「陰山メソッド」で育った長女が語る、父・陰山英男の素顔。親子だから語れる、家庭で実践された「陰山メソッド」の原点とは?

「百ます計算」、「徹底反復」で知られる「陰山メソッド」。陰山英男先生と、幼いころからその実践の中で育ち、現在は同じく教育の現場に立つ長女・愛さんにお話をうかがいました。毎朝のジョギングや百ます計算の習慣、思い出のコーヒーケーキの味から、愛さんが大人になって見えてきた教育者としての父の姿まで、親子対談ならではの視点が光ります。
9月発売の新刊ドリルには、愛さんの現場ならではの視点が反映された部分もあるそうで、その背景についても語ってもらいました。

有名になった「陰山メソッド」。娘はどう見ていた?

陰山英男先生の長女、愛(あい)さん。学習塾「陰山式スコーラ」の運営も任されている

―陰山メソッドが世の中で話題になり始めたころ、愛さんは高校2年生くらいでした。当時、周りからの反応はありましたか? 

愛さん:それが全然(笑)。小学校では話題だったのかも知れませんが、高校ではまったく騒がれませんでした。 

でも、私が立命館大学に在学中、世間の陰山像を感じたことがあります。ちょうど父が2006年4月に京都市北区の立命館小学校の副校長に就任したころでした。アルバイト先の専務さんが、「息子を立命館小学校に入れたいんだよね」と話していたのを聞いて、「私、陰山の娘です」と言うと、すごく驚かれました。

わが子にも毎朝ジョギング&百ます計算&漢字 

陰山英男先生。対談は、終始和やかな雰囲気で進みました。

―だからこそ、世間で話題になった陰山先生が、家ではどんな姿だったのか知りたいです。愛さんが小学生のころ、陰山先生は小学校教員でいらっしゃいました。お父さんとして、陰山先生はどのような教育をされていたのでしょうか?

愛さん:メディアでは「百ます計算」が注目されましたが、父の教育法の根底にあるのは、基礎的な生活習慣を身につけさせること。それはわが子にも徹底していて、私たち3きょうだいは全員、朝ごはん前にジョギング、百ます計算、漢字ドリルをしていました。

―小1から百ます計算や漢字……お父さんに教えられると反発する子もいそうですが、愛さんはいかがでしたか?

愛さん:物心ついたときにはそれらを当たり前にやっていたので、勉強をやらされてる感覚はありませんでしたね。ジョギング、百ます計算、国語のドリルの3つを全部やっても30分かからないくらいですから、すぐに慣れました。百ます計算も、世に出る前から家でやっていました。

勉強よりも印象に残っているのは、走るほうです(笑)。家のすぐ近くの土手を登校前に約1キロ走るんです。

陰山先生:私は1989年に兵庫県の山口小学校へ赴任したとき、基礎学力をどう底上げするか本気で模索していて、百ます計算やICT活用など、さまざまな方法を試していました。その中でも、毎朝ジョギングを取り入れると、子どもたちの活力や集中度が明らかに変わったので、自分の子どもたちにもすすめました。

愛さん:ジョギングは1年生から3年生くらいまで続けたと思います。父と2歳下の妹と一緒に走っていました。正直言って、眠いときは本当に行きたくなかったです(笑)

陰山先生:朝、眠い目をこすりながらも走り始める子どもたちの姿を見ると、やはり生活のリズムが大事なんだと実感しましたね。愛は足が速かったですよ。男子にも負けないくらいで、地域の陸上大会でも活躍していました。

朝の習慣は、愛さんの娘にも受け継がれている

―陰山先生、朝の時間を大切にする理由はどこにあるのでしょうか?

陰山先生:学習の勝負は午前中、特に1時間目と2時間目です。朝起きて、食事をして、すっと学習に入るときがフルパワーなんです。山口小学校で生活習慣アンケートを取ったとき、あまりにも生活が乱れている子が多かったので、生活改善運動をかなり早い段階から始めました。

そして、全国調査でも如実に出ている結果ですが、学力の低下ともっとも強く相関していたのが朝ごはんです。だから、朝は食事をとらせる、身体を動かす、そして学習モードに一気に入る。この流れが極めて大切なんです。

愛さん:父は「朝ごはんを残すな」ともよく言っていましたね。うちは基本的に和食で、お味噌汁とごはんは毎日でした。

―今、愛さんにも2年生と年中さんの娘さんがいらっしゃいますよね。同じような朝の習慣を実践されているんでしょうか?

愛さん:はい。朝ごはんは必ず食べさせますし、2年生の娘には毎朝百ます計算も漢字学習もやらせています。走るのもやらせたかったんですけど…そこは私が続けられなくて(笑)

実は“昭和のお父さん”。晩ごはんは家族そろって

―愛さんから見て、陰山先生はどんなお父さんでしたか?

愛さん:昭和の父親のイメージでしょうか。晩ごはんは家族全員で一緒に食べるのが、父の強いこだわりでしたね。ただ、それ以外は自由で、細かいことも言われませんでした。朝学習は陰山メソッド全開でしたが、日中の子育てや生活は、どちらかというと母とのかかわりの方が多かった気がします。

―愛さんにとって思い出の味があるとうかがいました。

愛さん:親子丼とコーヒーケーキ。あれは忘れられません。

陰山先生:特別なものじゃないんです。家庭科の授業で年間に数回は調理実習があるんです。授業でやるからには、自分でも一度ちゃんと作っておこうと。その過程で、簡単においしくできたのが親子丼とコーヒーケーキでした。妻が忙しい日は「はい、親子丼」と。今は…作り方を忘れましたけどね(笑)

大人になった娘が見た教育者としての父

―愛さんも今は教育のお仕事をされていますよね。大人になって、父・陰山英男を教育者として見直すのはどんなときですか?

愛さん:私は私でこうしたい、こうしてみたい、という学習法のアイデアがあり、それをいろいろな場で実践してきたんです。でも最終的には、父の言う方法に戻ってしまうことも。父のほうが実績の積み重ねが圧倒的なんですよね。“ああ、また負けた…”と、仕事を始めたばかりのころはそういう経験も多かったですね。

―愛さんがご自身の案を出したとき、陰山先生に否定されることは?

愛さん:基本的に父は「その案はどうかな」と言うだけ。あとは私が勝手にやってみて、「あれ?ダメでした…どうしましょう」と相談する流れです。

陰山先生:私はそれでいいんだと思っています。子どもたちもそうですよね。自分でやってみて、ダメだと分かれば、それで大成功なんです。なぜダメだったのかを考えるプロセスがものすごく大事。教育者だって同じです。試行錯誤の中で結果が見えてくる。失敗は成功するまでの途中経過なんですよ。

―親子で言い合いになることは?

愛さん:あまりならないんですよね。父は関西、私は関東と住んでいる場所が離れているのもちょうどいい距離感かもしれません(笑)。「陰山式スコーラ」の運営も私に完全に任されているので、父から「こうしろああしろ」と細かく言われることはありません。

陰山式スコーラのオリジナル教材

―とはいえ、陰山先生、つい愛さんにアドバイスしたくなるときはありませんか?

陰山先生:もちろん、言うときもあります。でもね、最終的には愛が自分でやってみなければ分からない。それで初めて本質が見えてくるんです。

とはいえ、愛もキャリアを積む中で、逆に私が愛から学ぶことも多いんです。

―例えば、どんなことで?

陰山先生:9月に発売した3冊の新刊での十ます計算の配分です。当初は子どもが一番苦手な「7」を重視して、「たす7」、「ひく7」のページを多めにする予定でした。でも愛が「低学年にとって一番最初のハードルは“たす1”。その積み上げを丁寧にやるべきだ」と。

愛さん:「陰山式スコーラ」を運営する中で、子どもにとっては、たす1がまず壁になり、その次の壁が、たす2だと実感していました。だから、7の扱いが一番難しい前提でドリルを設計してしまうと、子どもの学習実態とずれると思いました。

陰山先生:この指摘は本当に大きかった。だから、愛の意見を採用して、「たす1」、「たす2」、「たす3」はすべて同じ枚数にしたんです。これは完全に愛のアイデアです。


お2人の会話から、陰山メソッドの出発点が見えてきました。後編では、9月に発売された『隂山メソッド 徹底反復 十ますたし算』 『隂山メソッド 徹底反復 十ますひき算』『陰山メソッド 徹底反復 ひらがな・カタカナ運筆ドリル』のねらいや注目ポイントを詳しく語っていただきます。

後半はこちら

実は、多くの子どもにとって百ます計算は難しい。陰山メソッドの新刊ドリル「十ますたし算」「十ますひき算」は、子どもを“算数好き”に育てる最強アイテム!
基礎学力をつけ、高速計算処理能力を高めるドリル ― 9月に、『隂山メソッド 徹底反復 十ますたし算』、 『隂山メソッド 徹底反復 十...
著/陰山英男 小学館 770円(税込)

入学準備から小学校低学年に向けた、基礎計算力をきたえるためのドリル。最大の特徴は3+5、3+8、3+6のように、たされる数が同じ計算を何度も繰り返し学習すること。たし算も九九のように、同じ数(段)の計算を繰り返したほうが、計算能力が早く身につけられます。

著/陰山英男 小学館 770円(税込)

入学準備から小学校低学年に向けた、基礎計算力をきたえるためのドリル。最大の特徴は16-3、19-3、11-3のように、ひく数が同じ計算を何度も繰り返し学習すること。ひき算も九九のように、同じ数(段)の計算を繰り返したほうが、計算能力が早く身につけられます。

著/陰山英男 著/藤井浩治 小学館 825円(税込)

ひらがなとカタカナ、小学1年生で学習する漢字80字の中の24文字を使って、指先で鉛筆を自在に動かす力、きれいに文字を書く力を養うドリル。1日目に24mmますで練習し、2日目に同じ文字を20mmます、18mmますでより小さく書く練習をすることで、指先を器用に動かす力が身につけられます。

お話を聞いたのは

陰山英男 教育者

1958年兵庫県生まれ。1980年、岡山大学法学部卒業後、教職の道へ。百ます計算をはじめ、「読み書き計算」の徹底した反復学習と生活習慣の改善に取り組み、子ども達の学力を驚異的に向上させた。その指導法である「陰山メソッド」は、教育者、保護者から注目を集め、「陰山メソッド」を教材化した『徹底反復シリーズ』は、総計1000万部の大ベストセラーとなっている。現在、YouTube『陰山英男公式チャンネル』で授業や講演を公開して注目を集めている。

お話を聞いたのは

陰山愛 教育者

立命館大学卒業後、コンサルティング会社を経て、当時陰山英男氏が理事長を務めていた基礎力財団へ。中国政府認定の中国語試験(HSK)運営に携わったのち、計算能力検定や論理文章能力検定の企画・運営を担当。陰山メソッドを次世代へ広げる役割を担っており、2016年に「陰山式スコーラ」を開校。『陰山メソッド 徹底反復 十ますたし算』『十ますひき算』(小学館・2025年9月刊)では中心メンバーとなり制作に携わる。二児の母。

取材・文/黒澤真紀

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