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そもそも「感情リテラシー」って何?
――渡辺先生の著書で初めて「感情リテラシー」という言葉を知りました。これは具体的にどういった能力なのでしょうか。
渡辺先生 分かりやすく言うと、「自分や他人の感情を理解して、それを言葉などで表現したり、適切にコントロール(調整)したりする力」のことです。
例えば、「今日はなんだかイライラしているな」と自分の気持ちに気づくこともそうですし、「あの人、少し元気がなさそうだな」と相手の感情を感じ取ることも含まれます。さらに、その気持ちとうまく付き合ったり、言葉として表したりすることも感情リテラシーの一部です。
――「感情をコントロールする」というのは、怒りや悲しみを我慢したり、抑え込んだりするのとは異なるのでしょうか?
渡辺先生 感情リテラシーでの「調整」は、感情にフタをすることではありません。むしろフタをすることができないと考えています。そもそも怒りや悲しみなどの感情は、もう感じているものであってゼロにはできないですよね。例えば、理不尽なことをされたら腹が立つのは自然な反応ですし、悲しい出来事があれば悲しくなるのも当然でしょう。腹が立ったときに「怒ってはいけない」といっても、怒りは行き場所がなくなって、どこかとんでもない形で出てきたりします。感情リテラシーとは、怒っていることに気づかないまま不適切な行動を選ばないようにする力です。
大切なのは、「今、自分は怒っているんだな」「悔しかったんだな」と気づくこと。そして、その気持ちをどう扱ったらよいかを考えられることです。
例えば、自分が怒っていることに気づくことができれば、怒りに任せて友達をたたいてしまうのではなく、「嫌だった」と言葉で伝えることができます。怒っているのではなく寂しかったんだと思えば、「寂しかったからキツイ言い方になっちゃったの」と伝えたり、あるいは少し時間を置いて気持ちを落ち着かせたりすることもできるでしょう。そうした方法を選べることが、感情を調整する力なんです。

「感情リテラシー」が人とよりよい関係を築くための土台に
――感情そのものをなくすのではなく、感情に気づいてその付き合い方を学ぶということなんですね。
渡辺先生 そのとおりです。むしろ感情を抑え込み続けると、自分でも何がつらいのか分からなくなったり、ある日突然爆発してしまったりすることになりかねません。
私は長年、いじめや不登校、人間関係の問題についても研究してきましたが、その背景に「自分の気持ちが分からない」「相手の気持ちが想像できない」といった課題が見えてくることがあります。例えば、本当は寂しかったり不安だったりするのに、その感情をうまく言葉にできず、怒りとして表現してしまう。あるいは、つらい気持ちを誰にも伝えられず、一人で抱え込んでしまう…。
もちろん、感情リテラシーは、そうした問題を全て解決する魔法の力ではありません。ただ、自分の気持ちに気づいて「助けて」「悲しかった」「悔しかった」と言えたり、相手にも様々な感情があることを理解できたりという点で、感情リテラシーは人とよりよい関係を築く土台になるといえます。
――感情リテラシーは生まれつきの能力ではなく、育てていけるものなのでしょうか?
渡辺先生 もちろんです。リテラシーとはもともと読み書き能力を指す言葉です。言葉や概念が教えられて学ぶものであるのと同様、感情のリテラシーも教えられて育むものです。自他の感情を読み取ったり、適切にアウトプットしたりする感情リテラシーは後天的に何歳からでも伸ばしていくことができます。
今の子どもの「感情リテラシー」が育ちにくい理由とは?
――現代の日本は、この感情リテラシーが育ちにくい環境だと言われているそうですね。
渡辺先生 いろいろな理由があると思いますが、ひとつは感情を表現する言葉を使うことそのものが減っていることですね。
今はSNSやメッセージアプリでのやり取りも増えていて、短い文章やスタンプだけでコミュニケーションが成立する場面が多くなっています。もちろん、それ自体が悪いわけではありません。便利ですし、気軽に気持ちを伝えられるよさもあります。ただ、その一方で、自分の気持ちをじっくり見つめたり、言葉を選びながら表現したりする機会は少なくなっているように感じます。
その最たる例が、「ヤバい」というフレーズ。うれしいときも驚いたときも不安なときも全て「ヤバい」の一言で片付けがちです。こうした言葉は、感情が湧き上がるサインのような言葉で、気持ちを伝えられるところまで解像度が高くないと思っています。
本来、感情というのはそんなに単純なものではありません。例えば、新しいクラスが始まる日なら、「どんな友達ができるだろう」という期待もあれば、「仲良くなれなかったらどうしよう」という不安もあります。運動会の前日、リレーの選手なら、「自分が活躍してみせる」という高揚感がある一方、「バトンを落としたらどうしよう」と緊張しているかもしれません。
感情は白か黒かではなく、いくつもの気持ちが入り混じったグラデーションのようなもの。ところが、それらを全て「ヤバい」で表現していると、自分自身でも本当は何を感じているのか分からなくなってしまうおそれがあります。そういった状況に陥らないためには、自分の心の中にある気持ちを言葉で表すためにバリエーションである感情語彙を増やす必要があると思います。

親の口癖が「ヤバい」はNG! 子どもの感情語彙を増やすためには?
――子どもの感情語彙を増やすために、親ができることはありますか。
渡辺先生 まずは親自身が感情を言葉にするのが自然で効果的だと思います。
親は子どもにとって最も身近なロールモデルです。例えば、「今日は晴れ渡ってすがすがしいね」「雨が続いてうっとうしいね」など、何気ない言葉を家庭で交わすだけでも、子どもは少しずつ感情表現を学んでいきます。逆に、雨でも晴れでも、お父さんお母さんが「天気ヤバいね」で済ませていては、子どもの感情語彙も広がりようがありません。
――たしかに「ヤバい」は大人でも口癖にしがちかもしれません。
渡辺先生 そうなんです。私は講演会などで保護者の方に、「2分間で感情を表す言葉をできるだけたくさん書いてみてください」とお願いすることがあるのですが、意外と途中で手が止まってしまう方が多いんですね。それだけ私たちは普段、自分の感情を細かく言葉にする機会が少ないのでしょう。
もちろん、うれしい、悲しい、ムカつくといったシンプルな表現を使ってもよいのですが、より解像度を上げて、誇らしい、ワクワクする、切ない、もどかしい、気恥ずかしいなど、複雑で繊細な感情の機微を表すのにより適した言葉がないか模索して口に出してみてほしいと思います。
読み聞かせは感情リテラシーを育む好機! ただし注意すべき点も…
――感情リテラシーを育てるために、絵本の読み聞かせや読書は役立つのでしょうか。
渡辺先生 はい。書物からは感情を表す多彩な表現を学ぶことができます。さらに、登場人物の立場になって考えることで、自分とは違う感情や価値観に触れることができるという点でも、感情リテラシーを育むのに効果的です。
――読み聞かせのあとに、「この子はどんな気持ちだったと思う?」と聞いてみるのもよさそうですね。

渡辺先生 そうですね。ただ、「感情リテラシーを育てなきゃ」と躍起になって、たくさん本を買い与えたり、忙しく読み聞かせをしたりするのはあまりおすすめできません。というのも、そういう親の魂胆は意外と簡単に子どもに見透かされてしまいますから。
例えば、赤ちゃんの寝かしつけでも、お母さんが忙しかったり疲れていたりしているときに限って、なかなか寝ついてくれない…なんて経験のあるかたは多いのではないでしょうか。「早く寝てほしい」というお母さんの焦りが声のトーンや背中をトントンする指のテンポにあらわれて、ネガティブな感情が子どもに伝染してしまうのかもしれません。
同様に、絵本の読み聞かせでも、親に何かを教えこもうとする意図があると、子どもは身構えてしまい、絵本から何かを感じ取るアンテナが弱まってしまうおそれがあります。教育的な効果に過剰な期待を寄せず、親子のスキンシップや、一緒に物語を楽しむこと自体を目的としてください。その中で、「この場面、悲しかったね」「私はうれしかったな」など、自然に感想を話し合うだけでも十分です。
子どもの気持ちを否定しない! それが感情リテラシーを育む第一歩
――子どもって、大人が思いもよらない反応をするときもありますよね。例えば、悲しい場面のはずなのに大笑いしちゃうとか…。
渡辺先生 子どもが大人の感覚とは合わない感想をもったとしても、「ここは笑う場面じゃないよ」などと頭ごなしに否定するのではなく、「そういう感じ方もあるんだね」と受け止めたり、「どういうところが面白いと感じたの?」と子どもの言葉に関心を向けたりしてあげてほしいと思います。
これは、絵本の読み聞かせに限ったことではありません。例えば、お散歩中に子どもが犬を見付けて「ワンワン!」と言ったら、「そうだね、ワンワンだね」と受け止めてあげる。親はつい、「あれは柴犬だよ」「何色だった?」などと知識を教えたり、会話を広げようとしたりしがちですが、まず大切なのは、子どもが「見て!」と差し出した話題に関心を向けることなんです。
「自分の見ているものを一緒に見てもらえた」「自分の感じたことを受け止めてもらえた」「自分が関心を持っていることに関心を持ってもらえた」という経験は何にも増して幸せなことです。こうした経験を重ねることで、子どもは「自分の気持ちは大切にしていいんだ」「自分の存在は大切にされている」と感じられるようになり、自己肯定感につながっていきます。
そうした日々の積み重ねこそが、自分の感情を理解し、相手の気持ちにも寄り添える「感情リテラシー」を育てていくのです。
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親にできることは、特別な教材を用意したり、難しいトレーニングをしたりすることではありません。日常生活のふとした瞬間に、子どもの表情を観察し言葉に耳を傾け「そうなんだね」と気持ちを受け止めること。その何気ないやり取りの積み重ねが、子どもの豊かな心を育んでいきます。
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お話を聞いたのは
大阪府生まれ。教育学博士。専門は発達心理学、教育心理学。1983年筑波大学卒業、同大学大学院博士課程で心理学を学んだあと、筑波大学、静岡大学を経て、現在、法政大学文学部心理学科教授。同大学大学院ライフスキル教育研究所所長。途中、ハーバード大学教育学研究科、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で客員研究員。
主な単著に『子どもの「10歳の壁」とは何か?――乗りこえるための発達心理学』(光文社新書)、『感情の正体――発達心理学で気持ちをマネジメントする』(ちくま新書)、『怒っている子どもはほんとうは悲しい「感情リテラシー」をはぐくむ』(光文社新書)、監修に『よくわかる発達心理学』(ナツメ社)、編著に『ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)――非認知能力を育てる教育フレームワーク』(福村出版)、『中学生・高校生のためのソーシャルスキル・トレーニング』(明治図書出版)など多数。
この記事を書いたのは
成人までの人生を受験勉強にささげた結果、東京大学文学部卒業。その後なぜか弁護士になりたくて司法試験に挑戦するも、合格に至らないまま撤退。紆余曲折の末、2010年よりフリーライターの看板を掲げています。