37歳で飛び込んだ農業の世界。私たち家族の幸せは山梨にありました【私たち地方移住して子育てしてます!】

市川哲平さん(41歳)は、2017年に妻の美由紀さん、長男の龍介くんと3人で、神奈川県横浜市から山梨県甲府市へ移住しました。山梨では学生時代から興味のあった農業で食べていこうと決意。山梨県立農業大学校で9カ月間学んだうえで土地を借りて独立し、就農をスタートしました。移住から5年が経つ現在は、スタート時の倍となる8000㎡の畑で作物を栽培しています。移住したきっかけやこれまでの経緯、仕事のやりがいについて伺いました。

ストレスフルな毎日に疑問をもち、以前から馴染みのあった山梨へ移住を決意

横浜では貿易会社に勤めていたのですが、激務であるのに加えて人間関係でもギクシャクしたことがあって心身ともに疲れてしまい、身体を壊してしまいました。そんななか、体が回復したあとのことや自分の人生について思い悩んでいるとき、浮かんだのが移住して新規就農をすることでした。

 実は、私は東京農業大学出身で、農業には以前から興味がありました。でも、学生時代は研究が主で、農業の実践経験はほとんどありませんでした。それに加えて、学生時代は農業で食べていく自信がなかったのです。実家は農家ではありませんでしたので、もし農業をするとしたらゼロからの出発になります。また、その当時に知り合った農家の方からは、経営が苦しい、大変だという話をうかがうことが多く、農業に対してネガティブなイメージが強くありました。なので、大学を卒業してからは農業の道には進まずにサラリーマンになったのです。

 しかし、社員として働いて10年以上が経ち、これまでの人生に疑問が出てきた。これからどうやって生きていこうかと思ったときに、思い浮かんだのが農業でした。

 学生時代とは違って、農業人口の減少が叫ばれている今だったら新規就農のチャンスがあるんじゃないか。子どもが就学していない今だったら、移住をするのもいいんじゃないか。そんなことを思い始めまして、気が付いたら行動していました。

 

やまなし暮らしセンターで情報を収集。新規就農者の家でホームステイ体験

4000㎡から始めて現在8000㎡になった畑。トウモロコシを主体にさまざまな野菜を作っている。

 

まず、行ったのが有楽町にある「ふるさと回帰支援センター」内にある「やまなし暮らし支援センター」での情報収集です。

 目指す移住地は、山梨県の一択でした。じつは私の姉が山梨の勝沼にある果樹園に嫁いでいまして、何度か足を運んでいて土地勘があったのです。山梨は自然が豊かで清々しい印象を持っていて、夏暑く、冬場は寒いといった寒暖差の激しい気候も、私にとっては心地よく感じていました。

 就農も含めて相談をしたところ、「頭で考えるより、まずは行って体験してみてはどうですか」と言われ、当時、甲府市役所が実施していた事業の「就農体験ホームステイ」を勧められました。新規就農者の自宅でホームステイをしながら、農作業のお手伝いをしたり、ごはんを一緒に食べたりして、山梨での暮らしぶりを体験するプログラムです。

甲府市役所が実施している新規就農者の自宅でホームステイをしながら、山梨での暮らしぶりを体験するプログラムを勧められました。

 ホームステイ先の農家は、やはり県外から甲府へ移住して、私が栽培したかった野菜づくりをしているとのこと。甲府は県庁所在地で、学校や医療機関が多く、買い物ができる商店も揃っている点も魅力的に感じました。そこで、さっそく親子3人で2泊3日のホームステイを体験することにしました。

 ホームステイ中は、私は農作業をお手伝いしながら、さまざまなことを農家の方から実際にお聞きしました。お金をどうやって稼いでいるのか。住まいの借り方や、地域住民の活動内容、地域住民の方たちとのふれあいなど……etc.。実際に移住した方からの回答はリアルで、移住を考えるとてもいい参考になりました。

 

妻は自然の豊かな場所で子育てをしたかったので、環境にはとても満足していましたね。横浜の家の周囲はアスファルトだらけで、ビルが立ち並ぶ風景しか見えませんでしたが、山梨ではどこからも山が見えて、自然が身近に感じられたからです。

 それから、何度か山梨へ足を運んでいろいろな方にお会いして、相談をしていくうちに甲府へ移住する決意を固めました。

移住の最後の決め手は「人」でした。住まい探しも人の縁で探せました

地元の農家主催で、年末には餅つき大会が行われます

 

いちばんの決め手は、山梨で出会った「人」です。困ったら安心して相談ができる方たちに出会えたことがとても大きかったと思います。どんなに情報を収集しても、結局は実際に住んでみないとその土地のことはわかりません。移住したら困ったことや不安は絶対にあると思うので、そんなとき信頼できそうな人がいるという安心が、移住を後押ししてくれました。

 いまの住まいを探せたのも、そうして知り合った人のおかげなんです。当初は市内にアパートを借りて住もうと思っていたのですが、私は移住を決意してからすぐに仕事を辞めてしまっていたので社会的な信用がなくて、不動産屋さんは相手にしてくれなかったんですよね。いまから考えると、就こうとしている仕事もまったく経験のない農業で、収入の目途も立たないのですから当然なのですが。

畑のそばの7LDKの古民家が住まい

 

養蚕業を営んでいた一家が住んでいた7LDKの古民家が住まい。トイレが3つも!
2階からの眺め。

 

 途方にくれて、それまでに知り合った先輩農家の方に相談したら、その方が空き家を持っている知人に話を付けてくれて、内見の約束を取り付けてくれました。

 ありがたかったですね。「人」とのつながりの重要性を感じた一例です。

 最終的に移住したのは、移住を考え始めてから1年余りが過ぎた2017年4月です。現在住んでいるのは、甲府市の市街から車で30分ほどの郊外で、畑のすぐそばの一軒家です。かつては養蚕をしていたという大きな古民家で7LDK。トイレが3つもあるんですよ。市街にアパートを借りていたら畑には毎日車で通わなければなりませんでしたので、結果的にはとてもいい選択だったと思っています。

37歳で県立農業大学入学。9か月間学んだ後、先輩農家の手を借りてスムーズに就農が実現

農業大学校の仲間と販売実習

 

移住した2017年4月から「専門学校 山梨県立農業大学校」の職業訓練農業科へ入学し、9か月間農業についてみっちり学びました。この学科は、職業訓練終了後に山梨県内で農業に従事する人を対象にした学科で、農作物の栽培技術や農業経営に関する知識を、座学と豊富な実習を通して習得できるのです。「果樹コース」もあるのですが、私は「野菜・有機農用コース」を選択して学びました。

 

この9か月はとても充実した日々でした。農業の知識を身につけられたことはもちろんですが、実習へ行った先々でさまざまな農家の方たちと出会い、ネットワークができたことがとても大きな収穫でした。

畑を耕す農機具やトラクターは先輩農家さんが貸してくれました。

 

実習で知り合った農家の方を通じて、修了後にどこで農業をするのかという目途が修学中に立ちましたし、就農を実際に始めたときには、畑を耕すために必要なトラクターなどの機械や資材までも先輩農家の方々が貸してくださって、そのうえ栽培技術まで指導していただくことができたんですよ。

 そのおかげで新規就農時は軽トラックを購入したくらいで、ほとんどお金がかかりませんでしたし、初年度からプロの農家さんと同じぐらい収益を上げることができました。もう感謝してもしきれないくらいです。

 健康面も、体を動かし、太陽を浴びてぐっすり寝ることであっという間に回復して、心身とも元気になりました。ご飯はおいしいし、昼寝もでき、ストレスフリーな生活の素晴らしさを堪能しています。

 

子どもの成長を間近で見られるうれしさ。豊富な実体験も!

自然豊かな地域。夏は近くの川で友だちと川遊びができます。

移住当時、3歳だった息子は現在8歳になり、近くの公立小学校へ元気に通っています。

 移住した当初から近所の子どもたちが声を掛けてくれて、兄弟みたいに仲良く遊んでもらっているんですよね。同級生だけでなくて、異なる年齢の子どもたちが集まって遊んでいて、息子はひとりっ子なのでそうした面からも移住して良かったと思っています。

 保育園への入園も意外にスムーズでした。私は学校へ通うため4月に山梨へ来ましたが、妻と息子は6月の移住で、そこから地域の自治体に入園を申請して待機していたのですが、秋口には認可園に入れました。妻も地域にすっかり馴染んでいまして、現在は方言も自然に出るぐらいです(笑)。

 会社員時代は、家族でいっしょにごはんを食べるのもままならなかったのですが、山梨に移り住んでからは、仕事が忙しくても毎日朝晩のご飯は妻と子どもといっしょ。あまり多くはないですが、週末には息子と遊ぶ機会も持てています。子どもの成長を、ゆとりをもっていつも近くで見ていられるのが何よりうれしいですね。

農作業の手伝いをして、育てたスイカを売った息子

 

 

地元のスーパーで売った、息子が育てた「りゅうちゃん印」のスイカ

 

最近は、息子が農作業を率先して手伝ってくれるんです。今年の夏は、息子が栽培したスイカを、ふたりで近くのスーパーへ実際に持って行って店頭に並べて、毎日そのスーパーへ行っては、売れたかどうかを確認していたんですよね。すると、ある日、店を覗いたら売れているのがわかって、親子で喜んだのもいい思い出です。

 

保育園の卒園時に、将来の夢を一人ひとりが発表する機会があったのですが、なんと息子は「八百屋になりたい」なんて言ってくれました(笑)。うれしかったですね。

 

 移住して農園を開いて5年。私たち家族の幸せのかたちはここにある

売上の主体はトウモロコシ。直販も通販もしている。

私の農園は「Sunny Day Farm」と言います。いつも太陽が輝いていて、明るい畑をイメージして名づけました。4000㎡から始めた畑は、現在8000㎡になりました。作物は、トウモロコシを主体に年間15種類ほどの野菜を栽培しています。出荷先は都心のマルシェや個人宅やレストラン、それに地元のスーパーの地野菜コーナーなどへの直販が約6割を占めていて、残りを農協へ出荷しています。

 

今後の目標は、現在の栽培面積を維持しながら、1㎡当たりの収益を上げることです。そのために、ハウス栽培やシャインマスカットなどの果樹栽培にも挑戦し始めました。また、農作物の加工品製造も進めていくつもりで、少しずつですがトウモロコシやヤングコーンの加工を始めています。

移住して5年……。思うに、移住というのはお見合い結婚のようなもので、実際に暮らしてみないと、うまくいくかどうかはわからないんじゃないでしょうか。

 妻も、移住当初は「不安:期待=9:1」だったと言っています。でも、今は、「自分に合った幸せのかたちがここにある」と言えるくらいこの場所が好きだ、と。

自分の個性をある程度さらけ出して生活することが大事

移り住んだ地域の文化や暮らしに合わせることは、ある程度は重要だと思うのですが、その点ばかりとらわれていては続かないのではないかと思います。また、移住するとしばらくは、常に注目されているといったような状況になって緊張することもあるかと思うのですが、自身の個性をある程度さらけ出して自然体で生活をすることも大切だと思います。

 私たちの移住は、そうした意味で土地との相性がぴったりだったと思います。山梨の人は一度懐に入ると人情深く温かい人が多いと聞いていましたが、本当にその通り。つくづく、人に恵まれた幸せな移住だったと思います。

 

市川さん夫妻が経営する

sunny day farm(サニーデイファーム)

直送、メルカリで野菜を販売中。ヤングコーンが人気です!

https://www.facebook.com/farm.sunnyday.5

https://www.instagram.com/farmsunnyday/

 

甲府市は山梨県の県庁所在地で人口187296人(2020年8月1日現在)。中でも市川さんの移り住んだ中道町は、20063月に甲府市と合併したエリア。もとは一つの自治体として機能していた「町」だったので公園や公共施設なども一通り整備されています。産業の中心は農業で、古き良き里山の風景が残っている点も特徴です。市川さんが体験した「就農体験ホームステイ」事業は現在は行われていませんが、その代わりに農業体験は随時受け付けていて、「日帰りの移住ツアー」も開催されています。因みに、山梨県によれば、令和2年度の山梨県へ県外から移り住んだのは2173世帯2784人となっています。

山梨移住に関する詳しい情報はこちらへ>>>やまなし移住・定住ポータルサイト

地方暮らしを希望するみなさんのための移住相談センター「認定NPO法人 ふるさと回帰支援センター」

http://www.furusatokaiki.net

東京・大阪を除く45道府県の自治体と連携して無料で個別の移住相談に対応しています(要予約)

取材・構成/山津京子

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