通知表を廃止する小学校があるって本当?
通知表を廃止する小学校があると聞けば驚く人は多いでしょう。近年、教育方針の見直しを通じて、通知表廃止の決断をする小学校が出てきました。なぜ今廃止するのか、通知表が引き起こしている問題について説明します。
通知表廃止についての最新情報
現在、通知表を廃止する小学校が少しずつ増えています。新しい例では、岐阜県美濃市は市内全小学校で小学校1年生の通知表を2025年度から廃止しました。2026年度以降は2年生にも拡大予定です。
あまり知られていないことですが、通知表は文部科学省の定めたものではありません。国に義務付けられた学籍や指導内容の記録「指導要録」と違い、通知表の内容や作成するかどうかは、各学校の校長に決定権があります。
通知表をなくした美濃市の小学校では、担任が普段から子どもの長所や努力を本人に伝えるよう意識しているそうです。2025年7月の終業式には、1学期の授業や行事を写真で見せながら振り返るといった工夫も取り入れました。
通知表が子どもに優劣をつけてしまう問題
通知表を廃止する背景には、通知表の結果だけで保護者や子どもが一喜一憂してしまう状況があります。
通知表は本来、生徒が自分の強みや弱点を知って今後に生かすためのものです。しかし実際は、通知表の結果によって子どもの評価や学力が決まったように受け止める保護者や子どもも少なくありません。
現在の通知表は、子どもの劣等感をむやみに育て、子どもの間に成績による序列を作るという問題があります。
学校になじめない「小1プロブレム」が増加
今のところ、通知表廃止は小学校低学年を対象にした限定的なものです。その理由の一つに、増加している「小1プロブレム」対策があります。
小1プロブレムとは、幼稚園・保育園から小学校に入ったとき、大きく変わった環境に子どもが適応できず落ち着かない状態になることをいいます。
学校の成績競争によるプレッシャーや劣等感は、小1プロブレムを引き起こす一因です。通知表の廃止は、まずは子どもが小学校に慣れて勉強の楽しさを覚えてもらうことを目的にしています。
教師の負担が大きい割に役に立っていない
通知表の廃止が広がる理由の二つ目は、教師にとって負担が大きい割に効果がないからです。
通知表のいわゆる所見欄は、生徒の学校での様子や先生から見た長所などのコメントが書かれるのが一般的です。
教師一人が所見欄のコメントを作成するだけでも、1学期あたり約10時間程度かかると文部科学省は想定しています(全国の学校における働き方改革事例集 令和3年3月)。その上、評価の元になる資料集めやミスをチェックする時間も必要です。
しかし、保護者や子どもが通知表のマルの数ばかり気にしてしまうため、多くの教師はメッセージがうまく伝わっていないと考えています。
出典:全国の学校における働き方改革事例集PDF55|文部科学省
通知表を廃止するメリット

通知表を廃止するメリットは、子どもに自己肯定感が生まれやすくなることです。子どもに主体性が生まれ、教師が細やかなフィードバックに時間を使えるようになるといった廃止のメリットを見ていきましょう。
子どもに自己肯定感が生まれやすくなる
通知表を廃止すると、普段の授業から「成績がよくなきゃだめ」という緊張感が薄れて子どもがのびのびし始めます。
通知表があると、普段の授業で教師が子どもをほめたり励ましたりしても、成績につながらない頑張りは無駄だと思われてしまいます。
「成績ランク」による序列が消えれば、成績が悪い子でもクラスの子どもに意見を聞いてもらえるようになるでしょう。子どもは、先生の励ましや評価を成績につなげずに受け入れ、自己肯定感を育てやすくなります。
子どもがのびのびと主体的になる
通知表の廃止は、子どもがテストの点数にばかり注目するのをやめて「どこを間違えたか」を考え始めるきっかけを与えます。
間違えたことを恥ずかしい欠点とみなさなくなるため、子どもたちが間違えたところを積極的に先生に教わりにくるようになるかもしれません。
また、今までは「正解」を気にして口をつぐんでいた子どもが、自分の意見を言えるようになります。授業に対しても「正しくない答えは言っても無駄」とは考えなくなり、自分の考えを自由に発言する主体性が育ちやすくなります。
教師が細やかなフィードバックに時間を使える
通知表の作成は、資料集めを含めれば1学期だけで何十時間もかかるものです。通知表がなくなれば、先生は今まで通知表に使っていた時間を子どもへの声掛けに使えます。
子どもの様子を保護者に伝えるにも、通知表のコメントを書くより保護者面談のほうが伝わりやすいでしょう。直接会って話したほうが詳しい情報を伝えやすく、保護者の疑問や子どもに対する悩みなどを聞くこともできます。
通知表をなくすことで、かえって保護者や子どもとの交流が濃いものとなり得ます。
通知表を廃止するデメリット

メリットがあればデメリットもあります。今まで通知表の結果を目安にしていた人は戸惑い、努力の方向性を見失うかもしれません。のんびり育ちすぎて競争社会に適応できるのか、といったデメリットを見ていきます。
何を基準に頑張ればよいのか分かりにくい
通知表を廃止するデメリットの一つは、何を基準に頑張ればよいのか分かりにくくなってしまうことです。
通知表のメリットは、数字やマル・バツなどで努力の成果が目に見えるところです。分かりやすい形の成果は、勉強のモチベーションにもつながります。
通知表のかわりに振り返りをしても、小学1年生や2年生の子どもにとって、自分の学びを言葉で表現するのは難しいことでしょう。その後の成長につながるような振り返りをするには工夫が必要です。
子どもへの声掛けや保護者との情報交換など、教師からの評価を増やすことが教師側の負担を大きくしてしまう危険もあります。
競争力が育ちにくくなる
もう一つのデメリットは、通知表の廃止によって子どもに必要な競争力やたくましさが育たなくなる可能性です。
小学校はともかく、高校入試に内申点が反映される中学校では、通知表を廃止するのは困難になります。競争意識が薄ければ、高校・大学受験をはじめ社会に出たときに適応できないのではないかと心配する声は強いようです。
通知表の成績が悪ければ落ち込んで劣等感が生まれるとしても、それをばねに成長するたくましさや回復力を育てるために通知表は必要だという意見もあります。
実例にみる通知表廃止の効果

通知表廃止の効果は、実際に廃止した小学校を見ればはっきりするでしょう。通知表廃止のデメリットを解決する方法としても参考になるかもしれません。成功例といわれる二つの小学校を紹介します。
沖縄県|うるま市赤道小学校
沖縄県の「うるま市赤道小学校」は、2024年度から1~6年生を対象に、従来の通知表に代わって「個票」を導入しました。個票は、子どもの学習達成度を項目ごとにグラフや表で見える化したものです。
通知表との違いは、テストや成果物の結果がスコアやグラフにされているため、自分の学習状況が具体的に分かる点です。また、個票は生徒が自主学習の計画を立てる課題とセットになっています。
生徒が自分で学習状況を確認し、自分に合った学習目標と計画を立てて努力することは、自ら学ぶ姿勢も育てます。教師も生徒に合わせた細やかな指導ができるようになりました。
神奈川県|茅ヶ崎市立香川小学校
神奈川県の「茅ヶ崎市立香川小学校」は、2020年に通知表廃止に踏み切りました。廃止の結果、入学当初から通知表のなかった子どもには大きな変化が見られたといいます。
まず、子どもが点数より答えを出すプロセスを重視するようになりました。「唯一の正解」ではなく、複数の見方や答えがあるという前提で授業が行われるため、子どもが積極的に発言し主体性が生まれたそうです。
成績による序列の代わりに、できる子ができない子を教えるような協力体制も生まれます。通知表廃止によって、子どもがのびのび過ごせるようになった好例です。
通知表廃止は新しい教育の可能性
通知表はあるのが当たり前と思われがちですが、実は子どもの間の序列や劣等感を引き起こすという問題を抱えています。
学校は成績を競うだけの場ではありません。特に小学校では、主体的に学ぶ姿勢を身につけ、人間としてのベースを育てることが重要です。通知表廃止は、各小学校の教師や校長が教育方針を見直し、子どもの長所を引き出せる教育を目指した結果です。
実際に廃止した小学校では、子どもがのびのびと主体的になると同時に、「何を基準に頑張ればよいのか分かりにくい」「競争力が育ちにくくなる」といった否定意見も出ています。まだ議論の余地はありますが、通知表廃止は新しい教育の可能性を示す動きといえます。
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構成・文/HugKum編集部