小学6年生の落語家・荒井 弦くん。YouTubeで「寿限無」独学からめきめき腕を上げて… 日本の伝統芸能を広めたい!

全国子ども落語大会で堂々入賞!いったいどんな小学生なの?

日本の伝統芸能「落語」に魅せられたキッズがいます。横浜市立小学校に通う6年生「ヒレカツ亭食(ていしよく)」こと荒井弦(あらい ゆづる)さん。

ご両親と三人四脚で稽古を重ね、全国規模の大会で度々入賞している【すごいキッズ】です。

今回はご本人荒井弦さんと、お母様でノンフィクション作家の城戸久枝さんに【すごいキッズ】の日常と、その成長を支える子育てについて聞きました。

まず「落語」とはどんな芸能なのか、教えてください!

弦さん:ざっくりと言えば、ピン芸人と同じ?
例えば「R-1」とか。飲み物じゃありませんよ、お笑いのコンテストのほうですよ!

久枝さん:ははは、またそんなこと言って……。

弦さん:「R-1」は「落語ナンバーワン」の略で、最初の頃は落語家も出ていたそうで。
ピン芸人といってもいろいろ方法があるけれど、江戸時代のピンのコント、ショートコントではないコントが「落語」といえるんじゃないかな。

「落語」を始めたきっかけは?

弦さん:NHKで『超入門!落語THE MOVIE』という落語のストーリーを映像化する番組があって、2年生の時に「うわぁ、おもしれぇやん!」って。でも、それからしばらくは忘れていたんです。

3年くらいたって、またしてもNHKなんですけど「昭和元禄落語心中」という、マンガが原作のドラマを見ました。そのなかで落語の「死神」という演目をやっていたんですが、ある日、母ちゃんが「死神、見てみたいな」ってつぶやいたんですよ。その言葉が、大きく運命を変えました。
さすがに「死神」からやるのは難しいから、小さい頃にEテレの「にほんごであそぼ」でなんとなく覚えていた「寿限無」を、母ちゃんの携帯を借りて1時間くらい、YouTubeであらためて何度も聞き返して。
母ちゃんに「『寿限無』やるから見て」って声をかけて、やってみたら「できた!」ってなったのが始まりです。

初めての落語「じゅげむ」に挑戦!

久枝さん: 2021年の5月、ちょうどコロナでずっと家にいた頃ですね。
夫の友人が落語好きで、寄席に誘われたらおもしろかったらしく「昭和元禄落語心中」の再放送を録画してあったので、家族3人で見たんです。
自由にあちこち出歩けなかった長い時間、「寿限無」の後もYouTubeでいろんな演目――「初天神」とか「まんじゅうこわい」とか「そば清」とかを繰り返し見ては「できた!」と言って家族に披露してくれる毎日でした。

ステイホームを逆手に取って、独学からスタート

弦さん:2021年11月の初舞台までは、独学だったんだよね。

久枝さん:実は初舞台は、私が依頼してやってもらったのですが(笑)。
私はいま「弁当の日」という「子どもがお弁当を作って学校に持っていく」という取り組みを広げる活動をしていて、その仲間に「息子が落語を始めた」と話したら「弁当の日にちなんだ落語があったらおもしろいね」という話になりまして。

本人に軽い感じで振ってみたら、ある日突然「できた!」って、創作落語「こげこげべんとう」を聞かせてくれて。
いつものように動画も撮ったのですが、笑いをこらえるのが大変なくらいおもしろくって、私の故郷・愛媛県伊予市で映画「弁当の日」の上映会をした際に披露してもらいました。

弦さん:毎日、父ちゃんと母ちゃんに聞いてもらったよね。

久枝さん:我が家は、息子も夫も私もドラマを見て「おもしろいね」となったのがきっかけで、同じスタートですから、誰も落語に詳しくありません。
だから「初めての人だと、ここは分かんないよね」みたいな、素人としての感想を伝えることしかできませんでしたが、家族3人で頑張って準備をしました。おかげさまで評判も上々でした。

初舞台後は、師匠に付いたのでしょうか?

久枝さん:初舞台の少し前の10月に、なんと偶然!  地元の自治体の広報誌で落語の生徒募集を見つけたんです。
毎年「新春の初笑い」として地元のコミュニティハウスで寄席をするらしく、啓発落語で各地を飛び回っていらっしゃる「夢見亭わっぱ」師匠が12月に3回、お稽古を付けてくださって、高座に上がれるというので申し込みました。

久枝さん:これまで師匠とのお稽古は新春寄席の前の3回と、その後の納涼寄席の前の2~3時間しかありませんが、時間のないなか、たくさん褒めてくださって、弦もアドバイスを全部受け止めて。
本人も緊張して臨んでいましたが、師匠にお稽古をしていただいてから、弦の落語がなんていうか、すごくおもしろくなった。

弦さん:ことし8月の納涼寄席には、弟子として呼んでくれました。いつもは師匠単独でする寄席を初めて「親子会」として、師匠が親、俺っちが子という設定で。あれは、うれしかったなー。
師匠とは、本当にたまたまの出会いだったけど、師匠の落語は、自分が求めている落語に近い。隠居、いわゆるおじいさんのことですけど、その演じ方にすごく惹かれます。俺っちが、尊敬する師匠です!

ほかにも、落語を披露する機会はあるのでしょうか?

弦さん:自分のクラスで「ちりとてちん」と「親子酒」をやりました。それを聞きつけた隣のクラスの先生からリクエストをもらって、隣のクラスでも。普段あんまり笑わない子がウケていて、うれしかったですね。

久枝さん:私は高齢者の戦争体験の聞き取りをライフワークにしているのですが、45歳で介護の資格を取って文筆業の傍ら週1回、近所のデイサービスで働いています。この間はその介護施設でも弦が落語を披露して、大好評でした。

YouTubeチャンネルもあるとか?

弦さん:YouTubeチャンネル「ゆっぽんTV」で、落語もアップしています。

ゆっぽんTVはこちら≪
※「親子酒」での酔いっぷりには大笑い!笑ってもOKな場所でご覧ください

弦さん:登録目標100人なんです。グランマ(=父方のご祖母様)が住んでいる高崎に行った時に、お年玉で買ったダルマの目を埋めたいので、ぜひチャンネル登録をお願いします!

落語修行は三人四脚!【すごいキッズ】ファミリーの親子関係

【すごいキッズ】の落語ライフについて伺ってきましたが、ここで気になるのは、お子さんの「落語」という一風変わった趣味を、ご両親がどのように支えているのか、ということ。

そして弦さんは全力で応援してくれるご両親に対して、どのような思いを抱いているのでしょうか。

お父さんからは普段どんなアドバイスを?

弦さん:父ちゃんはズバッと、的確なアドバイスをくれます。「ここ、おもしろくない」とか「ここをこうしたら分かりやすいよ」とか。はっきりしていて、容赦ない。厳しいけど、やるほうにとってはやりやすいし、頑張れます。
父ちゃんはもともとギャグとかいっぱい持っているから、それでウマいこと思い付くんだな(笑)。

久枝さん:弦と父ちゃん、日常生活でも、やり過ぎなくらいギャグが入るからね。ふたりのテンポには母ちゃん、ついていけません(笑)。

お母さんからは、どんなコメントをもらうのかな?

弦さん:母ちゃんは「なんか、ここら辺を」とか、抽象的で分かりにくい。
でも何かを「伝えたい」ってことは、よく分かる。その熱意が、オーラを放っているような……。
自分で言うけど、俺っちは、想像力がいいほうなんです。だから母ちゃんの言うことを「その通りなのか、どうなのか」って考えて「なるほど」って納得できれば、それを乗り越えていくことができる。
だから、母ちゃんは分かりにくいけど「そばにいて、いい」んです。

久枝さん:母ちゃんは「そばにいて、いい」のね。この言葉を大事にして、あと5年くらい? 反抗期を生き抜いていこう(笑)。

「落語」への挑戦、親目線でよかったと思うことは?

久枝さん:落語って伝統芸能で、いっぱい決まりがあるのかと思ったら、すごい自由。一応の話の筋が通っていたら、大体いいよっていう感じ。
それこそ長~い落語を、大会での時間制限に合わせて10分以内に縮めたり。どこをどう切り取るか、どうつなげるかも、本人次第なんです。
お師匠さんが常にいるお子さんは相談相手もいますが、弦は自分で考えるしかありません。物語を編集したりアドリブで盛り上げたり、そういう過程は勉強になっているかもしれません。

お母さんから見て「落語」を始めて、息子さんに変化は?

久枝さん:どこが変わったというのは分かりませんが、息子に対しての新たな発見はありました。本番に、すごい強いんです。アドリブも多いですし。
全国大会の決勝戦で、フレーズをひとつ丸々飛ばしちゃったんですが、自分でアレンジして、そういう話だったようにまとめちゃって。

弦さん:「あ、やべ!」って、思ったんだけどね。舞台でやっている時には、大丈夫なんだよね。

久枝さん:本番前は、緊張でカッチコチなのに。

弦さん:高座に上がるまでは氷とかアイスみたいなんだけど、座ったら水になる。カチカチが、緩やかになる感じ。

久枝さん:いまだって学校の発表とか、積極的なほうじゃありません。どちらかといえば恥ずかしがりやで、しかも6年生なんて、お年頃でしょ?
だけど落語だけは全然委縮しないで、人前に出られる。こんなの初めてのことで、正直ビックリしています。

想像力を育む趣味の数々!すべては芸の肥やし?

久枝さんのSNSを拝見すると、弦さんの多趣味なことに驚くばかり。ここからは弦さんの多彩な趣味の一端(これでも一端!)をご紹介しつつ、弦さんのご両親がどんな風に、こんなのびのびと感性豊かなお子さんを育てていらっしゃるのか伺いました。

趣味① 美術鑑賞♪「びじゅチューン」&「美の巨人たち」大好き

「私は絵の知識がないので、弦が説明してくれるのが楽しみ」とは久枝さん談

趣味② 造形♪消しゴム判子は学校のクラブ活動で夢中に

100均の樹脂粘土を愛用。
似顔絵判子は父ちゃん52歳の誕生日プレゼント

趣味③ 絵画♪ 美術大学出身の先生のお教室で自由画を中心に

夏休みの自由課題で提出した写実画
絵画教室で描いた自由画「生きる」

趣味④ マンガ♪「トキワ荘」に憧れているそうで…し、渋すぎる

『ドラえもん』はもちろん『まんが道』『愛…しりそめし頃に…』等も読破

趣味⑤ 料理♪「弁当の日」の活動をしているうちにメキメキ上達

修学旅行のお弁当にはハンバーガーを自作
ある日の夕食には肉じゃがを

どうしたらこんな想像力豊かな、趣味を広く楽しめる子に?

久枝さん:あー(笑)。「やれ」って言って、やることはまずないです。勉強も、宿題も。
だからよそより、たぶん口うるさい母親だと思います。「マイクラ」(マインクラフト)だって1日30分2セットなのを、守れない時があるし

弦さん:だから「マイクラ」のために、学校で宿題は終わらせてきてるじゃん!

久枝さん:何かにハマったら、それをとにかくやらないと気が済まない。こだわり屋で、好きなことについては自分で納得しないとダメなんです……。
落語もそうですが、絵画も北斎にハマったらしばらく北斎、バンクシーにハマったらしばらくバンクシーばっかり描いたりとか。

バンクシー展の後はステンシル画に没頭したとか

久枝さん:だから何か作業している時は、完全に放っておいてます……。
書いているもので漢字の間違いとかを見つけても、言われたらイヤだろうから、基本的に直しません。でも外部に出すものについては私のライターという仕事柄、チェックだけはさせてもらってます(笑)。

弦さん:文章については母ちゃん、実際プロだしね。

いろんな未来が思い描けますが、将来の夢を聞かせてください!

弦さん:ないです。

久枝さん:あはは、私が何も考えず、行き当たりばったりで好きなことを突き詰めて生きてきたから。うちは両親とも全然、正攻法の道をたどってきていないもんね(笑)。
だから、弦もただ好きなことを突き詰める。これでいいのかなって思っています。

*  *  *

日本の伝統芸能「落語」に魅せられた【すごいキッズ】の日常と、その成長を支える子育てについてのインタビュー、いかがでしたか。

子どもが好きなことを突き詰めていこうとする時、親として見守るのは簡単なようで難しい……。でも弦さんご家族のように、お互いに認め合い、笑い合い、楽しめたら素敵ですね♪

「ヒレカツ亭食」さんのますますのご活躍を、お祈りしています!

お話を伺ったのは…

ヒレカツ亭食(ひれかつていしよく):荒井弦(あらい ゆづる)
母:城戸久枝(きど ひさえ)

<画像:弦さんと力を合わせ、久枝さんが著した『じいじが迷子になっちゃった: あなたへと続く家族と戦争の物語』(偕成社)を手に>

荒井弦さんの高座名「ヒレカツ亭食」はお風呂で考えたそうで「ハンバーグ亭食にしようかと思ったけど語呂が悪くて。じゃあヒレカツ、と思い付いたんですが、ただ食を『ショク』と読ませると『定食』と一緒になっちゃうので『シヨク』として、落語の枕(演目の導入部分)にしています」とのこと。最近ハマっている本は『54字の物語』(PHP研究所)と『空白小説』(ワニブックス)。

母・城戸久枝さんは『あの戦争から遠く離れて── 私につながる歴史をたどる旅』(情報センター出版局/現在は新潮文庫刊)で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞ほか受賞。のちにNHKで「遥かなる絆」としてドラマ化も。ほかにも『子どもが作る弁当の日「めんどくさい」は幸せへの近道』(文藝春秋)、『祖国の選択──あの戦争の果て、日本と中国の狭間で』など著書多数。城戸久枝のブログ

年齢等の情報は取材時(2022年秋)のものです。

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取材・文/ちかぞう

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