お互いを理解しようと思うことでどんな人も生きやすくなるはず。観た人が前向きになれる映画
月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さん(上白石萌音)は、ある日、会社の隣に座る同僚・山添くん(松村北斗)の些細な行動に怒りが爆発してしまいます。
ふだん穏やかでそんなそぶりも見せない藤沢さんの態度に戸惑う山添くん。怒りのターゲットになった彼もまた、パニック障害を抱えていたのでした。、
そんな2人は、プラネタリウム関連の製品などを製作する小さな会社・栗田科学で一緒に仕事をするうちに、いつしかお互いの状況を理解しようと思うようになり、同志のような特別な気持ちが芽生え始めるのです。
2人が変わっていく過程が丁寧に描かれ、周囲の人々が見守るなか、恋愛でもない、純粋な信頼関係が結ばれる2人。そしてそんな2人の言動が周囲を巻き込み、たくさんの人の人生を少しずつ変えていくのです。
原作を大切にしながらも壮大な宇宙をテーマにもってきたのは、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年公開)で多くの賞を受賞した三宅唱監督。人気・実力ともに現代を代表する松村北斗と上白石萌音をダブル主演に迎え、芝居巧者が脇を固めています。
すべての世代が生きづらさを抱えている現代だからこそ、人と人とのつながりが希望の光になり、どんな人もお互いを思いやることで、人が人を救っていくのだと感じられます。
病気や障害があるから辛いのではない、相手の辛さを想像し、理解しようとする気持ちがないと人はうまく生きられないと思います。
見終わった後には心のうちからぽかぽかと温かくなり、「よし明日からがんばろう」と前向きになれました。
瀬尾まいこの原作を大きく変えながらも、その大切な芯がぶれることなく、世界観を拡げた映画にした三宅唱監督にインタビューしました。
三宅唱監督インタビュー
前作と今作は共通して「違い」をテーマにしていますが、そういったことに興味があったのでしょうか。また、原作の背景やラストを変えた理由を教えてください。
三宅監督:2021年の6月頃、『ケイコ 目を澄ませて』の編集がそろそろ終わる頃、企画のお話をいただき、単行本のカバー袖に書かれた人物紹介を読んだ時点で直感的に二人に惹かれました。具体的には、藤沢さんの「どうして私は簡単に、彼のことをやる気のない人間だと決めてかかっていたのだろう」、山添くんの「いや、はたして、本当にそうだろうか」という部分に興味を持ちました。
どちらも、一度で決めつけずにもう一度問い直そうとしている言葉です。「本当にそうだろうか?」と考え続けるのは正直大変で面倒くさいことですが、それでも考え続けようと相手に接する2人になにか大切なものを感じましたし、「自分なんか」と思っている2人が実はとても個性的で、ちょっとヘンなところもあり、とても愛着が湧きました。
恋愛で解決する話ではないのがいいですよね、ということを企画当初にプロデューサーのみなさんと確認し、ずっと一貫してつくりました。ロマンチックコメディやメロドラマは最も好きなジャンルですが、この映画には、それらを参考にしつつも、一組のユニークな男女が恋愛以外の方法でいかに互いに幸せに生きうるかを描ける可能性があり、新しいチャレンジになると考えました。
また、この映画はPMSやパニック障害を描けばよしという話ではなく、自分ではコントロールのできない理不尽な原因によって思うように働けなくなってしまったことこそが苦しい、そういう人たちの物語であると捉えました。
劇中で「働かなくては生きていけない」とあるように、どんな国や時代であれ切実な問題がベースにあります。とはいえ働くことについての物語だといっても、現実的に解決すべき社会構造を批判すること等に映画の目的をすり替えずに医学的にも解決が困難なレベルの不条理に直面しながらも人が共に過ごすときの歓びや愉しみを表現することこそが、この映画をみる面白さの根幹になると考えました。
誰かと共に過ごしていたら、生きづらさを乗り越えられる
三宅監督:生きづらさを感じる世の中で、自分一人ではどうにもならなくても、誰かと共に過ごすことによって自分の人生を生きることができる、その可能性を捉えたいということを共同脚本の和田清人さんと話しながら進めていきました。登場人物全員をしっかりと、生き生きと映すことができれば、きっと小説と変わらない温度の映画にできるだろうと信じていました。
また、このコロナ禍で、世界中が離れ離れの中にありましたが、短い時間であっても、強い関係が一度生まれたら、会社や住む場所が変わったところで、そう簡単には変わらない。より結びつきの強くなる面も。どこにいても関係は変わらないことを表現したいと思いました。
個人的な思いですが、前作でも先入観や偏見、自分でも気づかない「思い込み」から解放していくことのおもしろさを実感していたので、自分がまるで詳しくなかったPMSやパニック障害について知ることができる題材であることにもやりがいを感じました。
前作と続けて「障害」や「病気」、「違い」をテーマにしていたのは偶然です。知っているようで全然詳しくない題材です。知らないことを調べるのは楽しいですね。それは、この(監督という)仕事に就いた理由でもあります。わからないことだからこそ「新しい発見」が多くて楽しかったです。
りょうさん演じる藤沢さんのお母様にフィーチャーしたことも、藤沢さんがピルを飲めない、血栓症の既往があるという状況があります。そこからご家族、別の世代の女性が抱えうる体の変化、年齢が上がっていくと必ずある変化を共有できると映画としても深みが増していくと思いました。
今回キャスティングが素晴らしいと思うのですが、キャストの魅力やキャスト選びで意図したことなどを教えてください。
三宅監督:瀬尾まいこさんが書かれた主人公2人の人間性があまりにも魅力的なので、そこを損なわないこと、環境や周囲の人のつながりが大切なことを重視しました。
大きな器のような魅力のある、2人が勤める会社の社長は、ぜひ光石さんに演じてほしかったんです。一番にオファーしたところご快諾いただきました。
今回の映画に出てくるキャストは全員大事です。
会社のリアリティーを出す意味で、出番の多寡に限らず皆が重要でした。一見そうは見えなくてもそれぞれいろんな事情がある。僕らが生きている世の中もそうで、目に見えることだけが全てでは当然ない。深みのあるサブキャストの人たちの多くはオーディションで選ばせていただきました。
この映画には子どもも高校生も出てきます。主人公2人は、社会人としては若い世代、仕事で悩む人たち。その周囲には、働く前の世代の人たちを描きたかった。そしてそういった世代の人たちが自由に出入りしていることで風通しの良い会社であることも感じられるかなと考えました。。
映画の真ん中には、家族きょうだいなどとは違った関係、いろんなつながりがあることを描くために、また2人の特別な関係を際立たせるためにも、世の中にあるいろんなつながりを描きました。
大人の話ではありますが、小学生の子どもが見てもわかる話だと思います。ぜひHugkum世代の親子にも観てほしいと思うのですが、この映画を観る人にどんなことを伝えたいと思いますか? そして観た後どんなアクションを取ってほしいですか?
三宅監督:人はそれぞれ違うわけで、女性のからだの変化、PMSの原因も症状も違います。それはPMSだけでなく、原因はなんであれ、人が悩んでいる辛い部分というのは一人ひとり違います。
違うということは、不安、恐怖を生んでしまうものです。初めから「全員違うんだから、同じになろうなんてしなくていい」とルールを決めればいいのにと思います(笑)。一旦「違う」ことを互いに認め合うことが出発点になると思います。
また、子どもだからこそわかるものもある。私は、子ども時代の方が本気で考えて、今より真剣に生きていたし、周囲のことも真剣にみていました。大人にはなめられたくないという男子だった。「これ子どもには難しいかな」なんて躊躇しないで、まず観てほしいですね。
同じ映画を観ても見ているところ、感じたことはそれぞれ違います。
観た後、親子で話し合ってください。お互いの話すことを聞いて、「そんなことがあったのか、もう一回見てみよう」となるかもしれません。親子で感想を話し合うのは楽しいですよ。
この映画を観て、だれもが痛みのある今の時代、わかり合うこと、わかる努力をすることが大事だと思ったのですが、いかがでしょうか。
三宅監督:今の時代、他人に自分をさらすのが怖い、踏み込まれるのが怖いと思っている人は多いでしょう。僕もそうです。そんななか、マニュアルを決めたり、ひとくくりにしたりして考えるのは意味がないと思います。その都度、そこにいる人同士の関係で違ってくる、ルールがない世界です。
便利なコミュニケーション術なんてないと思います。その都度、お互い相手を知っていく必要があって大変かもしれない。でもきっと、「あなたのこと思っているよ」という気持ちは伝わると思います。子育て世代のあなたなら、子どもを育てるなかで言葉がなくても伝わる経験をしているからわかると思います。
■監督:三宅唱
1984年7月18日生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校フィクションコース初等科修了。監督作『ケイコ 目を澄ませて』(22)が第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門に正式出品され、また第77回毎日映画コンクールで日本映画大賞・監督賞他5部門などを受賞した。その他の監督作に、映画『Playback』(12)、『THE COCKPIT』(15)、『きみの鳥はうたえる』(18) などがある。
監督もおっしゃっていたのですが、主役お2人の声が素晴らしく、聞いていて癒されます。特に、上白石さんのプラネタリウムのナレーションのシーンは、ぜひ耳を澄ませて素晴らしい声を堪能してください。
また、ご家族で観た後に、映画について親子で語り合う時間をつくってくださるとうれしいです。日常ではみられないお子さんの感性や思っていることを発見できるかもしれません。
インタビュー・文/原佐知子
「夜明けのすべて」
出演:松村北斗 上白石萌音 渋川清彦 りょう 光石研 ほか
原作:瀬尾まいこ『 夜明けのすべて』 (水鈴社/文春文庫 刊)
監督:三宅唱
脚本:和田清人・三宅唱
音楽:Hi’Spec
製作:「夜明けのすべて」 製作委員会
企画・制作:ホリプロ
制作プロダクション:ザフール
配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス= アスミック・エース
公式サイト:映画『夜明けのすべて』公式サイト 公式X 公式Instagram
©瀬尾まいこ/2024 「夜明けのすべて」製作委員会