生まれたときから3つの言語。でも、会話は思いどおりにいかない
こんにちは。タイ在住のフリーライター、大島彩です。
息子が生まれたときから、私は日本語で話しかけ、フランス人の夫はフランス語で話しかけてきました。夫婦の会話は英語です。息子が5歳くらいになるまでは、会話の中でそれぞれの言語が混ざることはほとんどなく、人によって完全に使い分けていました。
相手に合わせて言語を切り替える様子はとても自然です。私と日本語で話している最中に友達が英語で話しかけてくれば英語で返すし、夫に話すときはフランス語に切り替わります。
これは複数の言語を使う人にとっては自然なことなのですが、一方の言語からもう一方へ訳すという作業が頭の中で発生するのではなく、違うチャンネルに切り替わるようなものです。
初めて会ったときに「この人とはこの言語で話す」と自然に決まり、その言葉を通して関係ができていくように感じます。そのため、後になって別の言語でも話せるとわかっても、使う言語が切り替わることはあまりありません。
現在はタイ在住。息子の得意言語は英語に
そんな息子も、今では英語がいちばん得意です。タイに移って2年。イギリス式のインターナショナルスクールに通っているため、授業も友達との会話もすべて英語です。読み書きも英語で学び、休み時間の遊びも英語。現地のタイ語を学ぶ機会はありますが、学校生活のなかで使う場面は多くありません。毎日長い時間を過ごす場所で使う言葉が強くなるのは、考えてみれば自然なことです。

日本語は英語混じりになってきた
それに対して、日本語で日常的に話す相手は、ほとんど私ひとりです。私自身も英語を話すため、息子の英語力が伸びるにつれて日本語での会話にも英語が混ざるようになってきました。複雑なことを説明したいときほど、学校で覚えた英語の言葉が先に出てくるようです。ここで厳しく、母親である私とは必ず日本語で話すように強制するという方法もあるかもしれません。しかし、私とのコミュニケーション自体が億劫になってしまっては困るので、英語で話すこと自体は禁止していません。
ただ、息子が英語で話しかけてきたときは、私はなるべく日本語で返すようにしています。英語を日本語に言い換えながら、会話そのものは止めない方法です。
例えば、こんなやり取りがあります。
息子「We found tadpoles!」
私「オタマジャクシを見つけたんだね。どこにいたの?」
息子「学校の、えーと、あの、playgroundの砂場のところ」
私「学校のみんなで遊ぶところ?」
息子「そう! あのね、先にlegsがgrowして、そのあとにarmsがgrowするんだよ」
私「そうだよね! 足が先に生えてくるんだよね!」
このように、英語が混ざっていても会話をそのまま続けます。私は息子の話を受け止め、日本語で返す。言葉を一つずつ直すより、伝えたいことをやり取りする時間を大切にしています。
日本語の絵本を読むことも、ずっと続けています。寝る前に一冊読むのが習慣です。物語を通して、普段の会話ではあまり使わない言い回しや、知らなかった言葉に出会うこともあります。昔話や季節行事の絵本は、日本の様々な文化に触れるとても良い機会にもなっています。
日本語を話す相手が母親だけだと、母親のような話し方に。日本語で遊ぶ友達のありがたさ

そして最近は、近くの空手教室にも通い始めました。日本人の先生が教えていて、日本人の子どもも多く、稽古前に少しだけ日本語の書き取りをすることもあります。稽古のあとにみんなで「だるまさんが転んだ」をして遊ぶこともありました。
同じタイでも、首都バンコクには大きな日本人コミュニティがあり、日本人学校から野球チームまで、ありとあらゆるものが日本と変わらない環境で享受できます。ですが、私の暮らすホアヒン近郊にはそこまでたくさんの日本人は暮らしていないため、日本語で遊ぶ子ども同士の場は多くありません。そのため、この空手教室で友達が使う言葉や子どもらしい言い回しに触れられることを、ほんとうにありがたく感じています。
なぜなら、日本語を話す相手が母親だけだと、母親のような話し方になってしまうからです。子ども同士の遊びで覚える言い回しや、友達とのやり取りで身に付くリズムは、家で私が話しかけるだけでは補えません。空手教室で同年代の子どもたちと日本語で遊ぶ姿を見ると、言葉は誰かと一緒に過ごすなかで育つものなのだと感じます。
マルティニークではフランス語、タイでは英語が中心に

タイに越してくる以前、私たちはフランス領マルティニークで暮らしていました。現地の公立保育園に通い、日中はフランス語のなかで過ごしていた息子。夫婦の会話は英語でしたが、息子がその会話に加わることはほとんどなく、英語を話す機会は多くありませんでした。
そのため、当時は動画を見せるときは英語のものを多く見せたり、パペットを使って英語で遊んだりしていました。母親である私との会話は日本語に固定されていたのですが、パペットには英語で返答していたので、一定の効果はあったように思います。
それでもその後、タイに引っ越すことになったときには息子が本当に英語を使えるのか心配でした。パペットと話したことはあっても、英語で友達と遊んだことはなく、周りの人たちは全員フランス語を話す環境が当たり前だったからです。
ところが、タイでインターナショナルスクールに通い始めて数日もすると、一人遊びのときまで英語に切り替わっていました。あまりの順応の速さにこちらが面食らってしまうほど。
そうなると今度はフランス語が心配です。タイでフランス語を話す相手は、ほぼ父親のみ。学校にもフランス語を話す子はいますが、みんな英語でやり取りすることに慣れているため、友達同士の会話がフランス語に切り替わることはありません。英語ができるようになったら次はフランス語、というように、暮らす場所が変わるたび、親の心配の種も移動していきます。
「3つとも同じように話せるように」と考えると、親のほうが焦ってしまいます。どの言語を使うかは、本人の努力だけでなく、誰と、どこで、何をして過ごすかに大きく左右されます。家庭で決めたルールだけで、子どもの言葉を管理することはできません。
フランス語を続けるために、夫婦の会話も変えられる?
夫は息子が英語で話しかけてきても、フランス語で返します。「英語はわからないよ」と言うこともあります。息子にフランス語を話してほしいからです。一方で、家庭のなかでフランス語に触れる時間を増やすために、絵本を読んだり、フランス語を話す友達と過ごす機会をつくったりすることは、まだ試行錯誤の途中です。
私自身、マルティニークで暮らすなかでフランス語を身につけました。ただ、日常会話はできますが、込み入った話になると英語のほうがずっと楽です。夫婦の会話をフランス語に変えようと何度か試したこともありますが、10年以上英語で話してきた習慣はなかなか変わりません。私のフランス語が十分でないこともあって、気づけばまた英語に戻っています。
子どもには複数の言葉を話してほしいと思いながら、親である私たち自身も、使いやすい言語に頼っています。親が決めたルールを子どもに守らせれば解決する、というほど簡単ではありません。家族みんなが無理なく続けられる方法を探すことも、多言語教育の一部なのだと思います。
完璧さより、言葉の向こうにいる人とつながること

周囲からは「3つの言葉が話せるなんてすごいね」と言われることがあります。たしかに、相手に合わせて言葉を切り替える姿は頼もしく見えます。でも親としては、どの言語も同じように使えているわけではないことを、毎日の会話から感じています。学校で使う英語はどんどん伸びる一方、家庭でしか使わない言葉には、話す相手も話題も限られます。3つの言葉を育てるといっても、同じ時間や相手を均等に用意できるわけではありません。
「3つとも中途半端になってしまうのでは」と不安になることもあります。日本語もフランス語も英語も、読み書きまで含めて同じレベルにするのは簡単ではありません。それでも、今どの言語が強いかだけで、これまでの積み重ねが消えるわけではないはずです。息子が誰かに伝えたいことを、その相手に届く言葉で伝えている。今はまだそれだけで十分だと思っています。
言語を学ぶことは、その国の文化に触れること
息子が大人になる頃には、AIの翻訳技術が今よりも発達することを考えると、外国語を学ぶ「必要性」は薄いでしょう。それでも、言葉を知ることは、単に相手の言っていることを理解するだけではありません。その言葉で暮らす人たちの考え方や、歴史、文化に触れることでもあります。
日本の祖父母や親戚とは日本語で、フランスにいる夫の家族とはフランス語で、これからもやり取りできたらいいなと思います。ただ、息子が将来どこで、どんな人たちと、どんな暮らしをするのかは、親の私にもまったく想像できません。だから、3つの言語をすべて完璧に話せるようにしなければ、と決めつけることはできないと感じています。
私が願っているのは、息子の世界が少しでも広がることです。言葉が増えれば、話せる相手や読める本、触れられる文化も増えていきます。それは、私が海外で暮らし、あとから英語とフランス語を学んだ経験から実感していることです。
わが家には、「家では絶対にこの言語で話す」という厳密な決まりはありません。母親とは日本語、父親とはフランス語という基本はありつつ、英語が混ざる日もあります。それでも、話したいことを話し、相手の言葉を受け止める時間は続いています。今はその小さな積み重ねを大事にしながら、今のわが家に合った言葉との付き合い方を探しています。
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この記事を書いたのは
タイの海辺でフランス人の夫と息子と暮らしている。スリランカ、フランス、タンザニア、ポルトガル、マルティニークでの在住経験をもとに、海外での子育てや多言語環境で育つ子どもの言葉について執筆。カイトサーフィンのアジアチャンピオンで、現地ガイドやレッスン、ツアー企画も行う。