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香川小学校が通知表をやめるまで
‐‐香川小学校が通知表をやめることになったのは、なにかきっかけがあったのでしょうか?
國分先生:2020年に学習指導要領の改定があり、学校としてどのように対応するのか校長会で話し合いが始まったときに、今までの通知表も変えていこうという話が上がりました。
校長先生の中には、市内統一の内容にして職員が異動してもやりやすい方がいいのでは?という考えの人たちも一定数いました。
ですが、私は昔から通知表を統一することに反対だったんです。学校独自でやる事であったり地域差があり、そもそも教える内容も全部同じではないので各学校で異なるべきという考えでした。
それぞれの学校に合わせた、特色ある通知表へ
通知表について、代表の4名で話し合いをして、学習指導要領やそれぞれの学校の方針などを読み込みました。
それぞれの学校の特色を知れば知るほど、「通知表のかたちはもっと自由じゃないと」という話になったのです。
今までの通知表だと、「よくできる」が多い方が良いように捉えられてしまうし、できているのに「よくできる・できる」で分ける必要があるのか?など、疑問に思うことがいろいろ上がってきました。
そんな話し合いを経て、通知表の土台となるものを作り、その土台をベースとして、それぞれの学校で話し合って調整して欲しいと伝えました。
‐‐学校に合わせて通知表をつくろうということになったのですね。そんな中、香川小学校ではどのように話が進んでいったのでしょうか?
國分先生:当時、私が在籍していた香川小学校で職員と通知表について話し合いを進めているときに、なんとなくやめていこうという雰囲気になったんです。
通知表は学習の中での一部の評価なのですが、保護者や世の中から、通知表の成績があたかも子どもの人間性を表している様に扱われてしまう。
職員も、それぞれ真剣に考えて、もし通知表を調整するのならどう変えるのか、なしにするならどういう手立てを打つべきなのか何度も話し合いました。
職員がじっくりと議論を重ねた結果、「必要なのか?」という根本的な問いが生まれた
そうしていくうちに、教育をこのようなかたちで評価するのは、どういうことなんだろうという原点に戻っていくんですよね。子どもたちの成長に通知表は本当にプラスになっているのか、保護者の皆さんに学校の様子が伝わるものになっているのか。
それで、突飛だと思われるかもしれませんが「ひとまず一回やめてみない?」という流れになったのです。喧々諤々、じっくりと議論を重ねた結果でした。最終的に「國分校長先生はどう思いますか?」と聞かれたのです。こんなに皆さんで話し合ったことだしやってみましょうということになりました。
その時に私が伝えたことは、「これだけ話し合ったことを、保護者や子どもたちに伝える努力は僕(校長)がやります。ただ単にやめたというのでは世の中的にも受けとめられないし、これから子どもたちをどのように評価していくのか真剣に取り組むことは大変になるかもしれません。それでも挑戦してみましょう」ということです。その時、職員で意を新たに決心したんですね。
通知表がない、という環境にいたことのある職員はいなかったので、どこか不安もあったとは思いますが、あの決断が今となってはとても大事なキーポイントでした。
‐‐通知表の内容を見直していく中で、なくそうということになったのですね
國分先生:そうなんです。はじめから通知表をやめようという話し合いではなくて、より良い通知表、保護者に伝わる通知表を作るにはどうしたらいいのか話し合っていくうちに、ない方がいいんじゃないかという話になっていったんですよ。
通知表をやめたときの保護者の反応とは?
‐‐通知表をなくすと聞いたときに保護者の皆さん、子どもたちの反応はどうでしたか?
國分先生:保護者説明会では、「通知表に変わるものがなにかしらほしい」、「思い出になるものだからさみしい」などいろいろな意見が出てきました。その他にも厳しい意見がたくさん出てきて心が折れそうになったのですが、最後に保護者の方が「私たち保護者も通知表の在り方を考えないといけないし、応援しましょうよ」と言ってくださって、実行することができました。
その後も手紙や電話で「なんにもくれないのか?」という問い合わせが多く入りました。そのため職員と話し合い、振り返りのプリントなどを作成したのですが、それはそれで先生たちの作業がとても大変になってしまったんです。試行錯誤したのですが、通知表の代わりを出さねばならないという考えを改めました。
‐‐子どもたちの反応はどうでしたか?
國分先生:子どもたちの反応はというと、今まで良い評価だった子は「通知表がないと褒められない」、「頑張ってたのに」と言う子もいました。そんな子どもには「勉強は通知表の為ではなく、君たちには将来に向けてやって欲しいんだよ」と伝えました。
逆に通知表が良くなかった子は「なくしてくれて、ありがとう!」といっていましたね(笑)。
通知表をなくしてからの先生・子どもたちの変化は?
‐‐通知表をなくしたいと思った先生たちには、どのような考えや想いがあったのでしょうか?
國分先生:地区によって異なりますが、子どもたちがすごく成績を気にしているんですよ。先生や友だちに、良いか悪いかで評価されているからすごくピリピリしているんです。
先生たちが普段の授業で「その意見すごくいいね」と褒めてくれるのに、テストの点が取れないと通知表では評価されない。そうすると子どもたちは、「先生たちっていつもあんなに褒めてくれるのにテストで点数取れないとダメなんだよね」と思ってしまう。
自分としては頑張ったのに、いくら頑張ってもだめなんだなと落胆する子がいて、それを目の当たりにしている担任たちも「本当にこれでいいのか?」と、疑問に思うことが多かったんです。いいところを伝えたいのに通知表の評価が先走りしてしまう。
そうすると子どもたちの自己肯定感が高まらない。先生たちはなんとかしたいという想いがあって。評価を失くしたら変わっていくきっかけになるのではないかと思ったんですよね。
–通知表がなくなってから授業の内容や先生に変化はありましたか?
國分先生:通知表をなくしてから、テストに丸はつけるけど点数をつけることをやめた先生がいたんです。そうしたら、子どもたちが自分の間違えを素直に受け止めて考えるようになったそうです。
今までは、点数に気を取られていたけれど、「ぼくここ間違えたから教えて」と率先して質問するようになった。点数を付けないだけで学習の姿勢も変わってくる。また、職員室での先生たちの会話も変化していきました。生活面だけではなく、学習をどのように進めていくのか意見を交わすようになりました。
‐‐子どもたちには、どのような変化が感じられましたか?
國分先生:勉強が苦手な子は、「通知表がなくなったらクラスのみんなが意見を聞いてくれるようになった」と話してくれました。今までは行事のときなどに意見を言っても、成績がよくない子の意見は通らず、成績がいい子たちが優先されてしまっていたのが変わったと。それは、子どもたちの中の見えない序列なんですね。そういうものが少しずつ消えていけばいいなと思っています。
‐‐子どもたち同士だけではなく、先生と子どもたちの関係も変わりましたか?
國分先生:今までは正解を求める、正しいことを認めるのが先生だったけど、いまは違うみたい…と子どもたちの認識が変わっていきました。
例えば、高学年になると、間違ったらどうしよう…と授業中にだんだん手を上げなくなることがあります。先生たちも無意識に授業の流れで、正解を求めてどんどん次にいくと正解しなかった子は「先生に相手にされないから答えるのをやめよう」と思ってしまう。
でも、正解ではなかったとしても「それもいい考えだね。みんなどう思う?」という授業の流れに変わったら、意見が言えなかった子たちが「自分の考えを言ってもいい場なんだ」と思い、発言が増えて授業が活発になる。
子どもたちは繊細なので先生たちのなにげない言葉が大きなきっかけになることがあります。良い方にも悪い方にも変わりますよ。先生が変われば子どもが変わる。子どもが変われば保護者が変わる。と思っています。
子どもたちに開放された校長室
‐‐國分先生が出られていた、映画「夢見る校長先生」の中では、子どもたちが校長先生と楽しそうに過ごす姿が印象的でした
國分先生:校長として意識していたことは子どもたちを開放したいという想いでした。そのためにはまず、先生たちを開放しないといけないと思い、校長の目を気にせず、先生たちがやりたいことをやってもらえるような環境をつくりました。
それから、校長室は、遊び場として開放していましたね。校長は遊んでくれるおじいさんみたいな感じで(笑)。子どもちとはいつか、変な校長だったねって思い出話ができれば、それでいいと思っています。校長だからといって威厳を持つわけではなく、垣根を下げて学校運営がしやすくなればそれで良いので、そういう意味で自分なりのスタイルをつくっていきました。
より良い学校づくりで私たち親ができること
‐‐PTAなどの活動のほかに、保護者が学校の環境づくりで協力できることはありますか?
國分先生:まず、担任の応援団になることがいいと思います。ただ、担任もいろいろなタイプがいるし保護者もいろんな考えがあるので、全ての考えが同じ方向に向くのは難しいとは思いますが、応援してほしい。
そして先生たちも皆さんに応援団になってもらうためには自分が、どうしたいのかということを発信しないといけませんよね。
もし担任に対して疑問に思うことがあれば、子どもたちの前では言わずに先生に直接言ってください。
子どもたちの前で学校や担任への不満を言ってしまうと、子どもたちが先生の話を聞かなくなるし悪循環になります。応援できない部分があったとしても、子どもの前では応援団としての姿を見せるようにして欲しいというのは昔から変わらないですね。
— 応援団とは、どのようなことをすればいいのでしょうか?
國分先生:先生に、「うちの子が笑顔でかえってくるのがうれしいです」と伝えるだけでも応援していることになりますよ。反対の意見はどんどん来ますが賛成の意見はなかなか来ないので、ぜひ賛成ですよ!という意見も伝えてください。そうすると職員も頑張れます。
ほかと比べない!「認める」子育て
‐‐育ての悩みを抱えている親御さんも多いと思います。最後に先生から子育てについてのアドバイスをお願いします。
國分先生:ネットや本などで子育てについて調べて、それが正しいと思った瞬間に子育てがつらくなるんだろうなと思うんです。そうしなきゃいけないんじゃないかと思った瞬間につらくなる。
わからないですよ、正解がないんだから。でも、ひとつだけ言えるとしたら、いま目の前にいる子どもに対して「この子なりに一生懸命生きているよね」って認めてあげることが子育てを楽しむコツなのではないかと思います。
通知表をやめた。茅ヶ崎市立香川小学校の1000日
通知表を廃止した神奈川県茅ヶ崎市立香川小学校の1000日に及ぶ挑戦の記録をまとめた書籍も販売されています。先生たちの葛藤や挑戦を知り、改めて子どもとの向き合い方について考えるきっかけになります。
著者/編集:小田智博(著)、國分一哉(著)、藤本和久(著)
出版社:日本標準
子どもたちの成長のために、その姿を保護者へ伝えるために、教師たちは「学校の当たり前」とどう格闘してきたのか、そしてこの取り組みの教育的な価値とは…教育関係者のみならず、「通知表をもらっていた」すべての方に読んでいただきたい一冊です。
書籍の詳細情報は>こちら
Amazonで見る>こちら
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取材・文/やまさきけいこ