国家を持たない世界最大の民族
中東のニュースに触れると、頻繁に耳にするのが「クルド民族」という言葉です。激化を続ける中東情勢の中で、彼らは「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれ、非常に複雑で過酷な歴史の渦中に置かれています。そもそもクルド民族とはどのような人々で、なぜ自分たちの国を持つことができなかったのでしょうか。その背景を分かりやすく紐解いていきます。

クルド人は主に、中東のクルディスタンと呼ばれる山岳地帯に暮らしている先住民族です。その推定人口は3000万人から4000万人にも上り、中東地域においてはアラブ人、トルコ人、ペルシャ(イラン)人に次ぐ第4の巨大な民族グループとなっています。独自の言語であるクルド語や固有の文化を持ち、宗教はイスラム教のスンニ派を信仰する人が大半を占めています。
これほどの人口と明確な文化がありながら、彼らが独自の国家を持てない理由は、第一次世界大戦後の歴史的な裏切りと分断にあります。大戦当時、オスマン帝国の崩壊に伴って、イギリスなどの連合国は一度、クルド人の独立国家建設を約束しました。
しかし、その後に周辺国の情勢や大国の利害関係が変化したことで独立の約束はないものとされてしまいます。
4カ国に分断され、迫害をされ続けた
最終的に結ばれた条約によって、クルド人が暮らす土地はトルコ、イラク、イラン、シリアの4カ国へ無情にも分断されてしまいました。この分断こそが、現代に続く苦難の始まりです。
それぞれの国に組み込まれたクルド人は、それぞれの国家において少数民族となり、独自の言語や文化を禁止されるなど、厳しい同化政策や迫害を受けてきました。

特にイラクでは過去に化学兵器による虐殺を経験し、シリアでも市民権を剥奪されるなど、筆舌に尽くしがたい迫害の歴史を歩んでいます。そのため彼らは生き残りと権利獲得のために武装して戦わざるを得ず、これが中東の紛争地図をさらに複雑にする要因となってきました。
日本にも数千人が暮らしている
現在、各国におけるクルド人の状況は一様ではありません。例えば、イラク北部のクルド人は一定の自治区を確保し、独自の政府や軍隊を持つまでに至っています。一方、過激派組織イスラム国の掃討作戦において、シリアやイラクのクルド人勢力は地上戦の主力として戦い、国際社会から高い評価を得ました。
しかし、過激派の脅威が去ると大国からの支援は打ち切られ、今度は国境を接するトルコからの軍事圧力を受けるなど、常に周辺国の政治的な思惑に振り回され続けています。
国を持たない彼らの苦難は、遠い中東だけの話ではありません。迫害から逃れるために祖国を離れた多くのクルド人が世界中に散らばっており、日本にもトルコ籍のクルド人を中心に数千人が暮らしています。
国家の枠組みによって引き裂かれたクルド民族の歴史は、中東の複雑な紛争の本質を表しています。彼らが平和に暮らせる権利を守ることは、中東全体の安定、ひいては世界の平和を考える上でも、決して無視できない重要な課題なのです。
この記事を書いたのは
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。
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