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不妊治療ののち授かった子にダウン症の疑いが。布団をかぶって泣き続けた
お話を伺ったのは フリーアナウンサー・長谷部真奈見さん
長谷部真奈見さん
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、JPモルガン証券、福井放送アナウンサーを経て、現在、フリーアナウンサーとして活動を続けている。(JOYSTAFF所属)ダウン症候群のある長女の出産を機に、障がいのある子育てについても積極的に発信を続けている。
長谷部さん(以下:長谷部) 20代で早発卵巣不全と診断され、子どもを授かるのが難しい状態であることを知りました。しかし、どうしても子どもが欲しかったので、名だたる不妊治療のクリニックに通い、やっとの思いで妊娠。せっかく授かった命だから、どんなことでもやりたい!と気合いが入りまくり、妊娠中からお受験対策の幼児教室の見学に行ったり、資料請求をしたり、某名門幼稚舎に必ずや入れる!と、意気込んでいました。今思うと、あの頃の私は、子どもが何をしたいかなんて考えておらず、「子どもが良い学校に通う母親になりたい」という気持ちでいたんだと思います。
―不妊治療からの妊娠、そして、妊娠中から幼児教育のことを考えていたとは、お子さんが生まれるのをとても楽しみにしてらっしゃったんですね。
長谷部 とても楽しみにしていました。ですが、出産して少ししてから医師に「娘さんはダウン症候群の疑いがある」と、告げられた時は他に何も考えることができず、息が苦しくなるほど布団をかぶって泣き続けていたんです。30才未満でダウン症の子どもが生まれる確率は1/1000。障がいのある子の親になるとは全く想定していなかったので、まさか、という思いが強く、まわりにもしばらく隠していたんです。そのショックは、娘との心中を考えるほど。今思えば、私のプライドと無知からくる恐怖がほとんどでした。
―今の笑顔からは想像できないほどの壮絶な経験談ですね。どのように立ち直られたのですか?
長谷部 どうしてこんなにも受け入れられないのかを考えたんです。その時に、娘は「ダウン症のある子」なのではなく、「唯一無二の私の娘」であり、ダウン症という障がいは、娘のほんの一部でしかない。そう気づくまでに3年の月日がかかりました。
ヨガを通して自分と向き合えた
大きな転機になったのは、YOGAとの出会いです。夫がアメリカ出張帰りに、「Yoga for the Special Child」という本をお土産に買ってきてくれたことをきっかけに、ヨガを習得し、スタジオを立ち上げるに至りました。
ヨガを通して、自分自身の気持ちに向き合うこともでき、娘の障がいについてカミングアウトすることができるようになりました。また、ヨガを通じて同じ境遇にいる多くのママ友たちと出会えたことも大きかったと思います。
時間の経過とともに少しずつ受け入れられるようになりました。夫や母、娘が通っていた保育園の園長先生、さまざまな人の助けがあり、今に至ります。
「かわいそう」と、心配や同情をされるのはかえって辛い
長谷部 当時、娘のことを「ダウンちゃん」と呼ぶ看護師さんが多くいらっしゃいましたが、私はそれがとても嫌でした。看護師さんも悪気はないと思いますし、今では特に気にならなくなったのですが、悩んでいた頃の私にとっては傷つく出来事でした。
他にも「残念ですが、お子さんはダウン症の疑いがあります」という言葉や、涙を流しながら「お母さん元気出して!次、もう一人頑張りましょう」と言われたこともあります。ダウン症をネガティブに捉えることや、娘の出産をなかったことにするかのような「もう一人」という発言に深く傷つきました。
一方でこうした経験から、医療従事者向けの講演会などで、自分自身のエピソードを元にお話する機会もいただくことあります。誰かのために役に立つならばと、今後も積極的に発信していこうと思っています。
―今のお話を聞いて、悪気なくかけてしまっている言葉は、自分にもあるかもしれないと思いました。そして、そういうことは、子どもの中でも起きているような気がします。
長谷部 障がいがある子どもやその親とどう接すればいいのかは、みなさん悩まれますよね。実際に私も、保育園のママ友から「ななちゃんのこと、娘にどうやって説明したらいい?」と聞かれることもありました。
「ちょっと変」と思うことは当然! 普通に接するのが一番
長谷部 ある時、保育園のママ友に「本当にごめんなさい。うちの息子、ななちゃんに『汚い』って言ってしまったみたいで」と言われたことがありました。なぜ「汚い」かと言うと、娘はずっと指しゃぶりをしていたからなんです。
ダウン症は、発達がゆるやかなこともあり、年齢の割に幼い行動や仕草を見せることがあります。それで、その男の子は、娘が指しゃぶりをした手で、いろいろなものにさわることに対して「汚い」と言ったんです。でも、それって当たり前のことですよね。相手がダウン症でなくても、指しゃぶりをした手でさわられるのは気持ちがいいことでありません。だから、素直に聞いてくれると嬉しいなと思うんです。
―なるほど。「そういうことを言わないの!」と、叱ってしまいそうな場面ですよね。
長谷部 そうですよね。でも、叱っても何も解決しません。だから、「ななちゃんは、なんで指しゃぶりしてるの?」って聞いて欲しいんです。そう聞かれることで、娘も「指しゃぶりしてることって変なことなのかな?」と、気がつくようになりました。このような子ども同士の会話やかかわりには、とても学びが多く、娘もその学びで大きく成長をしました。お互いに気持ちよく過ごすために、率直に聞いていただく、理由を知ることで理解も深まることを知りました。いやだな、と思った時に無視しよう、離れようという解決策は、前向きではありません。
―そうだったんですね。他にはどんなことがありましたか?
長谷部 小学校では特別支援学級に入ったのですが、週2回通常学級で給食を食べることがあったんです。娘は食べることが大好きなので、給食も毎日おかわりしていたのですが、特別支援学級で給食を準備、配膳したものを通常学級で食べるため、おかわりができないのです。それを悲しそうに娘に伝えられ、「どうしたら解決できるだろう?」と考えました。給食費を2クラス分納入したいとお願いしたものの、答えはNG。学校との相談の結果、毎日通常学級で給食を食べることとなり、無事に解決しました。
他にも掃除のことなど、ちょっとした問題が起こりました。いちいち細かいことのようにも思えるのですが、こういう細かいことの積み重ねこそ、お友達同士の嫌な思いや、つらい思いにつながっていたり、自尊心が奪われたりすることがあります。一つ一つのことを対話して解決していく中で、先生やお友達との信頼や相互理解も深めることができました。
―娘さんの行動を観察したり、言葉に耳を傾けたりしているからこそできることですね。お友達との関係はどうでしたか?
長谷部 通常学級のお友達と給食を食べるようになった頃、お友達に「汚い」「(歯ぎしりが)うるさい」と言われることがあったんです。先生から「子ども達は、ななちゃんと自分達とは、何かが違うと気づき始めています。その違いについて子ども達に話してくれませんか?」と、特別授業をお願いされました。そこで、4年生全員に向けて「ダウン症」について説明しました。
その際、「障がい」という曖昧でネガティブな意味を帯びた表現ではなく「ダウン症候群」という言葉を用いるようにしました。そこで、ダウン症は、原因不明の染色体変異であることや、特徴について絵本やスライドを用いて、わかりやすい言葉で説明したんです。少し難しいかな?と思ったのですが、子ども達はとても関心深く聞いてくれました。
そこで、「ダウン症の特徴として、体全体が低緊張で、口の中も低緊張であるため、はっきり喋ることが苦手」「自分の思っていることを伝えるのが難しく、もどかしい時や不安な時は、歯ぎしりをしたり、指を口に入れてしまうことがあるけど、それは困っているサイン」などという話もしました。最後に、娘はいつも笑顔できちんと挨拶ができること、お友達が大好きで、良いところを見つけるのが得意であることなど、娘のポジティブな面も伝えました。そうすると、お友達から「他にもあるよ!」と教えてくれる場面もあり、とても感動しました。
―それはとても素敵な体験ですね。ななちゃんも、その授業を受けた子ども達も、大切なことを学んだでしょうね。
LINEが大好きな中学生になったななちゃん
長谷部 スマホを持ち始めたのは中学1年生からで、登下校時の連絡などのために、学校に許可を得て学校にスマホを持って行っているんです。
ある日、ななが参加している合唱団のお友達のママから「LINEで友達になろうと言うのをやめて欲しい」と言われたことがありました。
スマホに関しては、いろいろな考え方があるので、そう言われるのも無理もなく、そのママさんに「申し訳ありませんでした」と、謝罪しました。
でも、活舌が甘く、話すことが苦手な娘にとってLINEは、お友達と1対1でじっくりやり取りができる素晴らしいツールなんですね。お友達との会話になかなか入って行けないけれど、LINEだったら自分でもおしゃべりができる!そういった事情もあって、娘が友達としてお話をしたかったんだということを、そのママさんにもお話したら、「LINEでつながることはできないけど、いつでもうちに遊びに来てください」と仰っていただいて。とても嬉しかったですね。
―よかったですね! 本当は対面でゆっくりおしゃべりできることが一番いいですもんね。
長谷部 そうなんです。あと、先日、同じ区内の全公立中学校に通う生徒たちが参加する部活動があり、娘はダンス部に所属しているのですが、ダンス部からの帰り道、娘が「今日、お友達が5人増えた」と、言っていたんです。
私は「LINEでつながったからって、お友達とは言えないんじゃない?」って、ちょっと意地悪なことを言ってみたんですよ(笑)。それは、お友達になったと勘違いして、娘が傷つくのも嫌だなという思いもあったんですよね。
そうしたら、なんと娘はLINEでつながったお友達に対して「お友達だよね?」と、LINEしたみたいで。そうしたら、その子から「うん、LINEがつながる前からお友達だよ」って言ってくれたんですって(涙)。私、感動してしまって、そのお友達に会った時、「この間はありがとう」って話しかけたんですよ。
そうしたら、「今、友達だよね?ってなかなか聞くことができないから、ななちゃんにそう言ってもらってすごく嬉しかったし、心が温かくなりました」って言ってくれて。保育園の時から、中学生になった今でも、お友達から学ぶことってすごく多いと感じるんです。
―そうですね。友人関係から学ぶことはたくさんありますね。
長谷部 はい。子ども達の友だちになるチャンスや機会をなるべく大切にしたいと思うので、障がいのある子どもとかかわる時は、普通の子どもとかかわる時と何も変えなくていいと思います。急に走り出す子には「なんで走るの?」、抱きついてくる子には「抱きつくのは嫌だからやめてね」など、普通の子に思う疑問は持ってもいいし、言いたいことは言ってもいいと私は思います。
色々な価値観のご家庭がありますので、絶対とは言えませんが少なくとも我が家は、お友達が率直に話をしてくれたことで、新しいコミュニケーションが生まれ、ななにとっても私にとってもいい影響がありました。
ダウン症候群とは?
※ 正式名はダウン症候群。(最初の報告者であるイギリス人のジョン・ラングドン・ダウン医師の名前により命名)。染色体の突然変異によって起こり、通常、21番目の染色体が1本多くなっていることから「21トリソミー」とも呼ばれる。筋肉の緊張度が低く、多くの場合、知的な発達に遅れがある。心疾患などを伴うことも多いが、医療や療育、教育が進み、最近ではほとんどの人が普通に学校生活や社会生活を送っている(参考:日本ダウン症協会HP)。
今回の取材で長谷部さんの体験や考え方に触れ、まずは「知る」ことがとても大切だと感じました。ぜひご家庭でも考えてみてください。
文・構成/本間綾