映画監督・安藤桃子さん。妹である安藤サクラさんが主演を務める映画『0.5ミリ』(14)のロケ撮影を機に高知県に移住しました。安藤監督は、現在、一児のママとして子育てをしながら、高知のミニシアター「キネマミュージアム」の代表を務めている他、地域に根ざした様々な活動を精力的に行っています。そんな安藤監督に単独のロングインタビュー。
高校時代にイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を卒業後、ニューヨークで映画作りを学んだ安藤さん。もともと広い視野で世界を見てきた方だと思いますが、高知へ移住後は高知県民と交流することで“龍馬スピリット”がむくむくと芽吹いたよう。今は映画監督として「 “映画の向こう側”が見えてきました」と目を輝かせます。
高知では昔の長屋のような文化が根付いている

――まずは、『0.5ミリ』のロケ地である高知への移住を決めた経緯から聞かせてください。
安藤「最初に原作小説を書いたのですが、そこでは架空の街という設定でした。それで、どこでロケをしようかと悩んでいた中、ちょうど仕事で高知に行っていた父が、この作品を撮るのであれば、高知が良いぞ!と提案してくれたんです」
――『0.5ミリ』では、訳ありの老人の家に押しかける女性ヘルパー(安藤サクラ)と、彼女とふれ合いながら人生の輝きを取り戻していく老人たちとのユニークな交流が描かれます。ビターだけどほっこりする素晴らしい映画でしたが、その内容が高知とマッチングしたということですね。
安藤「主人公のサワちゃん(安藤サクラ)は壁のない人で、“おしかけ”ヘルパーです。そのキャラクターを東京で撮ったら、犯罪ものっぽくなってしまう可能性がある。人情や温かみを自然と描ける県民性ってどこだろう?と考えていたんです。父は原作を読んでいたので『それなら日本の原風景が残っていて、人も個性豊かな高知がぴったりだ!とにかく独特で面白いから行ってみなよ』と言ってくれました(笑)」

――ちなみに安藤さんはそれまで高知に行ったことはあったのですか?
安藤「仕事を含め、北は北海道から南は沖縄までいろいろな場所を訪れていましたが、高知は唯一初上陸でした。四国の他3県は回っていましたが、太平洋と四国山脈で隔てられた高知だけは行かずに帰ることが多かったんです。移住して分かったのですが、みんなそうみたいで、高知だけ行ったことない人が大勢いました(笑)」
――安藤さんのエッセイ「ぜんぶ。愛」によると、たった3秒で高知への移住を決めたとか!実際に住んでみていかがでしたか?
安藤「移住したあと、高知のことを“ 1周遅れのトップランナー”だなと思っていました。とてもいい意味で。高知は人が行き来しにくかったことで、独自の文化が培われた街なんですよね。時代が流れ、古き良き物がなくなっていく中、高知だけはありのまま変わらず残っちゃった、今、世界中が求めているものがここにある。
昨今“地方創生”“地産地消”が叫ばれていますが、高知の人たちはそれを当たり前にやってきています。資本主義の中では一番後ろでも、世の中の価値が反転したら、トップを走ることになる。人と人との距離が近く、誰もが今こそ取り戻したいと思っている本質、本物がここにあります」

――それは、子育てをしていても感じますか?
安藤「とても感じます。高知では昔で言う長屋みたいに、自然とお互いを助け合うという文化が根付いています。マンションに住んでいても、隣近所の人と『おはよう!』『元気?』と声をかけあったり、食べ物もなんでも分かちあったりします。帰宅すると、採れたての野菜がたっぷり入った袋がドアノブにかかっていたりするのですが、誰からかわからないんです。一週間後に『そういえば筍どうだった?』って聞かれたり(笑)と見返りを求めません。相手が嬉しかったら、自分も嬉しいんです。
そういう本来の日本人らしい温かさが残っているところが大好きで、 できればその環境の中で子どもを育てたいと思っていたので、本当に高知へ来て良かったです」

――ギブ&テイクではなく“分かち合う”というおおらかな価値観ですね。
安藤「大皿に刺身からデザートの羊羹まで盛られた、伝統的なさわち料理なんかも分かち合い文化ですよね。それって、太平洋を見て生きてきた高知の県民性かもしれません。日曜市でおばあちゃんと話しても『自分と世界はつながっている。ひとつなのよ』というグローバルな意識を持ってらっしゃいます。坂本龍馬もきっとそうで、山、川、海のどこにいても、太平洋の潮風が吹き上がってくる感じがあり、その中で生きていたら、海の向こうは江戸じゃなくて、アメリカだ!と思うのかもしれない。高知に来てから、すべての高知県民の中に龍馬の志や魂が宿っているなと感じます。困った人を見ると魂が“たぎる”んです」
映画を通じてこの世界に何を届けられるのか?

――きっとお子さんも伸び伸びと育っているのでしょうね!
安藤「娘は今、小4ですが、土佐の超はちきん(土佐弁で「快活で負けん気の強い女性」)で面白いです。高知ではどんな子にあっても素直だなと感じます。こまっしゃくれていても、素直(笑)。ここでは安心して子育てができている気がします。食に関しても四季折々、その時の旬をいただく。山に入れば素晴らしい野草や自然の恵みが自生している。都会のシステム基盤ではない、自然ベースで、独自の循環がめぐっているんです。経済指数では測れないことです。生きることの根本に安心感があります」
――都会から移住してきて、自分が変わったなという部分はどんなところでしょうか?

安藤「高知に来てからは、自分にとってより自然に感じるものを選べばいいんだと思うようになりました。もちろん都会には都会の良さがあり、様々な文化を体験できます。
現代社会において、都会はどうしても効率で動かすので、『良い、悪い』の白黒で物事をジャッジしがちです。でも、人間は一人一人がオリジナルで、親子であっても違いますし、さらに生きていたら日々、常に変化していく。メディアの情報も溢れる時代ですから、その情報に左右されがちですよね。なので、できるだけその時その瞬間に『良い、悪い』ではなく、『自然か、不自然か』、自分が心地いい、気持ちいいと感じる方向を選ぶ生き方に変わりました。
バロメーターとして、常に命の声を聞くように、感覚を大切にしています。体は正直なので、ホッと和らぐ感じを選ぶようにしています。逆に合わないものは体がぎゅっと緊張して固くなります。体の痛みや不調も、体が発してくれている声なので、教えてくれてありがとうと思えるようになりました。例えば食でいうと、頭で食べたいと思うものと、身体が喜ぶ『美味しい』ものでは違いがあります。ストレスフルな自分の声でなく、『ホッとする』『気持ちいい』と感じるものを選んだり、映画を観て気持ちを和らげたりしながら整えています」

――移住後はミニシアターも始められました。
安藤「地域が元気になる場所を作りたかった。映画館にはその力があると思っています。街の中心に作った理由も、地域の活性化はもちろん文化の中心的場所ができることがすごく大事で、いろんなところとコラボしたイベントもできるし、そこから幸せ!楽しい!っていうエネルギーが街中に広がっていくイメージがわいたんです。
高知に来て“映画の向こう側”を見られたというか、映画というメディアを通じて、どこに船を漕いでいきたいかということがわかってきました。太平洋を見ていると、人間ってすごく小さいなと思う人もいるだろうけど、逆もしかりで、1人の心の中には、宇宙のように壮大な世界が広がっているなとも感じます。想像力、イマジネーションは無限大!です。そして自然に触れていると“すべての命に優しい”という感性が開きました」

――“映画の向こう側”、“すべての命に優しい”というのは素敵な言葉ですね。
安藤「それを言葉にできてから数年が経ちます。今はSDGsやエコ、環境問題などいろいろな言葉がありますが、いわば“すべての命に優しい”ってことかなと。プラスチックも何もかも、この世界に存在する全ては地球から生まれたものなので、本来は何が悪いということはなく、それをどう扱うかだと思っています。それはクリエイティブの仕事でもあると感じています。そして、監督としても、地球がずっと命を育んできてくれた感覚を培っていき、その視点からカメラのレンズを向けていきたいと思っています。
若い頃は映画監督になることを目標にしてきたけど、映画界に身を置いてからは、映画文化をいかに残していくかという文化継承に意識が広がりました。そこから高知に移住し、母となって、更にはコロナ禍があり、今一度、何故映画を撮るのかを自分に問う機会をもらいました。自分から映画というものをはがして何もなくなった時、人として何を届けて、どういう生き方をしたいか?と改めて考えたんです。映画を通じてこの世界に何を届けられるのか?と。映画って、電球がフィルムを照らして、スクリーンにドラマが映し出される仕組みです。映画を通じて、人々の胸の温かな部分を照らしたい。感動と幸せを感じてもらえたら最高に嬉しいです」
身を通して経験したことがカメラに映る

――異業種チーム「わっしょい!」では、子どもたちと一緒に畑をされたり、NPO法人「地球のこども」のメンバーとして、子どもたちとの映画作りや様々なイベントも展開されたりしていますね。
安藤「子どもたちのワークショップや、映画を通じたボランティア活動は、やり始めたらもう楽しすぎて、幸せです(笑)。『わっしょい!』で子どもたちと一緒に畑を耕して大豆を育て、さらにお味噌も作りました。
今の子どもたちは私たちの先を行く進化したDNAで生まれていると思うし、10人子どもがいたら、10人全員に才能があります。一人一人素晴らしい種を持って生まれている。でも何の種かは親ですらわからないもの。

なので、いろいろなことを体験させたり、様々な環境に置いてあげたりすることで、そこに必要な栄養がわかってくる。そうすると自然とその種が芽生えます。まるで『となりのトトロ』のシーンのように、昨日まで何もなかったところに、ぽんぽんぽんってって芽が出てくるんです。畑をやっていると、生命が芽吹いたり、開花したりする瞬間を見ることができます。土に触れることで、感覚的にそういうものがわかるようになる」
――他にも新鮮な野菜やこだわりの商品を販売する「高知オーガニックフェスタ」の実行委員長もされていますね。
安藤「3年続けて務めさせてもらいました。野草についても山に入って教えてもらったり、“命に優しい歩み”をコンセプトに仲間と一緒にお茶を作ったりもしました。最近ようやくいろんなことが形になってきました。
私が監督業をそっちのけで畑を始めた当初は、周りから『今やっていることが、映画監督の仕事とどうつながっているの?』と聞かれましたが、私自身、 何事も自分がやってみないと気が済まない性格で。頭で勉強しただけでは何も出てこないし、身を通して経験したことがカメラに映るとも思っていますし、私にとっては全部がつながっています」

――今後、安藤さんが撮る映画はまた以前とは違うものになりそうですね。
安藤「はい。人の優しさや、温かさに触れた時、暗闇にスッと光が差すような、胸の奥から感動が溢れてくるような、そんな作品を撮りたいです。自分も日々いろいろなことを体験し、自然から学ぶことで表現できたらいいなと。高知では自然から学ぶことがすごく大きいですし、自然界にはすべての答えがある気がします。みんなが嬉しいね、良かったね、楽しい!と思ってくれることが、私もとても嬉しい。そういう感性を高知が教えてくれました」
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高知県高知市帯屋町1丁目13-8 TEL.088-824-8381
公式HP:kinemam.com/
上映スケジュール;https://www.kinemam.com/#movie-area
●NPO地球のこども
公式HP:chikyunokodomokikinn.jp
構成・文/山崎伸子