※ここからは『子どものこころは大人と育つ ~ アタッチメント理論とメンタライジング』(光文社)の一部から引用・再構成しています。
アタッチメント理論って?
アタッチメント理論は、子どもにとっての、大人との関係の意味を教えてくれます。子どもに関わる人、直接間接につながりうるすべての人にアタッチメントを知っていただきたいと思うのは、それが子どもに、自分自身の価値を信じること、安心できるという感覚、人や社会は信頼できるという気持ちを育む基盤であるからです。そして、誰かとの間でそうした気持ちを経験できた子どもは、これから続く長い人生を「何かがあっても何とかなる」という心持ちで歩んでいけるようになると考えるからです。
アタッチメント理論は、イギリスの児童精神科医、ジョン・ボウルビィによって提唱されました。アタッチメント(Attachment)は、我が国では「愛着」と訳され、現在もこの表現が多く用いられています。
子どもは、落ち着かなかったり、心がソワソワしたり、寂しかったり怖かったりするときに、自分よりも大きくて強くて優しくて賢い人に、くっつきます。くっついて安心や安全を感じ、心の穏やかさを取り戻します。心穏やかになれば、持ち前の元気と明るさと勇気を心に取り戻して、子どもは再び遊びに出かけていくでしょう。怖いなぁ、嫌だなぁと感じたときに、あるいはこれから感じそうなときに、大人にくっつきたいと思い、くっつかせてもらい、安全だ、安心だという気持ちを取り戻して感じられること。これがアタッチメントの要です。
それぞれの子どもと大人のペアによってアタッチメント欲求に違いがある
ボウルビィは、どの子どもも皆、アタッチメント欲求を有し、それを満たしてもらうべく大人との近接を求め、安心感、安全感を求めていると論じました。
実際に、子どもと大人のやりとりを見ていると、子どもが転んだり、心細くなったり、犬が吠えてびっくりしたりと、いろいろなことがきっかけでアタッチメント欲求が活性化する様子を観察することができます。
どの子どもも大人にアタッチメント欲求を向け、アタッチメント関係を形成しているのですが、どんなときにどんな具合で不安や不快、緊張を感じるか、あるいはそれらを感じるかもしれないという潜在的な危機を予想するかは、子どもによって違います。そして、すぐに強くアタッチメント対象との接触を求めようとする子どももいれば、あまり接触や近接を求めようとしない、少なくともそのようなそぶりを見せない子どももいます。そして、大人の側も、子どもがどんな様子のときに、どれくらい、どんな応答をするかが、それぞれに異なります。
研究者エインワーズがアタッチメントの個人差やタイプ形成に注目
このような、それぞれの子どもと大人のペアによって、子どものアタッチメント欲求の表れ方、満たされ方、大人による応答の仕方に違いや特徴があるということを最初に指摘して研究をしたのが、メアリー・エインズワースという研究者です。ボウルビィによって人間に普遍的なアタッチメントの基本的理論が提唱された後、エインズワースらによって個々の具体的な関係における特徴、アタッチメントの個人差やタイプへと関心が広げられました。
エインズワースの最大の功績は、アタッチメントに見られる個人差を指摘した点と、子どもが特定の大人に対してどのようなタイプのアタッチメントを形成しているかを知るための実験的観察法を考案したことにあります。
ここでは、エインズワースが多くの観察を通して見出した、子どもに向き合うときの大人の姿勢に注目します。
安定したアタッチメントを持つ子どもの養育者
エインズワースは、夫の赴任先であったウガンダやボルチモアで、安定したアタッチメント関係を持っている子どもが、養育者とどのようなやりとりをしているかを丁寧に観察しました。その結果、アタッチメント関係が安定している子どもの養育者が示す行動の根底には、以下の4つの共通点があると論じました。
【安定したアタッチメントを持つ子どもの養育者の特徴】
①子どもが示すシグナルに対して敏感である(敏感性)
②子どもが今やっていることに協力的でいる
③子どもにとって心理的、物理的に利用可能である
④子どもの要求に対して受容的である(拒否的ではない)
この4つの特徴は、子どもが大人との間に安定したアタッチメント関係を築くのを支える上で、今でもなお、大切なことを教えてくれます。
① 敏感性
さて、前頁に挙げた4つの特徴はどれも大切なのですが、中でも最も代表的であり、後の研究にも影響を持ち続けているのが①の「敏感性」(Sensitivity)です。この敏感性は、さらに以下の4つの過程を含むことが示されています。
▼敏感性の4つのプロセス
(1)赤ちゃんが発するシグナルに「気づく」
(2)赤ちゃんが発するシグナルを「正しく解釈する」
(3)赤ちゃんが求めていることに「適切に応える」
(4)赤ちゃんが求めていることに「すみやかに応える」
(1)シグナルに「気づく」
赤ちゃんはまだ話すことができませんので、何かを感じたとき、どうにかしてほしいとき、例えば泣くことでそのシグナル、信号を発します。おなかがすいた、オムツが濡れて気持ちが悪い、まぶしい、といった様々なことを、泣き声で教えてくれます。
赤ちゃんは泣きますが、赤ちゃんだから泣く、というわけではないのだと思うのです。赤ちゃんは、何か理由があって、伝えたいことやしてほしいことがあって、そのために泣いています。赤ちゃんの泣き声が大人の耳に届いても、「また泣いてるわ」という反応しか得られない場合、コミュニケーションになっていきません。「あ、泣いている。何を伝えようとしているのかな?」と、赤ちゃんの泣いている理由や意味に大人が注意を向けることで初めて、泣き声がコミュニケーション手段として活用されたことになります。
シグナルに「気づく」というのは、泣いている、とか、あくびをした、ということを単に知覚することではなく、赤ちゃんなりの言いたいことや伝えたいこと、してほしいことがある、というシグナルを受け取るという意味で、大切なことです。
(2)シグナルを正しく解釈する
シグナルが発せられている、ということに気づいたら、次はその意味を考えていくことが大切です。
エインズワースは、大人が自分自身の考えや感覚にとらわれる(その結果、シグナルの解釈が歪んでしまう)のではなく、子どもが何を感じているか、何を伝えようとしているかに注意を向けようとすることが大切だと考えています。エインズワースが重視した敏感性という概念の基盤ともなる態度であり、とても有名で現在でも大切にされている表現に、「子どもの視点から物事を見る(See things from child’s point of view)」というものがあります。私にはこう見える、こう感じられるけれども、子どもには、今、この状況はどのように見えているのだろうか? 子どもはどう感じているのだろうか? 子どもは何をしてほしいと思っているだろうか? 子どもの視点から物事を見ようとすると、その景色は、「私」が見ている景色とは少し違うかもしれないということに気づきます。
「私」にとっては怖くなくても、この子にとっては怖いかもしれない。「私」にとっては楽しくても、この子にとってはつまらないかもしれない──。「かもしれない」でよいのです。大切なのは、子どもの状態を正しく言い当てることではなくて、自分とは異なる、子どもの子どもなりの視点がある可能性を心に持つということです。子どもなりの感情や欲求を考えてみることは、子どもの発するシグナルの意味を探す上で、実際にとても役立ちます。
子どもがなぜ泣くのか、なぜぐずるのか、分からない場面もたくさんあります。実際、分からないことの方が多いですよね。ですが、大人が「分かりたいけど分からない」というより、「分からないけど分かりたい」という気持ちでいられたならば、シグナルの意味の探し方や応じ方に、ずいぶんと大きな違いをもたらします。完璧に分かることが求められているのではないのです。「子どものシグナルの意味が分からないときこそ、子どもの視点に立ってみる」という指針は、大人を助けてくれるものではないでしょうか。
(3)赤ちゃんが求めていることに「適切に応える」
子どもの伝えたいことや求めていることに対する適切な応え方には、例えば、子どもの不快を取り除く、抱っこする、温度や明るさを調節するといった具体的な行動が挙げられます。これには、大人の行動のテンポ、リズム、強さや大きさも関わってきます。
子どもが楽しそうなときは、大きく体を動かしたり、抑揚をつけて大きな声で話したり、速いテンポで歌ったりすることが、子どもにとっても大人にとっても楽しく心地よいやりとりになるでしょう。けれども、子どもがちょっと疲れている、眠い、というシグナルを示しているとき、「さぁ、ボールで遊ぼう! 行くよ、ポーン!」と大きな声で誘うのは、「敏感」とは言えなさそうですね。そういったときは、落ち着いた柔らかい声で、静かに、ゆっくりとしたリズムで、話しかけたり体をさすったりする方が、子どもにとって心地よいものとなるでしょう。
この意味で、親の行動だけを見て、適切に応えられているかどうかを判断するのは困難です。あくまで、その時の、関わりの相手となる子どもの状態や様子に照らして、大人の応答がマッチしているのか、していないのかがみえてきます。
また、子どもに「応える」というと、つい「何かをする」ことに気持ちが向かいがちですが、子どもの状態、シグナルに応じて「やらないでおく」ということも、一つの大切な応え方ですね。子どもが疲れているとき、あるいはじっと何かに集中しているときは、そっとしておく、という応え方が考えられます。
(4)すみやかに応える
子どものシグナル発信には、タイミングよくすみやかに応答することも大切です。例えば、子どものオムツが濡れて泣き、大人がそれに気づき、「オムツねー。今持ってくるねー」とすぐに応じてくれたならば、やりとりがうまく成立し、子どももすっきり、ご機嫌でいられます。子どもの不快が取り除かれ、衛生が保たれ、大人が子どものシグナルに気づき応じるというやりとりがスムーズに進んで、何気ないけれども嬉しい場面になります。
実はこうした繰り返し、積み重ねは、子どもの自分自身に対する自信につながっていく大切な経験なのです。子どもは自分が泣いたことによって、それがちゃんと受け止められ、自分のオムツがすっきりし、自分が快適でいられることにつながるのだと経験しています。自分の声には世界を変えるちからがある、ということを、大げさではなく例えでもなく、実際に学んでいるのです。
子どもは、自分の声を聴いてもらえたという経験を通じて、「自分が声を出すことには意味がある」「自分は自分で自分を快適にできるちからがある」という、自分のちからの感覚や効力感を育んでいきます。そして、自分の声を聴いてくれた大人への信頼感も、同時に高めていきます。
ただ、「すみやかに応答」と言っても、間髪入れず、というほどに、物理的に即座である必要はありません。子どもにとって、大人のその行動は自分の声に対する返答だ、ということが分かりうる程度にはタイミングよく応えてあげるということです。
※ここまでは『子どものこころは大人と育つ ~ アタッチメント理論とメンタライジング』(光文社)の一部から引用・再構成しています。
②~④については著書をチェック
ジョン・ボウルビィが提唱したアタッチメント(愛着)は母子間の特別な絆と考えられがちだが、実際には子どもにとって重要なすべての大人との間に形成されうる。本書では、子どもが身近な大人との関わりの中でどのように心を育て、生きる力を磨いていくのかを、心で心を思うこと(メンタライジング)をベースにわかりやすく解説する。家庭の養育者や幼児教育・保育、学校の先生はもちろん、子どもたちを愛するすべての大人に読んでほしいアタッチメント理論の新たな入門書。「この本が、子どもの心を思い、子どもに関わる大人の心を思い、そしてあなたの心を思う時の灯になれば幸いです(終章より)。」
ここまでアタッチメント理論、安定したアタッチメントを持つ子どもの養育者について解説してきました。具体的な大人の姿勢は参考になったのではないでしょうか。
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構成・文/HugKum編集部