。
やがて迎えた林間学校の最終日、16時に「1時間半後に着きます」とグループメッセージでスタッフさんから連絡がきて、到着予定の17時半にはこんなメッセージが来ました。
「バスが故障しました。戻り時間はわかり次第お知らせします」
すでに集合場所にいた保護者たちも、さすがにびっくりしていました。
30分後の18時に「出発したよ!」という子どもたちがバスでうれしそうに叫んでいる動画が送られてきましたが、何時に着くかはわからないままです。
19時15分に「35分後に着きます」というメッセージが来て、20時にやっと戻ってきました。

無事に戻ってきたのはいいのですが、TGVの時間を何度も変更したことで、変更手数料と追加料金で5万円近くかかってしまいました。
ちなみに謝罪の言葉は一切なく、反省している様子もなし。スタッフさんたちはみんなニコニコしていて、待ちくたびれたこともあり、怒る気力も失せてしまいました。
言葉に重みがある国、日本

日本では1分でも電車が遅れると、謝罪の言葉とともにアナウンスが流れますよね。「5分前行動」という概念があるように、時間に間に合うことに重きを置いています。
プレッシャーがかかることも事実ですが、根底には「自分が言ったことに責任を取る」という信念があるように思います。「他人の言葉を信じられる」という安心感、それは「言葉の重さ」の違いなのでしょう。
フランスでは「〇時に着くよ」という言葉をはじめとして、日本よりもその意識が薄く感じるのです。ちなみに「言霊」という単語はフランス語になく、そのまま「Kotodama」です。
たとえばあいさつでは「元気?」と聞かれたら、よほどのことがない限りは、たとえあったとしても「うん、元気だよ」と返すのが礼儀です。道を聞いても「わからない」という答えは返ってこずに、間違っていても「あっちだよ」と教えてくれます。これは気軽に会話ができる反面、「言葉が軽い」ともいえるのかな、と感じます。
責任を持たないからこそ楽しく会話できるというメリットもありつつ、少しだけあの重みが懐かしい。そう、住んでいた頃にはわからなかった「言葉の力」を感じるのでした。

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この記事を書いたのは
三菱UFJ銀行の法人営業、ユーザベースのセールス&マーケティングを経て独立。ビジネスやマネーの取材記事から、恋愛小説まで幅広く執筆。2025年よりフランスに拠点を移し、フランス企業の日本進出支援(ローカライズ)やフィクションの翻訳にも携わる。3児の母。
X:@yel_ranunclus
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<文/綾部まと>