「ずるい!」を連発する小4の娘。その気持ちを“100倍希釈”してみたら…《モンテッソーリ教師の子育てエッセイ》vol.10

子どもとの毎日は、カラフルで鮮やかな瞬間だけでなく、大変なことや葛藤も含めてさまざまな色(感情や体験)に満ちていますよね。時には、喜怒哀楽をうまく言葉にできない気持ちが、脳内をぐるぐるすることも。モンテッソーリ教師・杉浦あきえさんの連載「今日は何色?子どもと紡ぐ彩りデイズ」では、あきえさんご自身の子育て中の脳内をそのままエッセイとしてつづります。

連載10話目のテーマは子どもの「ずるい!」について。あれもずるい、これもずるい…その背景には?

・杉浦あきえ:モンテッソーリ教師


・夫:同じ年で多趣味
・長女:10歳(2016年生まれ)、何かを考えたり言葉にしたりすることが大好き
・次女:4歳(2021年生まれ)、天真爛漫でおしゃべりが止まらない

あらゆる言い方の「ずるい!」を連発する小学生

「ずるい!」
「ねえ! ずるくない?」
「だって、おかしいじゃん!」

(おお、始まった)と内心思う私。

小学4年生の長女。日常の中で「ずるい」「ずるすぎる」「ずるいって」「ずるくない?」と、あらゆる言い方の「ずるい」を聞くようになったのは、彼女が小学生になった頃からだろうか。

この日も「ずるい!」、いや「ずるい!!!!」くらいの、かなり鋭い「ずるい」が飛び出した。その言葉とともに、熱い視線、いや鋭い視線が私に向けられている。

理由は、大人から見ればささいなこと。嫌な言い方をしてしまえば、「どうでもいいこと」。それくらい大したことではない。……と、大人は思う。

でも、子どもにとっては違うのだ。すごく大事だし、すごく重要なこと。

この日の理由は、長女が習い事に行っている間に、4歳の妹がシールを買ってもらったこと。大人から見れば、「あなたも一人だけ何かを買ってもらうときがあるのだから、今日の1回くらいいいじゃない」という出来事だ。

でも、長女からすると話はまったく違う。

「私は自分のお小遣いでシールを買っている“のに”、4歳の妹“だけ”が買ってもらうなんて、おかしい」

そして、あの言葉につながる。

「ずるくない?!」

そうね、ずるいよね。

大人は、こんなふうに言いたくなる。

「そんな小さなこと、気にしなくていいじゃない」
「逆に、あなただけが買ってもらっていることの方が多いのよ?」
「妹はお小遣いがまだないから、ごめんね」

どれも、大人側から見た景色。

ただ、「ずるい」の一言で終わらせず、少し立ち止まってみると、その中にはいろいろな気持ちが入っているのかもしれない。

自分は、お小遣いを使って買っている。それなのに、妹だけが買ってもらった。自分ばかり我慢しているように感じたのかもしれないし、「私は自分で買っているのに」というところに気づいてほしかったのかもしれない。

不満、うらやましさ、悲しさ、矛盾。そうした気持ちがぎゅっと濃くなって、まとめて「ずるい」という言葉になって出てきたのだと思う。

そこで、「ずるい」に濃縮された気持ちを100倍希釈するようなつもりで、原液を割る水の役割を買って出ようじゃないか。

「ずるいと思ったんだね」
「どこがずるいと感じたの?」

まずは、そう聞いてみる。

大人だって、「ずるいな」と思うことはある。自分の負担ばかりが大きく感じられるとき。こちらの努力には誰も気づかないのに、別の人だけが評価されているように見えるとき。そんなとき、「なんで?」と納得できなくなることはある。大人は経験を重ねる中で、「まあ、そういうこともある」と折り合いをつけられるようになっただけで、「ずるい」という感情自体がなくなったわけではない。

とくに児童期の子どもは、公平か不公平かに敏感になる。少し前までは気にしていなかったような違いにも気づき、「どうして自分だけ」「あの子と違う」と感じることがある。

それは、子どもが周りをよく見て、自分と他者との関係を理解し始めている姿でもある。だから、「ずるい」と感じること自体は、なくさなければならない悪い感情ではないのだと思う。

もちろん、気持ちを受け止めることと、願いをすべてかなえることは別。

この日、妹がシールを買ってもらったからといって、長女にも同じように買う、という話ではない。年齢も違えば、その日の状況も、それ以前の出来事も違う。何でも同じにすることが、公平とも限らない。

それでも、「ずるいと感じた」という事実と、その中にある気持ちをまずは受け止めてもらうこと。そして、その感情は持ってはいけないものではないと知ること。その上で、自分の気持ちに気づき、少しずつ対処できるようになること。長い目で見たときに、それができるようになる手伝いをしていきたい。私が願っているのは、そのようなこと。

とはいえ、毎回こんなふうに落ち着いて向き合えるわけではない。

「ずるいって何度も言っているけれど、もう、いいじゃ〜ん! また買おうよ〜!笑」

とこちらは軽々しく、つい言いたくなる。
いや、小さい声で出てしまっているときもある。

「え! 何?」と長女に聞き返されて、「いや、あのさ、そういう日もあるよ」と気を取り直す。

そう、そんな日もある。

完璧にはできないけれど、すぐに「そんなことを言わないの」と消してしまうのではなく、「何をずるいと感じたの?」と聞いてみる。「ずるい」という一言の中身を、長女と一緒に少しずつ言葉にしていけたらと思う、今日この頃だ。

彩りデイズはいろいろな色があるから、彩り豊かになる。うまく向き合える日も、小さい声が漏れてしまう日もある。そんな子どもとの彩りデイズ。

前回の話はこちら

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プロフィール

杉浦あきえ モンテッソーリ教師

国際モンテッソーリ教師(AMI)

幼稚園教諭、保育士、小学校教諭。二児の母。

 

幼い頃から夢見た保育職に期待が溢れる思いとは裏腹に、現実は「大人主導」の環境で、行事に追われる日々。そのような教育現場に「もっと一人ひとりを尊重し、『個』を大切にする教育が必要なのではないか」とショックと疑問を感じる。その後、自身の出産を機に「日本の教育は本当にこのままでよいのか」というさらなる強い疑問を感じ、退職してモンテッソーリ教育を学び、モンテッソーリ教師となる。「子育てのためにモンテッソーリ教育を学べるオンラインスクール Montessori Parents」創設、オンラインコミュニティ”Park”主宰。著書に『モンテッソーリ教育が教えてくれた「信じる」子育て』(すばる舎)、『モンテッソーリ流 声かけ変換ワークブック』(宝島社)、『子育ての「引き算」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『子育ての“イラッ”“モヤッ”を手放す本』(小学館)。

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イラスト/カラシソエル

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