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日本で唯一「アスリートを誹謗中傷から守る」弁護士団体COAS
――なぜ弁護士たちが協力してスポーツ選手たちを誹謗中傷から守る団体を立ちあげたのですか?
高橋さん スポーツ界の誹謗中傷問題に取り組むCOAS(Combatting Online Abuse in Sports)という団体を立ちあげたのは2024年8月後半です。きっかけはパリ五輪でした。それ以前からアマチュア・プロを問わずスポーツ選手への誹謗中傷はニュースになっていて、選手などから相談はよく受けていましたが、被害を訴える選手の数がかなり多くなってきたことから、対策の必要性を痛感し設立しました。
何気なくスマホを手にしたときに、自分のことを口汚く罵っているのを発見し、そこに大量の「いいね!」がついている。少なくない選手が心を傷つけられ、苦しんでいます。

――競技のあとに「なぜあんなプレイをしたのか気が知れない」「やめろ」などの言葉がSNSに蔓延し、それが増幅し、社会問題にもなりました。
高橋さん 2011年にスポーツ基本法が設定され、スポーツ選手に対する暴力的指導については国も本腰を入れ、ハラスメントや暴力行為の相談窓口が多数でき、選手を守る環境が整ってきています。日本スポーツ協会や日本サッカー協会、日本陸上競技連盟などスポーツ団体も相談窓口を設置するなど、暴力・暴言などへの対策を打ち出しています。
一方で、スポーツ選手に対する誹謗中傷を相談する窓口はあるのかと調べたらひとつもありませんでした。パリ五輪で大きな社会問題になっていたのに、相談窓口すらないのは、どういうことか。ないなら作るしかないと思い、COASを立ちあげました。
林さん 私は弁護士でありながらアスリートでもあります。トライアスロンでは、アマチュアでは比較的大規模な「九十九里トライアスロン」という大会で優勝した経験もあり、実は自転車の機材はあるメーカーから提供を受けています。COASに参加して、アスリートを守るために発信する立場になることもあります。
自分のほかにも水泳、サッカー、ラグビーなどのアスリートパートナーがいて、スポーツ界の誹謗中傷の実情などの告知や、COASの活動への助言などの情報提供をしています。

競技に熱くなると勝敗を「選手のせい」にしがちに
――スポーツ競技が他のジャンルより激しい誹謗中傷になる理由は……?
高橋さん スポーツ選手は当然試合に対して熱い思いで臨みますが、応援するほうも熱くなりがちです。熱くなるだけなら何も問題はないですし、その裏返しとして、ひどい言葉を言いたくなることもあるでしょう。私もありますよ。テレビの前で、居酒屋で、別に愚痴ってもよいと思います。ただ、実際には、わざわざSNSにアクセスして、その選手を貶め、傷つけるような口汚い言葉を世界に向けて発信される方が少なくありません。
――自分が誹謗中傷しているという実感がないのかもしれません。どこからが誹謗中傷で、どこからが「ファン心理」として容認されるかの線引きが難しい気がします。
高橋さん 私個人の考えとしては、「この言葉は誹謗中傷ではなくて批判だからいい、この言葉はNG」という線引きはそもそも不可能なので、するべきではないと思っています。かつてテレビ番組でそのような特集をしているのを見たこともありますが、言葉というのはそんな単純なものではない。
例えば、スポーツを観戦していた人が「あんなプレーはクソプレーだ」と1回だけ投稿したとしても、違法な誹謗中傷にはならないと思います。ですが、同じ「クソ」でも、SNSの制限字数いっぱいに「クソクソクソクソ」と何度も書き連ねて選手に向けて投稿すれば、違法な人格攻撃になります。言葉は文脈があって位置づけられることもありますし、どれだけ言われ続けるのかという視点も考慮されます。
選手に直接言うより「SNSでの誹謗中傷」のほうがずっとつらい
――会場でのひどいヤジなどは? 直接選手の耳に届くから傷つくのでは?
林さん 私は会場のヤジを過度に控える必要はないと思っています。もちろんアスリートがヤジによって傷つくこともあるかもしれないけれど、SNSでの投稿とはまったく性質が違う。目に見える形でヤジをするのは、ある種「ファンゆえの叱咤激励」のようなものだからです。それも控えるべきだという場合も会場の雰囲気によってはあり得ますが、その多くは受容の範囲のはずです。一線を越えたヤジは当然問題だとは思いますが。

しかし、SNSは選手が見えないところで行われるものですから、選手が受け入れている範囲とは違います。また、SNSでの誹謗中傷は、直接選手に対して向けられたものではありません。まさに世界中の不特定多数の人に拡散するために発信しているんです。
SNSの「想像以上の拡散力」を自覚すべき
――問題なのは、SNSで世界に向けて発信することだ、というのが、COASの考えなのですね。
高橋さん なんのためにアスリートがミスをしたりメダルを取れなかったりしたことに対して、人格攻撃をし、SNSという媒体で発信するのか。あえてSNSで世界に向けてあなたの攻撃的な言葉を拡散する必要がありますか、と。「これを投稿したらアスリートが傷つくかな」とその可能性を一瞬でも感じるなら控えてもらった方がよい。別に拡散する必要はないでしょう。
「いや、この怒りを投稿し、拡散する意味がある」と、相手を傷つけても投稿したい人もいるのかもしれません。「間違ってしまった人、ミスをした人に対して、それを指摘するのは正しいことなのだから、どんなひどい言葉をぶつけても構わない」などと。
人は、他者を罰する際に、脳の報酬に関わる領域が活動することがわかっています。つまり、誰かを断罪すると自分が気持ちよくなれるということです。ましてSNSでの投稿は匿名性があり、自分の名前を明かさずに、欲望を満たせる。構造的にエスカレートしていく面もありますよね。
でも、その投稿が違法の可能性もあります。民事訴訟で損害賠償を求められることもあれば、もしかしたら刑事事件になって警察のお世話になる可能性も。そういう覚悟はあるでしょうか。
自分の思いをつぶやくだけだと言い張るのかもしれない。でもSNSは拡散が前提のプラットフォームなので、そういったネガティブで過激な意見は瞬く間に広がり、本人に届く可能性も当然あるわけです。自分の投稿がどういう結果を招くのか本当はみんなわかっていると思います。それでも投稿する、気持ちよくなりたいというなら、責任を取るしかない。

「レース動画配信」を用いた誹謗中傷も
林さん 実は私もSNSのDMで誹謗中傷を受けたことがありますし、自分のチームメイトにも同じように誹謗中傷に遭った人もいます。誹謗中傷が名誉毀損罪や侮辱罪などにあたれば、相手に刑罰が科される可能性がありますが、実はそれらは「公然と」、つまり不特定多数に対して向けられたものである必要があります。DMだと1対1のものなので、そういった罪には該当しないんです。そうすると、容易に犯人を特定することもできないので厄介です。
またトライアスロンや自転車競技でも多いんですが、SNSで、YouTubeなどのライブ配信を切り抜きして、「このプレイはヤバい」「こんな危険な奴はもうレースに出てくるな」というような投稿も多数見られます。スポーツは記録に残る形で配信がされやすい分、トッププロ選手ではなくても、そういった非難を不特定多数から受けやすいんですね。
高橋さん 小学校の道徳の時間で「人を傷つけるのはよくない」と教育されたはずで、誰しも本当は人を傷つけるのはよくないことだと知っているのだと思います。けれど、誰かを傷付けて、自分が気持ちよくなることを優先してしまう人が少なくない。
林さん SNSで投稿することは何ら妨げられるものではないと思いますが、自分自身のことを発信するのと、他人の行動に触れることは明確に意識を区別してほしいです。SNSでは他人の投稿を引用する形で投稿することができますが、そうした他人の投稿を引用することにより、容易に他人を誹謗中傷する可能性があるという自覚を持ってほしい。他人に触れるような投稿をするときには、「それ、その人に目の前で直接言えること?」と一度立ち止まって考えてもらいたいですね。
高橋さん SNSの誹謗中傷の加害者が、中高生や大学生などの若年層であったということも少なくないです。保護者の方もSNSのリテラシーや、人を傷つける発信とはどういうことなのか。SNSの拡散性と永続性、ネット表現の特殊性について、お子さんと話し合う時間をもってもらえるといいですね。
――苦しむスポーツ選手を法で守ろうとする弁護士のふたり。改めて弁護士という仕事の尊さを感じますね。後編ではおふたりに「弁護士の仕事」について語ってもらいます。
後編はこちら
お話を聞いたのは
高橋駿さん(写真・右)
弁護士/COAS発起人。2016年早稲田大学法学部卒業。2018年早稲田大学法科大学院修了。2019年弁護士登録、2024年Field-R 法律事務所入所。中央大学法学部非常勤講師(2023年~「健康・スポーツ科学B(スポーツ法)」担当)も務める。
林 拓弥さん(写真・左)
弁護士/COASアスリートパートナー。2014年愛知県立旭丘高等学校卒業、2018年一橋大学法学部卒業、2020年一橋大学法科大学院修了、2022年 弁護士登録・東京八丁堀法律事務所入所。トライアスロン・自転車競技の現役選手でもある。
COAS
COAS(Combatting Online Abuse in Sports)は、スポーツ界における誹謗中傷に関する声明・ニュース・対策等に関する情報を集約し、スポーツ界における誹謗中傷を抑止することを目的に活動している。現在は6人の弁護士にて運営。
この記事を書いたのは
インタビューを中心に教育、子育て、医療、介護、食などのテーマで WEB・雑誌・書籍などの記事を執筆。お話を伺う方にたくさんの学びをいただいています。社会福祉士、法定成年後見人、中学校・高等学校教諭一種免許状、生涯学習2級インストラクター(栄養と料理)