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「反日」イメージの強い李在明大統領が一転
2025年8月下旬、韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領が就任後初の訪日を果たし、石破茂首相と首脳会談を行いました。
李在明氏は、韓国最大野党「共に民主党」のリーダーとして、長年強硬な対日姿勢で知られてきました。例えば、2023年の東京電力福島第一原発の処理水放出を「汚染水」と呼び、反対運動の先頭に立ってハンガーストライキ(断食を行うことで目的を訴える抗議活動)を実施。最終的に病院に搬送されるほどの行動を見せました。

また、慰安婦や徴用工問題を取り上げて日本を批判。「日本は敵性国家」とも発言し、物議を醸しました。これらの言動から、日本では「反日の急先鋒」と見られることが多かったのです。
しかし、2025年6月の大統領選挙で勝利し、大統領に就任した李氏は、選挙戦以降、対日関係を重視する発言を繰り返しています。この急激な変化の理由は何なのでしょうか?
理由1.「親日」をアピールし、選挙で中道層の支持率を確保
李在明氏の姿勢変化の大きな要因は、2025年6月の大統領選挙にあります。
2024年12月、尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領が「非常戒厳令」を宣言し、その後の弾劾と罷免により、韓国は政治的混乱に陥りました。この状況下での大統領選挙は、李氏にとって厳しい戦いでした。
世論調査では、選挙終盤に李氏の支持率が46.6%まで低下し、対抗馬の金文洙(キム・ムンス)氏が猛追する展開に。危機感を抱いた李氏は、従来の「反日」イメージを抑え、幅広い有権者の支持を得るため「実用外交」を打ち出しました。

具体的には、選挙戦で「日本は重要なパートナー」「文化交流や経済協力を推進する」と発言。日本のメディアや政治家とも積極的に接触し、「李在明政権でも日韓関係は安定する」とアピールしました。
これにより、中道層や国際協力を重視する有権者の懸念を軽減し、支持拡大を狙ったのです。この戦略が功を奏し、2025年6月20日の選挙で李氏は辛うじて勝利を収めました。
理由2.安全保障が揺らぐことや、不利益を避けるため
李氏の姿勢転換には、国際環境の変化も大きく影響しています。
2025年、韓国は複雑な外交課題に直面しています。米国のトランプ政権復帰により、日米韓の安全保障協力が一層重要視される中、反日姿勢を貫くと韓国の国際的立場が弱まるリスクがありました。北朝鮮のミサイル発射や中国との緊張も続き、韓国にとって日本との協力は安全保障や経済の面で不可欠です。

また、尹前大統領が進めた日韓関係の改善(例:2023年の徴用工問題解決案や首脳シャトル外交の再開)は、韓国経済や外交に一定の成果をもたらしていました。
李氏は、これを覆すことで、日本からの投資が減少したり、日米韓連携が停滞したりといったコストを避けるため、「過去の政府間合意を尊重する」と表明。8月23日の訪日では、石破首相との会談で「未来志向の関係構築」を強調し、慰安婦合意についても「政府の立場は変わらない」と明言しました。
理由3.反日感情を煽るのは時代遅れという世論を捉えて
李在明氏は「韓国のトランプ」とも称されるポピュリストで、国民感情を敏感に捉える政治家です。近年、韓国の若者を中心に「親日・反日」の二元論は時代遅れと見なされつつあり、世論調査では日本への好感度が過去最高になっています。
経済やAI産業など未来志向の課題に焦点を当てたい国民の声に応え、李氏は反日感情を煽るよりも、経済協力や文化交流を重視する姿勢にシフトしました。
また、李氏の支持基盤である「共に民主党」内でも、強硬な反日路線より現実的な外交を求める声が強まっています。訪日前の8月10日、李氏はソウルでの演説で「日韓は歴史を共有する隣国。協力で未来を切り開く」と述べ、党内や国民の支持を固めました。
今後の日韓関係は李氏の本音や国際情勢次第
8月23日の訪日では、李大統領と石破首相は「安定的な日韓関係の発展」という意見で一致。経済分野では、半導体やAI技術での協力を強化する共同声明も発表されました。
しかし、一部の韓国メディアや市民団体は、李氏の「親日」姿勢を「選挙のためのポーズ」と批判。歴史問題をめぐる発言が今後再燃する可能性も指摘されています。
李在明氏の姿勢転換は、選挙戦略、国際環境、国内世論の変化が絡み合った結果です。日韓関係の今後は、李氏の本音と、米中や北朝鮮との関係次第でしょう。両国は新たな一歩を踏み出していますが、課題は山積です。
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記事執筆/国際政治先生
国際政治学者として米中対立やグローバルサウスの研究に取り組む。大学で教壇に立つ一方、民間シンクタンクの外部有識者、学術雑誌の査読委員、中央省庁向けの助言や講演などを行う。
