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昼も夜も働き詰め――母親を追い詰める終わりなき労働
ーー日本の子どもたちの貧困の現状について教えてください。
渡辺 由美子さん(以下、渡辺さん):いま日本の子どもの貧困率(※注)は11.5%。つまり、9人に1人が貧困の状態にあります。特に深刻なのがひとり親世帯で、貧困率は44.5%。およそ半数にのぼり、この数字はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で日本はワースト1位という厳しい現実です。
※相対的貧困という基準による算定で、国民の所得中央値の半分未満で生活している状態を指します。たとえば4人世帯の場合、月々の家庭収入がおよそ21.2万円かそれ以下の状況です。
ーー日本がワースト1位なんですね。現在、ご家庭の就業状況はどのような状況なのでしょうか。
渡辺さん:実は、母子世帯の就業率もOECDでトップなんです。つまり、日本の母親はかなり働いている状況。それにもかかわらず貧困から抜け出せないのは、正規雇用につけず、非正規雇用をかけ持ちしなければならないことが要因となっています。
日中の仕事をこなし、夕方は家事や子どもの食事…。そのあと夜は居酒屋やコンビニのシフトに入り、さらにプラスで新聞配達などまで始める人もいます。まさに、寝る時間を削りながら働き続けているのです。
ーー体力的にも精神的にも、限界がきてしまいそうです。
渡辺さん:本当にその通りで…。ご家庭の中には子どもの不登校や発達特性によって、なかなかフルタイムで働くことがむずかしい親御さんもいらっしゃって、そのなかでできる限り必死に働いているものの、どうしても貧困状態から抜け出せないのが現実です。

「学び」も「遊び」も我慢する子どもたち――貧困の現実
収入格差が学力にも影響をもたらす
ーー貧困状態は、子どもの学力へ影響することもあるのでしょうか。
渡辺さん:はい。実際に、親の収入によって、学力や進学に大きな差が生まれていることはデータでもはっきり出ています。

<提供:認定NPO法人キッズドア>
渡辺さん:では、なぜ収入の差が学力に直結してしまうのかーーその背景には、経済的困窮による、3つの資本不足が作用していると考えられています。
<経済的資本の不足>
金銭面で高校進学をあきらめたり、家庭にパソコンがなかったりと、学ぶ環境そのものが整いにくい状況。
< 文化的資本の不足>
家庭で経験できることの幅が限られ、言葉づかいや立ち振るまいなどを学ぶ機会が少ない状況。
< 社会関係資本の不足>
信頼できる大人や、安心できるつながりが身近になく、豊かな人間関係が形成されにくい状況。

<提供:認定NPO法人キッズドア>
渡辺さん:つまり、学力向上には、いわゆる貧困としてイメージされやすい「貧困=お金があるかどうか(経済的資本)」だけでは不十分。子どもにとっては、多様な文化的体験や、信頼できる人との関わりなども欠かせません。
そして、これらが不足している状態では、健全な成長や学力向上が実現しづらく、世代を超えて続いている「貧困の連鎖」を断ち切ることがむずかしいのです。
「サッカー部、やめてきた」――お金が理由で“やりたいこと”をあきらめる子どもたち
ーー子どもの日ごろの学校生活へも影響はあらわれているのでしょうか。
渡辺さん:影響はかなり大きいと思います。たとえば部活動などで、ある子が突然「サッカー部、あんまり好きじゃなくなって。だから今日、辞めてきた。」と急に退部してくる、なんてことがあるんです。
でも、退部した本当の理由は違いました。ユニフォーム代や遠征費、交通費などの負担を親にかけられないと考えて、みずから辞めてしまったのです。子どもは、親の大変さを本当によくわかっています。経済的に厳しい状況を敏感に感じ取っているからこそ、そうした選択を自分からしてしまうのです。
ーーとてもつらい状況ですね。
渡辺さん:友達づきあいでも同じようなことが起こります。コンビニに行ってもなにも買えずに見ているだけ、ファーストフード店に行っても水だけ。そんな中で、少しずつ友達との距離がうまれ、孤立していきます。
また、友達の家に遊びに行ってもおかしを持っていけない。逆に自分の家に呼んでもおかしやジュースを出せない…。そうすると、だんだんと「もう友達と会わないでおこう」と考えてしまうのです。

親が1日1食、1年以上お米を買えない――家庭を襲うコロナと物価高
ーーコロナや物価高の影響も大きいのではないでしょうか。
渡辺さん:とても大きいですね。貧困世帯の親御さんは非正規雇用の方が多く、コロナ禍で仕事を失ったり、収入が激減したりしました。「コロナが終わったら頑張ろう」と踏ん張っていたところに、今度は物価高が生活を直撃しています。

昨年よりも家計が厳しい状況<認定NPO法人キッズドア 2025年夏アンケート調査>
ーー具体的には今、どのような状況なのでしょうか?
渡辺さん:コロナ禍からすでに、親が1日1食しかごはんを食べられない家庭がありました。さらに今年は米の値上げが深刻で、「もう1年以上、お米を買っていません」という声まで聞かれます。
親御さんは自分を犠牲にして子どもに食べさせますが、その結果、身体を壊したり、ストレスやメンタル疾患で倒れてしまったりするケースもあります。キッズドアで今年行った保護者のアンケート結果でも、保護者の約81%が「昨年の同時期と比べて食事量が減った」と回答しています。

<認定NPO法人キッズドア 2025年夏アンケート調査>
ーー食事量が減ることで、子どもたちへの身体への影響もありますか。
渡辺さん:身体を壊してしまうケースはよく見受けられます。十分にごはんを食べられない子は体調を崩したり、学校に行っても倒れてしまったりすることがあります。また、電気代の高騰で日中エアコンをつけずに過ごし、猛暑から熱中症で搬送されるケースも少なくありません。
そして、子どものなかには「学校に行っている間にお母さんが倒れてしまうのでは」と不安になって、登校できなくなってしまうこともあるのです。
支援の現場から垣間みえた“救われた瞬間”
3000世帯以上に届いた、頑張る親に寄り添う「キッズドアの夏の支援」
ーーキッズドアでは、夏休みに食料支援を行ったそうですね。
渡辺さん:はい。今年の夏は、3000世帯以上に食料を届けました。夏休みは、普段頼りにしている学校給食がなく、親御さんにとっては日々を乗り越えるだけで精いっぱいです。

渡辺さん:保護者のなかには「1か月で体重が7㎏も減った」という方もいらっしゃいました。さらに、子どもたちも、空腹を抱えながら、ひとりで親の仕事帰りを待つことも少なくありません。そんな子どもたちや家庭の力になりたい――そう思って行っているのが、このファミリーサポート支援です。
ーー実際に食料支援を受けたご家庭からは、どんな声が届きましたか?
渡辺さん:子どもからは、「唯一、夏休みにうれしいできごとでした」という声が届きました。なかには、保護者からの「生きていていいんだ、と感じられた」という言葉もあります。

<提供:認定NPO法人キッズドア>
渡辺さん:社会のなかで「自分はじゃまものなんじゃないか」と感じている親御さんも多いのですが、支援を通して、本当に心が救われたという声がたくさんありました。
「もっと頑張ればいい」では片付けられない現実
――社会の目線と、家庭の現実にはどんなギャップがありますか?
渡辺さん:社会全体では、「貧困は自己責任」「もっと頑張ればいい」といった声も根強くあるように感じます。しかし実際には、本当に必死で頑張っている人が多くいます。日中は時間を切り売りして働き、それでも食費を削って子どもに食べさせる。そんな深刻な状況に、少しずつでも社会の理解が広がるといいなと感じています。
「すべての子どもが夢や希望を持てる社会を」――キッズドアが届ける想い

ーー最後に、キッズドアが目指す「子どもたちの未来」について教えてください。
渡辺さん:子どもも親も、日々一生懸命に頑張っていますが、まだまだ苦しい状況から抜け出せないご家庭が多くあるのが現実です。しかし、社会からの支援や理解が届くことで、きっと子どもたちに安心や笑顔が広がっていくはずです。
キッズドアはこれからも格差を少しずつ縮め、すべての子どもが夢や希望を持てる社会を目指していきたいですね。
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お話を伺ったのは
認定NPO法人キッズドア理事長。千葉県千葉市出身。千葉大学を卒業後、大手百貨店、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。配偶者の仕事により1年間のイギリス滞在を体験した後、2007年に任意団体キッズドアを設立(2009年にNPO法人化)。「日本のすべての子どもが夢と希望を持てる社会へ」をビジョンに掲げ、小学生から高校生世代の貧困家庭の子どもたちを対象とした無償の学習会の開催やキャリア支援などの活動を、東京とその近郊、宮城、神戸などで展開している。内閣府「子供の貧困対策に関する有識者会議」構成員など国の有識者会議等の委員も務める。
構成・文/牧野 未衣菜