2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロ
今月でアメリカで起きた9.11同時多発テロから25年を迎えます。2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダのメンバー19人が旅客機4機をハイジャックしました。
そのうち2機はニューヨークの世界貿易センタービルに突入し、1機はワシントン近郊の国防総省に突入しました。残る1機は、乗客らが機内で抵抗した結果、ペンシルベニア州に墜落しました。
この攻撃によって約3,000人が亡くなり、この事件がアメリカだけでなく世界の政治や安全保障を大きく変えるきっかけとなりました。
テロとの戦いが始まった
最も大きな変化の一つは、「テロとの戦い」が国際政治の中心的なテーマになったことです。アメリカはアルカイダを率いていたウサマ・ビン・ラディンらを標的にし、同年10月にはアフガニスタンへの軍事作戦を開始しました。これは、アフガニスタンを統治していたタリバン政権が、アルカイダに安全な活動場所を与えていたことなどが背景にありました。
その後、アメリカは2003年にイラク戦争を始めました。ただし、イラク戦争は9.11を起こしたアルカイダへの直接の軍事報復だったわけではありません。イラクの大量破壊兵器保有疑惑などが主な理由として説明されましたが、後に大量破壊兵器は発見されませんでした。この戦争は中東の政治や安全保障に大きな影響を与え、その後の地域情勢にも長く影響を残しました。

アメリカ国内や国際社会の変化
アメリカ国内でも大きな変化が起きました。空港の保安検査は大幅に厳しくなり、現在では当たり前になっている厳格な手荷物検査や本人確認などが強化されました。また、アメリカではテロ対策を強化するため、2001年に「米国愛国者法」が成立しました。これにより、捜査機関や情報機関の権限を拡大する一方、プライバシーや人権をどこまで守るべきなのかという議論も起こりました。
国際社会も変わりました。国連安全保障理事会は9.11直後の2001年9月12日にテロを非難する決議を採択し、9月28日にはテロ資金の取り締まりや国際的な情報共有などを各国に求める決議「1373」を採択しました。
さらに、国連にテロ対策を監視する「テロ対策委員会」が設置されました。テロを一つの国だけの問題ではなく、国際社会全体で取り組む問題として考える動きが強まったのです。
また、テロリストの活動を防ぐため、国境管理、金融取引の監視、航空保安、情報機関同士の協力なども強化されました。
その一方で、テロ対策を理由として政府の権限が強くなりすぎれば、市民の自由や人権が損なわれる可能性があります。そのため、安全を守ることと自由を守ることをどう両立させるかという問題も、9.11以降の重要なテーマになりました。
テロの脅威が多様化
さらに近年では、現実の物理的な攻撃にとどまらず、インターネットやSNSを通じた過激思想の拡散や、重要インフラを狙ったサイバー攻撃への対策など、テロの脅威そのものがより多様化・デジタル化しています。
これに伴い、各国政府や国際機関は従来のような国境を越えた治安維持や情報共有だけでなく、サイバー空間における新たな法整備や警戒態勢の強化を急ピッチで進めており、現代の安全保障において新たな課題として常に議論され続けています。

25年という時間がたった現在、9.11は単なる過去の歴史的事件ではありません。アメリカの外交政策、中東情勢、国際的なテロ対策、日々の空港での厳重な保安検査、そして高度化する情報活動やサイバー防衛に至るまで、私たちが暮らす現代社会のあらゆる部分に、その深い影響は今なお残り続けているのです。
この記事を書いたのは
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。
こちらの記事もあわせて読みたい