大統領と首相の基礎知識
大統領と首相の違いを知るには、まず大統領と首相がどのような人を指すのか知っておく必要があります。それぞれの定義を知って初めて、違いを認識できるようになるでしょう。大統領と首相の基礎知識を解説します。
大統領とは
大統領とは「共和国のリーダー」を表す言葉です。共和国とは共和制を採用する国を表します。共和制とは国民に主権があり、選ばれた国家元首や代表者が国を治める仕組みのことです。
大統領の選出方法や任期は、大統領制を採用する国々によって異なります。
建国当時から大統領制を採用しているアメリカの場合、共和党と民主党でそれぞれ候補者を絞って党の代表を決め、各州の選挙人を党の代表が奪い合い、より多くの選挙人の得票を獲得したほうが大統領となります。任期は4年です。
大統領制を採用する国の一例は以下の通りです。
・アメリカ合衆国
・アルゼンチン共和国
・インドネシア共和国
・大韓民国
・フィリピン共和国
なお、共和国であっても中華人民共和国のように大統領制を採用していない国もあります。
首相とは
首相とは国の行政をつかさどる最高責任者のことです。イギリスで発達した政治制度「議院内閣制」において選出される「内閣のリーダー」を指します。
首相がリーダーとして国を治める国の一例は以下の通りです。
・日本
・イギリス
・スペイン王国
・スウェーデン王国
・カナダ
首相の正式名称は、行政のトップに首相を据える国によってまちまちです。
日本では「内閣総理大臣」、イタリアでは「閣僚評議会議長」、中華人民共和国では「国務院総理」と呼ばれます。
大統領と首相の違い
大統領や首相の実態は国ごとに微妙に異なります。そのため、全ての国に共通する「大統領と首相の違い」を論じるのは困難です。今回は、日本人にとってなじみ深い国・アメリカと日本のリーダーの違いを解説します。
国家元首であるかどうか
国家元首とは国の代表者を表す言葉です。条約締結をはじめとする外交的な代表権を有し、対外的に国家を代表する人物のことです。国王がいる国では国王が国家元首となります。
国王がおらず大統領がいる国では、大統領が国家元首を務めます。対して首相は、あくまでも行政の責任者であり、国家元首には当たりません。
大統領がいない日本において「誰をもって国家元首とするか」については、さまざまな見解があります。
「首相を指名する天皇が国家元首ではないか」とする見方がある一方、「天皇は日本という国の象徴であり政治には参加しないため、天皇は国家元首ではない」とする見方もあります。なお対外的には、日本の国家元首は天皇とする考え方が一般的です。
誰に対して責任を負うか
大統領は国民に対して責任を負い、首相は国会に対して責任を負います。大統領は最終的に国民の投票によって選ばれ、首相は国会の議決によって選ばれるので、このような違いが生まれています。
首相は国会に対して責任を負うため、国会の意向を完全に無視して行政を行うことはできません。国会をないがしろにすると「内閣不信任決議案」を決議され、職を追われるリスクが発生します。国会の信任なくして成立しないのが、首相および内閣といえるのです。
一方、国民に対して責任を負う大統領は、議会にとらわれずに行政を行えます。議会は大統領に対して不信任を決議する権利を持っていません。
国会議員である必要があるか
首相は国会議員の中から選出されるため、首相に選ばれるには国会議員である必要があります。
日本の場合、国会において指名投票が行われ、過半数を獲得した議員が首相に選出されます。イギリスの場合、下院に当たる庶民院で議席の過半数を獲得した政党の党首が首相に任命される仕組みです。
一方アメリカ大統領は、議員である必要はありません。下記の条件をクリアしていれば、大統領選に立候補する資格が得られます。
・出生によるアメリカ市民である
・35歳以上
・14年以上アメリカに居住している
政治経験がない人でもトップになれる可能性があるのがアメリカなのです。

どのような権限を持っているか
大統領の権限は大統領制を導入する国によって異なります。国のトップとして強大な行政権を与えている国もあれば、ただの象徴的な存在として大統領を位置付けている国もあるのです。
大統領に強大な行政権を与えるアメリカと首相が国のトップを務める日本とを比べると、その権限には違いがあります。
まず日本の首相は、衆議院の解散権や内閣の代表者として議案を提出する権利などを持っています。
対してアメリカ大統領は、非常に強力な行政権を持っている一方で、行政権以外の権限については限定的です。議会の解散権を持っていなければ、議会に法案を提出する権利も持っていません。法案に対する拒否権は持っているものの、議会で2/3以上の多数を獲得して再度可決されれば、その法案は法律として効力を発揮できるようになります。
大統領の権限の中でも大きな力を有しているのが、「非常事態宣言を発令する権限」です。非常事態宣言が発令されると、大統領は個人・資産・通信を規制することができます。個人を規制する権限に含まれているのが「戒厳令の発令」といえます。
「大統領令」とは
2025年に二度目の就任を果たしたトランプ大統領が、就任初日に多くの大統領令に署名したことが話題となりました。
アメリカにおける大統領令とは、連邦政府や軍に対して出す行政命令やその権限を指します。
アメリカ合衆国憲法では、大統領令について「執行権が米大統領に属する」と書かれており詳細の規定はありませんが、法的な拘束力を持ち、議会の承認を得ずに実施することができます。
この権限は通商政策や移民政策など幅広い分野に及び、政策をすぐに実行に移せることから、アメリカでは大統領に強い特権を与えていることがわかります。
実際には、政策執行のために必要な予算を承認する権限は議会にあるため、議会が予算案を通さなければ、大統領令は実質的に無効となる場合もあります。また、野党や市民団体・企業などが大統領令の無効を求めて提訴することもあり、その結果、裁判所で違憲判決が出れば、大統領令は効力を失います。

歴代大統領の大統領令で有名なものとして、1862年にリンカーン大統領が発した「奴隷解放令」、太平洋戦争時のフランクリン・ルーズベルト大統領による「日系アメリカ人強制収用令」などが挙げられます。そのフランクリン・ルーズベルト大統領は、歴代で最多の3721本の大統領令を発しています。
どのような手続きで職を追われるか
衆議院で内閣不信任決議案が可決されるか内閣信任決議案が否決されると、国会に対して責任を負っている日本の首相は、内閣を総辞職させるか、衆議院を解散させるか選択しなくてはなりません。つまり、首相は国会の権限で辞めさせられる可能性があるのです。
これに対して大統領制を導入しているアメリカの議会は、大統領の不信任決議権を有していません。大統領を辞めさせるには、下院と上院それぞれで行われる手続きを経て、大統領を弾劾に追い込み、罷免させるしかないのです。
弾劾とは、犯罪や不正を明らかにして責任を果たすように要求することを指します。アメリカ大統領の場合、反逆罪や収賄罪などで有罪と判断されれば、大統領の地位を追われることになります。
大統領と首相、両方がいる国があるのはどうして?
世界に目をやると、一つの国であるのに大統領と首相双方がいる国があることに気付くはずです。「大統領も首相も同じ行政のトップであるはずなのに、両方が存在するのはなぜ?」と疑問に思う人も多いでしょう。大統領と首相がいる国の実像を紹介します。

「半大統領制」というシステムを採用している
大統領と首相の双方が存在する国では、「半大統領制」という仕組みを採用しています。半大統領制とは、大統領制と議院内閣制をミックスしたような政治制度のことです。
半大統領制を採用する国の代表例がフランスです。フランスの大統領は国民によって直接選ばれ、大統領制を採用する国の大統領と同じく、強力な行政権を有しています。
アメリカの大統領との違いは、フランスの大統領のほうがさまざまな権限を持っている点です。アメリカ大統領にはない「下院解散権」や「首相・閣僚任免権」を持っています。
フランスの首相は、首相の任命を担う大統領に対しても責任を負います。議会だけに責任を負わない点が、議院内閣制における首相との大きな違いです。
大統領と首相は似て非なる存在
アメリカの大統領と日本の首相は、どちらも「国のリーダー」といえる重要な存在です。どちらも行政のトップとして力強い権限を持っています。
しかし、大統領と首相には数々の違いがあります。「どちらも国のトップだよね」という認識で一緒くたにして論じてしまうと、大きな見当違いをする可能性があるので注意が必要です。双方の違いを知って、社会人として恥じない知識を手に入れましょう。
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構成・文/HugKum編集部