「黄表紙」は江戸時代のコミックス? 代表的な作者と作品から、江戸の文化をのぞき見【親子で歴史を学ぶ】

黄表紙は、江戸時代に庶民の間で親しまれた通俗小説です。小説といっても絵の割合が多く、文字は余白に書き込まれる程度でした。江戸の庶民は、どのような内容の物語を好んでいたのでしょうか? 代表的な黄表紙を知れば、当時の人々への理解が深まります。
<上画像:『江戸生艶気樺焼』(作/山東京伝、1785年)より[国立国会図書館デジタルコレクション]>

江戸庶民に人気だった黄表紙とは?

2025年放送予定の大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」は、江戸の版元(現代でいう印刷物の出版元)として名を挙げた「蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)」が主人公です。

蔦重は、江戸の町で「黄表紙(きびょうし)」をはじめとする出版物を手掛けながら、才能豊かな浮世絵師や作家を世に送り出しました。そもそも、黄表紙とはどのようなものなのでしょうか?

江戸時代の通俗小説「草双紙」の一種

黄表紙は、「草双紙(くさぞうし)」の一種です。草双紙とは、江戸時代の中期から後期に渡って発行された絵入りの通俗小説を指します。当時、小説は「戯作本(げさくぼん)」と呼ばれ、江戸の最盛期には多種多様なジャンルのものが出版されました。

子ども向けの物語は「赤本」、芝居のあらすじを題材にしたものは「黒本・青本」といったように、草双紙は内容ごとに表紙の色が異なるのが特徴です。黄表紙は「大人向けの娯楽小説」を指します。

小説といっても絵が中心で、余白に文章をつづったものが一般的でした。今でいう漫画をイメージすると分かりやすいでしょう。

『江戸生艶気樺焼』(作・画/山東京伝、1785年)より[国立国会図書館デジタルコレクション]

流行した時代背景

黄表紙が庶民の間で流行したのは、江戸時代の後期です。1772(安永元)年に老中になった田沼意次(たぬまおきつぐ)は、10代将軍・徳川家治(とくがわいえはる)の下で幕府の経済政策を担います。

江戸の町は、商業を重んじた政策によって豊かになり、江戸庶民が担い手の「町人文化」が花開きました。人々の間では、歌舞伎や遊女などを題材にした浮世絵や戯作本が流行し、江戸の出版業は最盛期を迎えます。

浮世絵で有名な喜多川歌麿(きたがわうたまろ)や葛飾北斎(かつしかほくさい)なども、この町人文化の中で活躍しました。

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寛政の改革以後は内容が変化

田沼意次が老中を失脚した後、老中・松平定信(まつだいらさだのぶ)は、「寛政の改革(かんせいのかいかく)」による幕藩体制の立て直しを行います。

当時、幕府は深刻な財政難に陥っており、幕府の役人は徹底した倹約を命じられました。庶民にも厳しい倹約を求め、風紀を乱すような娯楽は取り締まりの対象となったようです。

従来、黄表紙は洒落(しゃれ)を重んじる作風が売りでしたが、寛政の改革以降は、真面目な教訓物や敵討物へと内容が変化します。話の筋書きが複雑化・長編化した結果、黄表紙を数冊合わせて製本する「合巻(ごうかん)」というスタイルが生まれました。

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黄表紙の著名な作家と代表作

江戸時代の後期、黄表紙の著名な作家として活躍したのが、「恋川春町(こいかわはるまち)」と「山東京伝(さんとうきょうでん)」です。それぞれのプロフィールと代表作を紹介します。

恋川春町「金々先生栄華夢」

恋川春町は、狂歌師・浮世絵師・黄表紙作家という三つの顔を持つ人物です。藩政の中枢で活躍する武士であったため、幕府の政治に関する情報にも精通していたといわれます。

代表作である「金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)」は、「邯鄲(かんたん)」と呼ばれる謡曲(ようきょく)を元に作られたものです。謡曲とは、能の声楽部分のことです。

『江戸生艶気樺焼』(作・画/恋川春町、1775年)より[国立国会図書館デジタルコレクション]

物語は、成功を夢見て江戸を目指した主人公が、途中で立ち寄った粟餅屋(あわもちや)でうたた寝する場面から始まります。富裕な商人の跡取りとして迎えられるものの、最後には追い出される夢を見て「人の世の栄華ははかない」と悟る姿が描かれています。

山東京伝「江戸生艶気樺焼」

東京・深川生まれの山東京伝は、北尾政演(きたおまさのぶ)の名で浮世絵に従事した後、黄表紙・洒落本作家として活動を開始します。

『江戸花京橋名取 山東京伝像』(画/鳲鳩斎栄里)[メトロポリタン美術館] CC0,Wikimedia Commons

「江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)」は、うぬぼれが強い醜男(ぶおとこ)が、色男の評判を取ろうと奮闘するこっけいさを描いた話です。本書の挿絵は京伝自身が手掛けており、初版を含めて計4回発行されました。

寛政の改革で洒落本が禁止された後、京伝は家の中で手錠を掛けられる「手鎖50日の刑(てぐさりごじゅうにちのけい)」に処せられました。

黄表紙の後を継いだ合巻の著名な作者と代表作

黄表紙の後続である合巻は、黄表紙を数冊合わせた長編作です。代表的な作家として、「柳亭種彦(りゅうていたねひこ)」と「式亭三馬(しきていさんば)」を取り上げます。

柳亭種彦「偐紫田舎源氏」

柳亭種彦は、江戸幕府の旗本(はたもと)で、狂歌や俳諧、国学に通じていたといわれています。旗本とは将軍直属の家臣の中で、将軍と同席できる高い身分です。

柳亭種彦(『國文学名家肖像集』より) Wikimedia Commons(PD)

「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」は、紫式部の源氏物語がベースです。歌舞伎や浄瑠璃の要素を取り入れながら、推理小説仕立てにしたのが特徴で、当時は大ベストセラーになりました。

天保の改革で絶版の処分を受けましたが、一説では、当時の将軍・家斉(いえなり)と大奥をモデルにしたといううわさが広まったのが原因とされています。

『偐紫田舎源氏』(作/柳亭種彦 画/歌川国貞、1829~1842年)Wikimedia Commons(PD)

式亭三馬「雷太郎強悪物語」

作者の式亭三馬は、若い頃から古本屋や薬屋で働きながら、作家として活動しました。さまざまなジャンルの作品を世に送り出しましたが、最も高く評価されたのは、町人の暮らしをユニークに描いた「滑稽本(こっけいぼん)」であるといわれています。

「雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)」は、合巻の最初の潮流を作ったとされる代表作です。浅草観音の導きにより、悪事を重ねる雷太郎を被害者家族らが打ち負かす内容で、江戸を代表する浮世絵師・歌川豊国(うたがわとよくに)が画を担当しています。

『雷太郎強悪物語』(作/式亭三馬 画/初世歌川豊国、1806年)より[国立国会図書館デジタルコレクション]

黄表紙は江戸庶民の娯楽本

今のようにテレビやインターネットがなかった江戸時代、庶民は娯楽本を楽しみにしていました。黄表紙は今でいう漫画や小説のようなもので、洒落や風刺が入り混じる大人向けの内容です。現代と同じような娯楽本が200年以上前にも存在したことに、驚いた人もいるのではないでしょうか?

黄表紙の著名な作家や作品を知ることで、江戸の庶民の暮らしぶりがうかがえます。2025年に放送予定の大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」を見る前に、江戸の文化や歴史的背景を予習しておくと、より楽しめるでしょう。

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構成・文/HugKum編集部

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