
いちばんよく使われている「寿司」は、縁起をかついだ当て字
みなさんは、ふだん行くおすし屋さんで「すし」の字がどのように表記されているか、注意して見たことってありますか。なかったら一度よく見てください。おそらく「すし」「寿し」「寿司」「鮨」のいずれかで、お店によって違うと思います。あまり見かけませんが「鮓」もあります。
これらの表記ですが、いったいどんな違いがあるのでしょうか。
「鮨」は魚介を発酵させた「熟れずし」が起源

「すし」という語自体は、すっぱいという意味の形容詞「酸(す)し」から生まれた語です。なぜそのように言うのかというと、もともとの「すし」は、魚介類を塩蔵して自然発酵させた「熟(な)れずし」だったからです。発酵することによって酸味が生じたのです。「熟れずし」というと今でも琵琶湖付近の鮒(ふな)ずしが有名ですが、昔は鮎、鯛、鮭、鰻、貽貝(いがい)なども材料にされていました。
現在のような「握りずし」が現れるのは、江戸時代の後期、文化・文政年間(1804~30)頃です。これは主に江戸で流行したようで、大坂でも文政末には握りずしの店が出現しました。ただほとんど流行らなかったようで、かわりに、具を酢飯と混ぜて蒸す「蒸しずし」や、「押しずし」が主流でした。関西では今でも「押しずし」の店がけっこうあります。
「鮨」という表記は、平安中期の漢和辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)〔十巻本〕』に「鮨〈略〉和名須之 鮓属也」とあります。これにより「鮨」は「須之(すし)」と読まれ、「鮨」と「鮓」は同義に用いられていたと考えられます。ただ「鮨」と「鮓」は、中国では元来は違う意味だったという説もあります。
「寿し」は北海道、富山、石川、福井、島根、山口、香川、徳島、愛媛、高知、佐賀でよく使われている

現在よく使われる「寿司」という表記は、縁起をかついだ当て字で、明治以降に生まれたと考えられています。
面白いことにこの「すし」を店名で使ったときに、地方によって表記に違いがあるようなのです。早稲田大学教授の笹原宏之氏の『方言漢字』(角川ソフィア文庫)によりますと、すべての都道府県で「寿司」という表記がいちばん多いそうです。
ただ、北海道、富山、石川、福井、島根、山口、香川、徳島、愛媛、高知、佐賀は「寿し」が多く、「鮨」はこの表記が一番多い都道府県はひとつもないものの、どちらかと言えば、東日本のほうが西日本よりもその割合が多いようです。「鮓」は全国的にも少数派ですが、近畿圏がやや優勢のようです。東京では「鮓」を使った店を探すのはけっこうたいへんなようで、私も東京ではまだ見たことがありません。
おすし屋さんに行くときは、こんな楽しみもあるのです。
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教えてくれたのは

辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。文化審議会国語分科会委員。著書に『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。