目次
とにかく子どもたちに楽しんでもらいたい!だから“怒る”は必要ない
スポーツをやる以上、「勝たなければならない」「強くならなくてはいけない」だから、子ども相手でも多少の厳しい指導は仕方がない。そう考える方もいると思いますが、果たしてそうでしょうか。そもそも厳しい指導は効果的なのでしょうか。
かつての自身の経験から、「とにかくバレーボールを楽しんでもらいたい」と考えたバレーボール元日本代表益子直美さんは、ジュニアチームを指導する北川夫妻とともに「監督が怒ってはいけない大会」をスタート。今回は大会や益子さんの想いについてじっくり伺いました。
――「監督が怒ってはいけない大会」はどんな大会ですか?
益子さん 私の名前を冠して小学生のバレーボールの大会をやることになったとき、とにかくこの大会は子どもたちに楽しんでもらいたい、バレーボールは楽しいと思ってほしくて。私自身の学生時代は(バレーボール部の)監督に怒られてばかりで、ときにはぶたれることもあって、バレーボールがあっという間に嫌いになったんですね。
だから、まずは“監督が怒ってはいけない”っていうルールをつければ、子どもたちが楽しめるかなと。大会を始めて今年で10年目。当時は安易につけた大会名でしたが、続けるうちに価値観がどんどん変わって、アップデートして、成長を続けています」
『監督が怒ってはいけない大会』理念
・参加する子どもたちが最大限に楽しむこと
・監督(監督・コーチ・保護者)が怒らないこと
・子どもたちも監督もチャレンジすること
怒ることすべてを禁止しているのではなく、ルールやマナーを守れない、取り組む態度、姿勢が悪い、いじめや悪口、危ないことをしたときはきっちり怒ります。しかし、プレー中のミスに対する感情的な𠮟責は禁止。子どもが混乱しないよう、怒ることと怒らないことの線引きをしっかりしているのが特徴です。
小学生のバレーボール大会から始まったこの大会も、現在はバスケット、空手、ハンドボール、サッカー大会と、その輪が広がり、全国各地で大会が開かれています。
大会のスタート当初はネガティブな意見も
――大会の運営は順調でしたか?
益子さん 実は大会を始めてから2年間は、「バレーで怒っちゃダメなんて益子はなんておかしなことをやっているんだ!」と、バレー界の人に絶対に怒られると思って誰にも言えませんでした。
3年目に初めてSNSで発信し、取材を受けると大きな反響が。賛同してくださる人がいる一方で、予想通り「お前も怒られて育ってきたんだろう。お世話になった監督を否定するのか」など、ネガティブなメッセージも多数届くようになりました。
――どんなお気持ちでしたか?
益子さん そのときは、私自身もまだ考えがブレブレの時期だったんですね。やっぱり怒りは必要なのかなぁ…とか。自分もそうやって育ってきて、成功体験がそれしかなかったから。
当時、大学の監督もしていたのですが、そこで“怒り”を使ってしまったんです。怒っちゃダメと言いながら、自分では使ってしまい自己嫌悪。落ち込んでいた矢先、大きな発作が起きたと思ったら心臓に病が見つかりました。
そこからですね、こんな自分から卒業したいと思って『スポーツメンタルコーチング』の学校へ通い、あとは『アンガーマネジメント』や『ペップトーク』などを学び、ようやく怒っちゃダメだっていう軸が固まったんです。
怒らなくても、勝利と育成、両方が手に入るやり方は絶対にあるはず。それを見つけていきましょうという想いでここまで続けてきました。
怒りを使わなくても勝てる!チームは強くなれる
――怒りを使った指導はどんなところが問題だとお考えですか?
益子さん スポーツは人生を豊かにする素晴らしいツールのはずなのに、怒られないように監督をチラチラ気にして見て、自分の意思では動けなくなっていく。監督の言われた通りに動く操り人形、ロボットのようになって、個性もなくなります。私自身もそうでした。
小学生はゴールデンエイジと呼ばれるくらいいろいろなものを吸収する大切な時期。自分で決めてやるからこそ成長がある。その喜びを感じられるような、それを後押しするような、指導者になってほしいなと思っています。
肝心の監督が大会に来ないことも…
――大会を運営する中で大変だったことはありますか?
益子さん ある地方で行った大会で、監督だと思っていた方々が実は別の先生や監督の息子さんで、監督本人が5名ほど来ていなかったことがありました。ショックでしたね。もちろん、来たくない気持ちは分かります。「俺たちは若い頃あんなに怒られて苦労したのに、なんで変わらなければいけないんだ」って、そういう価値観の監督もいたと思います。
一方で変わりたいという気持ちの方、怒る以外の指導方法を探したいと思って出てきてくださる方もいる。そういう方とともに進めていけたらいいなと思いますし、古い価値観の監督さんは、だんだん居場所がなくなってくるかもしれませんね。
嬉しいのは、この大会で最初に会ったときは高圧的で怖かった監督が、翌年の大会ですごくやわらかい雰囲気になり怒らなくなっていたとき。さらに嬉しいことに、福岡大会で初代スマイル賞に輝いた監督のチームが、今年の8月に開催された小学生連盟の全国大会で優勝したんです。
監督からメッセージが来て、「怒りを使わなくても勝てました」って。そういうチームが勝ってくれると、怒らなくても勝てるし、子どもたちはできるんだという自信が広がる気がします。時間はかかりましたが、10年目にしてじわりじわり来たなと感じています。
監督コーチは怒るのではなく“命をかけて言葉を磨かなければならない”
――怒らなくても勝てる!が実証されたわけですが大会での指導のコツはありますか?
益子さん 大会では午前中、ほとんどボールを使いません。そのプログラムも1つ1つ考えながら作っていて、それぞれにやる理由があります。
まずは『〇×クイズ』。「私は昨日の夜もつ鍋を食べた。〇か×か」のような誰も答えを知らない質問をすることがポイントです。子どもたちは自分で〇か×かを選択をする、決断することを遊びながら学びます。アスリートには運も大事ですしね。何問正解したかは申告制。ここでスポーツマンシップも学べます。
また、監督自身が舞台に1人で立つことがどれだけ緊張するのかを体験するプログラムもあります。ある監督は「ものすごく緊張した。もうサーブミスするな!なんて言えなくなった」とお話されていました。
こうして、真剣勝負の前にレクリエーションをすることで、子どもたちの心をほぐして笑顔を引き出します。昼休みには私から監督、コーチ、保護者の方に『アンガーマネジメント』のセミナーも行い、「怒りは6秒我慢しましょう」などの手法を伝えています。
「してほしくない」ことでなく「してほしい」ことを伝えます
益子さん 言葉も大切です。例えば「サーブミスするなよ」はしてほしくないことを言っていますよね。そうではなくて、“やってほしい変換”をします。クロスに思いっきり打ってほしいと思ったら、そのまま「クロスに思いっきり!」と伝えましょう。「ミス」「負ける」などネガティブな言葉も脳が緊張してしまうのでダメですね。
ミスしたことでなく、チャレンジしたことをほめてあげる。そして、またチャレンジしたくなるように「よくチャレンジしたね!」と。この言葉はネガティブでないか、適切かどうか考えてから言葉を発すること、これだけでも声掛けが変わります。
選手たちは心技体を必死に鍛えていますよね。背中の一押しをするために監督コーチは、“命をかけて言葉を磨かなければならない”と思い、それも伝えています。
親は「あれやっちゃだめ!これはダメ」と言わず、結果を求めすぎないで
益子さん これは夫ともよく話すのですが、夫は学生時代から自転車競技をやっていましたが、夫の親は口を出さずに応援してくれて、試合会場に連れて行ってくれて、負けても怒ることはなかったそうです。「あれやっちゃだめ!これはダメ」などと言わずにやりたいようにやらせてくれたから、自分で考えて行動できるようになったって。
強くなるためにはどうすればいいかを切り開いていく力は、怒られていては絶対に養えないものなので、そこを育むようなサポートをしてもらえたらいいかなって思いますね。
多くの親御さんは結果を求めがちですが、小学生のうちは結果が出てもあまり役に立つことはなく、むしろ燃え尽き症候群になってしまうことが多いんです。
だから、今結果が出ていないお子さんがいても、「うちの家系は遅咲きだから」「大器晩成型だから、もうちょっと頑張って続ければレギュラーになれるよ!これからだよ」と伝えて、優しくサポートしてあげてほしいなと思います。
――今、お子さんが怒る指導で苦しんでいる場合はどうしたら良いでしょうか
益子さん 親御さんが勇気を持ち、子どもを守ってあげて欲しいですね。そして、その場所以外に子どもが楽しめる環境を探すほうがいいと思います。バレーボールでは、そういった境遇の親御さんが自分たちでバレーボールチームを作った例もありますよ!
日本の勝利至上主義をなくし、「スポーツマン=グッドフェロー」に書き換えたい
――大会の今後の展望を教えてください
益子さん 始めたときは10年でやめようと思っていました。今年は10年目のラストの年ですが、最近、各界のアスリートの方々が参加してくださるなど、仲間も増えてきてまだやめられないかなと思っています。
今はセカンドステージとして『つながるリーグ』を開催していて、これは勝利至上主義の仕組みをなくした、負けてもまた次があるリーグ戦です。1回負けたら終わりではないので、みんなが出られるルールにして。大会も各地に広がってきているので、この活動の輪を増やしていきたいなと思っています。
――益子さんご自身の夢はありますか?
益子さん 日本の広辞苑で「スポーツマン」と引くと、「運動の得意な人、または競技の人」って書いてあるんですね。私の認識では、全国大会に出ているような人じゃないとスポーツマンって言えないっていうような価値観だと思っています。
でも、スポーツが生まれたイギリスの当時の辞書には、「スポーツマン=グッドフェロー」、つまりよき仲間という意味で、他人から信頼されるかっこいい人という風な書き方をされていて。
今の日本の子どもたちは勝利至上主義の価値観で、自分たちのことはスポーツマンとは思えないという声が多い。これを変えたいなぁって。やっぱり土台となるスポーツの価値観を、日本の価値観を変えて広辞苑を塗り替えたいって思っています。
頑張る子どもの背中を優しく押せるような言葉を磨いて
益子さんや一緒に大会を主催している北川さん夫妻、多くのスタッフのゆるぎない信念のもと、活動を続けてきた本大会。10年前とは“怒る指導”に対する世間の意識も変わってきていると感じます。
子どもへの指導には“怒り”は不要。頑張っている子どもの背中を優しく押してあげられるよう、大人は理不尽な怒りに頼ることなく、日々言葉を磨く必要があると強く感じたインタビューでした。
こちらの記事ではスポーツのセーフガーディングの考え方について紹介しています。
お話を聞いたのは
取材・文/長南真理恵 構成/HugKum編集部