乳幼児期の鉄不足が招くデメリットとは
「乳幼児期の鉄不足」といっても、なんとなく実感がわきません。いったいどんなデメリットがあるのでしょうか。
相模女子大学 栄養科学部健康栄養学科教授・堤ちはる先生によると、
「鉄は全身に酸素を送るヘモグロビンの材料です。酸素がうまく送られないと貧血が起こります。でもそれだけではありません。脳の発達にも影響があるんです。乳幼児の脳の発達には多量の酸素が必要なのです。鉄が24カ月の時点で欠乏している子どもでは4歳のときの認知スコアが欠乏していない子に比べて低いという研究データがあります。36カ月でも同様です。
そして、こうした乳幼児期の鉄不足にあとから気づいて鉄剤を投与しても、19歳のときの認知スコアに差が出てしまう、つまり、乳幼児期の鉄不足は、かなり長期にわたって脳に影響するんですね」(堤先生)
そもそも少ない日本の推奨量
また、日本の鉄の推奨量自体が低いことを、堤先生は指摘します。
日本の12~35カ月の子どもの推奨量は4.5㎎。摂取量は3.5㎎。しかしニュージーランドやオーストラリアでは倍の9.0㎎が推奨量で、オーストラリアでは実際に8.7㎎も摂取しています。36カ月~就学期を見ても、日本の推奨量は5.5㎎、摂取量は4.3㎎で、ニュージーランド、オーストラリア、アメリカのそれぞれ半分程度なのです。
実は「育脳」に欠かせない鉄
予防医学の専門家として、主に女性や母子の健康に関する調査や啓発活動を行っている細川モモさんも、「育脳」の観点から注目したい栄養素として鉄を挙げています。
「脳はそのほとんどが脂質とたんぱく質で構成されていますので、まずは脂質の一種である『DHA』と『たんぱく質』は必要。そして、脳の神経回路の増設に必要な『鉄』も重要なのです。
日々発達する乳幼児の脳内では、猛烈な勢いで神経回路が作られています。回路と回路をつなぐシナプスは生後すぐから増え始め、幼児期にかけてその数はどんどん増えていきます。シナプスが増えることによって神経回路がつながり、密になっていくのです。この、シナプスの増加と回路の結合に必要なのが酸素です。
大人の脳でも、5分以上低酸素状態が続くと海馬や小脳に後遺症が残る確率が高まります。脳にとって酸素不足は致命的であり、鉄が不足して鉄欠乏性貧血になると、脳の発達にも影響が及んでしまうのです」(細川さん)
なんと! 焦りますね。
細川さんは鉄不足の実態の調査にも取り組んでいます。
母親の栄養状態との相関性が!
実は、乳幼児の鉄不足を測定する機会はこれまであまりありませんでした。というのも、測定には血液検査が必要で、乳幼児に対して鉄の検査のために採血をすることは負担が大きいからです。
しかし、細川モモさんは、指にクリップをはさむタイプの非侵襲の測定器(パルスオキシメータ)により、母子の血中ヘモグロビン濃度を測定し、広く調査しています。
*株式会社 明治は幼児の貧血の実態把握と鉄摂取の重要性を伝えるためのプロジェクト「鉄チェック活動」を開催し、同様にヘモグロビン濃度を測定するほか、轍の重要性について親子で学べる栄養ワークショップも実施しています。
その結果、「小児(1歳6か月以上6歳未満)の8%が貧血の基準値未満のヘモグロビン値だった」とのこと。そして、「母親と小児のヘモグロビン値には有意な相関が見られた」といいます。
つまり、母親のヘモグロビン値が低い場合、そのお子さんのヘモグロビン値も低い場合が多いと考えられます。
これはいったいどういうことかといえば、
「2歳以降、離乳食を卒業した子は親と同じ食事を摂るようになります。そのため、家族の食生活や栄養リテラシーが小児のヘモグロビン値に影響を与えると考えられます。小児の鉄不足の改善には、小児の養育者の栄養リテラシーを高めていくことが大切です」(細川さん)
鉄不足を補うのは牛乳ではなく…
でも、乳幼児が鉄分を食事だけで摂ろうと思うと、けっこう大変なのです。
「4.5㎎の鉄分はほんれんそう3束、または牛乳22本に相当します」(堤先生)
35カ月未満の子どもにこんなにたくさん食べさせることは不可能です……。
そんなときに活用したいのが、鉄分を補給できるフォローアップミルク。細川さんも、
「さらに研究が必要ではありますが、鉄分補給法としてのフォローアップミルクの有効性が私たちの研究で示された可能性があります」
と言っています。
牛乳とフォローアップミルクの主な成分の比較
フォローアップミルクは、離乳完了期から3歳ごろまでの食事で不足しがちな栄養を補うことを目的としたもの。母乳の代わりになる育児用ミルクとは違い、幼児期の脳や身体の発達に必要とされる栄養素が重点的に配合されています。
離乳食や幼児食で摂りにくい鉄やカルシウムなども含まれているので、バランスのとれた食事を心がけながら補完的に使うのにピッタリです。
「牛乳を飲んでいるから大丈夫」というパパママもいると思いますが、実は鉄は牛乳にはほとんど含まれていません。
たとえば、牛乳ではなく、飲料としてフォローアップミルクを飲む、あるいはシチューやグラタン、スープを作るときなどに牛乳のかわりにフォローアップミルクを使う。
こんな日々の積み重ねが、子どもたちの鉄摂取量を上げ、「育脳」につながるのかもしれません。
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■相模女子大学 栄養科学部健康栄養学科 教授 堤 ちはる氏
日本女子大学家政学部食物学科卒業、同大学大学院家政学研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科保健学専門課程修士・博士課程修了。保健学博士、管理栄養士。青葉学園短期大学専任講師、米国コロンビア大学医学部留学。青葉学園短期大学助教授。日本子ども家庭総合研究所母子保健研究部栄養担当部長を経て、現職。専門は母子栄養学、保健栄養学。「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定版)策定委員。
■一般社団法人ラブテリ 代表理事 予防医療コンサルタント 細川モモ氏
予防医療・栄養コンサルタント。2009年、日米の医師、栄養士、料理研究家による予防医療プロジェクト「ラブテリ トーキョー&ニューヨーク」を発足。”病気になる前に予防する”予防医学の専門家として、主に女性や母子の健康に関する調査や啓蒙活動を行っている。2019年には日本栄養士会より「84selection」受賞。現在は全国でクリニック開業に従事。聖路加国際大学と「こども貧血共同研究」を進行中。『成功する子は食べものが9割』(主婦の友社)など著書多数。自身も二児の子育て中。
取材・文/三輪 泉