10歳までは基礎学力が最も伸びる
――村上さんは著書「中学受験で成功する子が 10歳までに身につけていること」を出版されていますが、「10歳までの土台作り」の重要性について詳しく教えてください。
村上さん:10歳までは計算力や基本問題を反復することで学びの土台を築く重要な時期です。この期間の学びが、それ以降に伸びる「考える力」の基盤になります。
――基礎学力をおろそかにするとどうなりますか?
村上さん:4、5年生になって模試を受けた時、結果が伸び悩む可能性があります。「うちの子は思考力の問題が好きだから、3年生までたくさんやらせていたのに」とよく相談されるのが、その典型的なケース。一番もったいないと思います。
算数のセンスを家庭でどう磨く?
「解法をひらめく? 実際にはありません(笑)」
――最難関中学受験の算数ができるようになるにはひらめきが重要ですか?
村上さん:映画『ガリレオ』のように突然ひらめきが降りてくることはありません(笑)。実際には、膨大な算数の解法を学び、最適なものを選び取るスピードの速さが「算数のセンス」の正体です。
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――算数のセンスは磨かれるんですか。それとも、もともとあるんですか?
村上さん:基本的な解き方を繰り返し練習してきた結果、生まれるものです。もちろん、環境によっても磨かれます。
「計算が得意で楽しんでいる親」になりきる
――算数センスを磨くために、家庭でできることはありますか?
村上さん:「イーロン・マスクは1分間にいくら稼いでいるんだろう」とつぶやいてみるだけで、子どもの興味を引き出せます。「ドルを日本円に換算してみよう」「1時間あたりに直したらどうなる?」と計算してみせると、子どもは「計算は日常の中で使えるものだ」と実感します。日常的なやりとりが、子どもの算数感覚を育てるのです。
「空想科学読本を読みなさい」などと指示するのではなく、実際に一緒に計算を楽しんだり、問題を考える姿勢を見せることが大切です。
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――村上さんが生徒たちへ実践していることはありますか?
村上さん:私は生徒たちに、「計算が得意で楽しんでいる人」と思われています(笑)。スマホやタブレットで面白そうな算数の問題を見つけては、「この問題、解いてみよう!」と紙を取り出し、実際に解いてみせる。そのうち、生徒たちも自然と算数を楽しむようになり、画用紙に自分で問題を解いて“遊ぶ”ようになりました。
――遊びで算数の問題を解くようになるなんてすごいですね。
村上さん:家庭でも同じことができると思います。親が子どもの前で「算数って楽しい」と感じさせる工夫をすれば、家庭全体に「算数が楽しい」文化が広がるはずです。実際にはそこまで得意じゃなくてもいいんです。あえてそう演じてください(笑)。
子どもが問題を解いたときには、「合ってるね!すごい!」と言いながら一緒に答え合わせをする。間違っている部分も「惜しい! 直せばもっとよくなるね!」と伝えていきましょう。
――親はつい、間違いや不完全さを指摘してしまいます。
村上さん:バツを付けて終わっては子どものやる気を削いでしまいます。それよりも、「ここは頑張ったね」と励ましながら正す方法が効果的です。私も親御さんによく話すのですが、大きな丸を付けたり、「よくできた!」とシールを貼ってあげたりするだけで、子どものモチベーションは劇的に変わります。
忙しい日々の中で、つい間違った部分だけを修正しがちですが、子どもの努力をしっかり認め、褒めてあげる時間を作ってあげてください。
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――子どもが問題を作るのは効果的ですか?
村上さん:もちろんです。問題を「解く」よりも「作る」方が学びの効果は10倍高いと言われています。理科や社会の学習でも、親が問題を出すのではなく、子どもが自ら問題を出すほうが、より深い理解につながる。アウトプットを伴う学びの基本です。
何より、子どもが「これ解いてみて!」と言ってくる時の意欲はすごい。このとき、「後でね」とか、「こんな問題わからないよ」と適当に流してしまうと、子どもはもう次から問題を作ろうとしなくなります。タイミングを逃してはいけません。私は、塾生が作ってきた問題が不完全であっても、「すごいね、面白い問題だね」と本気で取り組むので、どんどん問題が届きます(笑)。
「お母さんは算数が苦手だった」は絶対NG
――反対に、家庭で「やってはいけないこと」はありますか?
村上さん:絶対に言わないでほしいのは、「私は算数が苦手だった」。子どもは大人が思っている以上に運命論者で、「血筋」を信じる傾向があります。「うちは代々算数が得意」と言われれば、「自分も得意なんだ」と思い込み、逆に、親が算数ができなかったと聞くと「自分もできない」と信じ込んでしまいます。
お医者さんの家庭で子どもが医師になるケースが多いのも、遺伝というより、親を尊敬し、「親ができるのだから自分もできる」と信じる環境が整っているからです。親御さんは「みんな算数は得意だったんだよね」と、子どもに自信を持たせる言葉を意識的にかけることが重要です。
4年生からの最難関中学受験は可能?
――読者の中にはお子さんが10歳を超えている方もいらっしゃると思います。10歳までに基礎ができていなかったり、考える習慣がついていなかったりする子は、最難関中学受験を目指すのは遅いですか?
村上さん:いつから始めたらいいのかと聞かれると、「お子さんが生まれてからすぐ」とお答えしたいところですが(笑)、4年生でも遅すぎるとは言えません。負けず嫌いで競争を楽しめる子は、中学受験をスポーツのように取り組み、モチベーションを保ちやすいです。
10歳を過ぎると抽象的な思考力が本格的に伸び始めるので、それまで学校の勉強が苦手だったのに、中学受験のような新しい学びの場で能力を発揮するケースも少なくありません。
――4年生から最難関中学受験を目指すのであれば、1年間をどう過ごすべきでしょうか?
村上さん:4年生で親が一生懸命指導して成績を上げても、あまり意味がありません。親の力で短期間で成績を底上げしても、長期的には定着しにくいからです。
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村上さん:大手塾でも4年生の学習内容は比較的軽めで、特別に難しいものではありません。1年間は、計算力や基礎力を少しずつ積み重ねてください。5年生以降の本格的な勉強に対応しやすくなります。5年生から間に合うかと聞かれると、気楽になんとかなりますよとはやっぱり言えないですね。
小6の12月に入塾、わずか2か月で御三家合格
――学生時代から大手学習塾で御三家中学コースを担当していらした村上さん、実際に成功した例はありますか?
村上さん:強烈に覚えているのが、小6の12月に入塾し、わずか数カ月で武蔵中学に合格したお子さんです。小4から家庭でコツコツと勉強し続けており、その積み重ねが最後に一気に実を結んだのでしょう。
――最後に、親御さんへのメッセージをお願いします。
村上さん:算数は単なる計算ではなく、子どもの未来を広げる道具です。「算数なんて簡単だ」と笑いながら寄り添う親の姿が、子どもの可能性を大きく開くでしょう。焦らず、算数を楽しむ文化を家庭に広げてください。それが中学受験を戦う子どもたちへの最大のギフトになります。
前編では難関校へ合格するために必要な力とは何か、お伺いしました
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記事監修
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取材・文/黒澤真紀