女子は育てやすく、男子は育てにくい? 女性は感情的? 心理学・脳神経科学の研究から分かる性差とは?【後天的につくられる「女脳」と「男脳」:後編】

京都大学大学院文学研究科准教授の森口佑介さんは、著書『つくられる子どもの性差〜「女脳」と「男脳」は存在しない』で大人の思い込みこそが後天的に子どもの性差をつくっていることを明らかにしています。
後編記事では、果たして「感情」面で性差はあるのか? 女児は育てやすく、男児は育てにくいのか? 森口さんの考えを紹介します。

※ここからは『つくられる子どもの性差〜「女脳」と「男脳」は存在しない』(光文社新書)の一部から引用・再構成しています。

女性は感情的なのか?

今回は子どもの感情の性差について考えましょう。感情そのものの検討は難しいので、感情表出の性差ということになります。

「女性は男性よりも感情的である」という思い込みは極めて大雑把なものですが、一般には男性は怒りやすく、女性は悲しみやすいとか、男性はプライドが高く、女性は共感性が高いとか、女性は笑顔が多いとか、性別と感情にまつわる思い込みは少なくないように思います。

ここでは子どもの感情表出に絞った比較的新しいメタ分析を紹介します。この分析は、乳児期から青年期までの子ども2万1709人を対象にしています。

基本感情については、ポジティブな感情として喜び、驚き、「全体的なポジティブな感情」を扱い、ネガティブな感情として、悲しみ、恐れ、不安、怒り等を扱っています。

喜びについては、喜び単体で見るとほとんど性差はないのですが、全体的なポジティブな感情として見ると、わずかですが性差があり、大人や青年期の研究と一致して、女児のほうが ポジティブな感情を示しやすいようです。

なぜ、幼いほどポジティブな感情を持てるのか?

ただ、子どもにおいては、ほとんどポジティブな感情に性差がないと言ってよいでしょう。子どもは、女児であれ、男児であれ、基本的にはポジティブな感情を示しやすいのです。

これは、子どもの自尊心の高さと関連するのかもしれません。子どもは2歳ごろに鏡の中の自分を発し、それ以降に「自分」についての様々な発達を示します。

自尊心もその1つです。幼い子どもの自尊心は、過去の自分との比較によって得られます。昨日より今日は何ができるようになったか、どういう新しい経験をしたか、という点が大事なのです。

昨日できなかった折り紙ができるようになったとか、昨日より上手に自転車に乗れるようになったとか、そういう達成感によって非常にポジティブな感情を持つことができます。

小学生以降には、他者との比較や他者にどう思われているかによって自尊心が影響を受けるようになります。しかし幼い子どもは高い自尊心に支えられているので、ポジティブ感情を持ちやすいのです。

男の子は外向き? 女の子は内向き?

次に、ネガティブ感情についても見てみましょう。あまり良い響きではないネガティブ感情ですが、人間を含む生物にとっては、生存するために極めて重要な感情です。たとえば、恐れを持つことで、私たちは敵わない相手を避けることができます。

ネガティブ感情は、大きく内向きな感情と外向きな感情に分けることができます。悲しみ、恐れ、不安が内向きな感情であり、怒りは外向きな感情です。

「怒り」や「悲しみ」の感情に性差はほとんどない

内向きというのは、自分の中に抱える感情のことです。悲しみはその典型です。一方、怒りは、誰か・何かに対して向けられることが多い感情です。もちろん、自分に腹が立つということはありますが、基本的には、外に向けられる感情です。

これらの感情の性差を見てみると、子どもの感情の性差は極めて小さなものであることが示されています。特に、悲しみや不安には性差がほとんどないと言ってもよさそうです。

「恐れ」は女児の方がわずかに大きい

一方、恐れでは、わずかながら女児のほうが大きいことが示されています。悲しみ、不安単体では性差がありませんが、恐れも含めた内向きな感情全体ではわずかに性差があり、女児のほうが示しやすいようです。

この点に関して、悲しみや恐れなどの感情を表出していいという、表示規則(感情を表出するための社会的なルール、たとえばお通夜やお葬式では笑顔になってはいけないなど)の影響の可能性が示されています。

私は「男は泣くな」という言葉を受けて育ってきました。泣いているところに泣くなと言われるのでより泣きたくなり、理不尽さを感じたことを思い出します。

怒りに関しては、男児のほうが示しやすいことが明らかになっています。怒りは目標到達を邪魔する障害物を乗りこえるために役立つと考えられており、そういった目標到達に関する社会的な役割が男性に求められることと関連しそうです。

総合的に見ると感情に性差はない

ただ、別のメタ分析では、恐れには若干の性差が認められていますが、悲しみや怒りには性差がないことが報告されています。よって、ほとんど性差がないと考えたほうがよさそうです。

知らない大人に笑顔を見せる理由

状況が子どもの感情表出に与える影響について触れておきましょう。

大人を対象にした場合は、他人に見られている状況や他人とかかわるような状況において、より笑顔の性差が見られること、上司と部下、教師と生徒のような関係では、笑顔の性差が小さくなり、対等な場合は、笑顔の性差が大きくなります。

子どもの場合は、親と一緒のときか、それとも、親以外の他人といるときかによって異なる可能性があります。分析の結果、親と一緒のときには感情表出の性差は見られず、知らない大人や仲間といるときには性差が見られやすいようです。

親といる場合は、子どもは安心できるので、表示規則と一致しないような感情も表出できるのかもしれません。一方、見知らぬ大人の前だと、子どもは表示規則に従うようになり、特にポジティブな感情の性差が見られやすくなるようです。知らない人の前では、女児は笑顔を見せておいたほうがいいと考えるのかもしれません。

また、仲間の前でも性差が出やすいことが示されています。特に、外向きな感情である怒りに性差が出やすくなるようです。男児は、男児同士で、乱暴で騒々しい遊びをする傾向が高いため、仲間と一緒にいる際には、女児よりも怒りに関連した感情を表現する傾向があるかもしれません。

ただ、このようにもっともらしく性差を紹介したものの、基本感情の感情表出には性差がほとんどないといって差し支えないレベルだと言えそうです。

女児は育てやすく、男児は育てにくいのか?

心理学において、感情そのものだけではなく、落ち着いたり、感情を抑えたりすることも重要な研究テーマです。感情制御とか感情調整などと呼ばれるこの能力に、性差はあるのでしょうか。

一般的な考えとして、女児は育てやすく、男児は育てにくいというものがあります。これは、感情や気質としての落ち着きやすさや感情制御というところと関連するかもしれません。

一度泣いたり怒ったりすると手が付けられなくなるような子どももいれば、泣いてもあっさりと泣きやんで次の活動を始める子もいます。前者を育てにくいと感じることは無理もないことです。

私は時々テレビ番組で識者として呼ばれたり、一般向けの講演などをしたりすることがありますが、そういう機会でよく出る質問が、子どもが感情を爆発させたときにどうしたらなだめられますかというものです。そして、多くの場合、男児の問題としてなされることが多いように思います。

こういう質問に対しては、子どもの年齢や置かれた状況、生まれ持った特性があるので一概に答えられるものではありませんが少なくとも、「男児であること」が原因ではないことは確かです。

このような落ち着きやすさについては、自制心がかかわります。自制心の性差はそれほど大きなものではありません。さらに落ち着きやすさそのものについてのメタ分析もあり、その結果としては、全く性差がないという結論になっています。

これは意外に思われるかもしれませんが、やはり女児や男児というよりは、個別の子どもが持つ特性として理解したほうがよさそうです。

※ここまでは『つくられる子どもの性差〜「女脳」と「男脳」は存在しない』(光文社新書)の一部から引用・再構成しています

『つくられる子どもの性差〜「女脳」と「男脳」は存在しない』(光文社新書)

森口佑介 光文社新書 946円(税込)

性差についての心理学・脳神経科学の膨大な先行研究をベースに、子どもの「好みの性差」「空間認知の性差」「言葉の性差」「学力の性差」「攻撃性の性差」「感情の性差」をデータで分析。「女脳」「男脳」の考え方は科学的根拠に乏しいこと、大人の思い込みこそが後天的に子どもの性差をつくっていることを明らかにしていく。全養育者・教育者必読の「性差の科学」!

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構成/国松薫

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