「戦争を知らないままなら、本当にどうなるのだろう」西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』は“名もなき子どもたち”が主人公。親子で鑑賞し戦争について話すきっかけに

8月は原爆の日、そして終戦の日があり、子どもと戦争について話すのにいいタイミングです。10月16日公開の映画『わたしの知らない子どもたち』は、戦後の日本で家族を失い、社会からこぼれ落ちた子どもたちが主人公。どこにでもいた一人の少女が戦争によって変わらざるを得ず、過酷な状況に巻き込まれていく姿は胸が痛み、深く考えさせられます。制作のきっかけ、そして本作で伝えたかった思いを、西川美和監督に伺いました。

自分が受けたものでないところを想像することでしか戦争は食い止められない気がする

――本作は、西川美和監督が原案・脚本・監督を務められました。戦争を描いた映画は初めてとのことで、製作のきっかけを教えてください。

西川監督 前作『すばらしき世界』の制作過程で、戦後の日本で確実に生きていたが、存在も名前も知られていない “名もなき子どもたち”、のことを知ったのがきっかけです。前作では予算や映画の長さも含めて描ききれなかったので、もう一度しっかり調べて、考えてみようと思いました。

「わたしの知らない子どもたち」西川美和監督インタビュー

――戦争が題材ですが、ご自身が広島ご出身であることも影響されましたか?

西川監督 れまではむしろ避けていました。映画を撮るたびに、広島出身ならいつかヒロシマを描くんですよね、と地元の新聞社や放送局に捉えられることもあって、「なぜ被爆地や沖縄の作り手だけが戦争の語りべとなる役目を期待されなきゃいけないんだろう。私は戦争を知っている世代でもないのに」と、抵抗感がありました。また、被爆地出身の戦後生まれの作り手が、実際に被爆体験を持つ世代と同じ怒りや悲しみの感情で戦争を語ることには、限界があるとも思っていました。

ですから、今回自分が関心を持った題材がたまたま戦争の後の子どもたちで、おのずと戦争のことも描くことになりましたが、自分に近しい被害の語りから離れる意味でも、広島とは遠い地域にしたんです。

広島以外の空襲被害について、私がいかに知らないことが多いか。広島生まれの人は広島の原爆のことは知る機会が多いと思いますが、では東京で、沖縄で何があったか、長崎の原爆がどうだったのかを学ぶことは決して多くはないと思います。

でも、そういうことなんですよね。自分が受けたものでないところを想像することでしか戦争というものは食い止められない気がする。なので、東京の設定にしてみようというふうになりました。

これなら子どもに見せてみようと思えるものを目指したい

――戦時中そして戦後が舞台でしたが、大人の事情で子どもが振り回される構図は、子どもを持つ親としては辛いところもありました。監督が伝えたかった思いをお聞きしたいです。

琴子の担任教師の曽根文美子役を演じる二階堂ふみさん。文美子もまた戦争に振り回され、葛藤を抱えながら生きてた。©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

西川監督 まさに、戦争ものは辛くて見られないという話をよく聞きます。特にお母さん世代で子どもが生まれたばかりだと、余計に子どもが痛い目にあっているのが辛すぎると。

そういう話を聞くと、脚本や制作途中に気持ちがくじけそうになりました。実際そうだよなって。だけど、知らないままなら、本当にどうなるのだろうという気持ちもあって。

嫌がる子どもを引っ張ってでも戦争映画や原爆資料館に見に行かせろとは思いませんが、この国に何が起きてこうなっているのかを子どもに見せない、その子どももさらに知らないとなったら、戦争なんて全く怖いものではなくなるし、何が起きても文句は言えなくなるのではないかという、非常に悩ましい思いはありました。 見るのが辛い気持ちをわかりつつも、それでもなんとかお母さんに見てもらいたいし、お子さんがある程度ものがわかるようになったときに、これなら子どもに見せてみたいと思えるものを目指したいと、考えてやっていました。

子役の5人を中心に資料館やアニメ映画でどういう時代だったのかを勉強していた

――主演の⼩⼋重葵美さんをはじめ、どの子どもたちも印象的で心に残っています。キャストはオーディションで選ばれましたか? オーディションの際、決め手となった部分を教えてください。

主人公の琴子は、音楽家の父のもと、ピアノが身近にある暮らしだった……。©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

西川監督 子役は全員オーディションです。葵美ちゃんは、顔を見た瞬間、琴子役に満場一致で決まりましたね。オーディションではお芝居をして、劇中にも出てくる子守唄を歌ってくれましたが、歌声も素晴らしかったです。

この役はとっても難しくて、ほかの子ではハマらなかったんです。琴子の根っこにあるものと演じる子のなかに太い共通点がないと、できない役だと感じました。

葵美ちゃんは普段は琴子よりも静かな、素敵な女の子ですが、頑固な自我や、強さ、そして「私はわたしなんだ!」という、流されないようなところが共通していたと思います。

アコーディオンもピアノもゼロから9か月ぐらい練習して、劇中では水のなかに沈んでいくし、ありとあらゆることをやらなければならない役でした。それでも練習をサボったり、もうやりたくないといったりすることは全然ないんです。挑戦するという感じで、静かに積んでいける強い子でした

――現代を生きる子どもが、当時の情勢や価値観を理解しないと、あそこまでの演技ができないのではないかと感じました。どのような演技指導をされましたか? 難しさを感じたところはありましたか?

西川監督 そうですね。親御さんたちも戦争を経験した世代ではないから、身近ではありません。

だから、子役の5人を中心にどういう時代だったのか、東京で何が起きたのかをみんなで勉強しましょうっていうことで、20代、30代の助監督さんたちと資料館に行ったり、アニメ映画を見て感想を言い合ったり、実際に孤児の体験をされた方のお話を聞いてみる時間も過ごしていました

どう思ったかはそれぞれだと思いますが、葵美ちゃんは自分から広島の原爆資料館に行っていましたし、図書館でも関連する本を読んでいました。

子どもたちは子どもたちなりに、この時代設定の役をやらなければならない重たさを感じ取っていたと思います。

――着る物、履く物から違いますよね。

西川監督 下駄は、現場でいきなり履いても走れないので、あらかじめ買って事前に何か月か歩いてほしいとお願いもしていました。

「わいわいやってね」なんてアドリブをお願いしても言葉遣いが現代とは違うので「マジ〇〇」とか「ガチ〇〇」とか言葉が出ちゃうこともあって、そのたびに止められて、子どもたちは難しかったと思います。

葵美ちゃんはさらに女の子であることを隠している役柄なので、助監督のお兄さんのあぐらの姿勢を真似たり、大人の俳優さんが言ったテープを聞いて乱暴な言葉遣いをしたり、大変だったと思います。よく頑張りましたね、子どもたちは。

琴子は同じように家や家族を失った少年たちと出会い、行動を共にするように。©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

――撮影は完全な順撮り(シナリオの順番通りに撮影を進める方法)ではなかったそうですが、物語が進むにつれて、子どもたちの表情に変化があるように思いました。撮影自体でも子どもたちの成長を感じることはありましたか?

西川監督 すごく感じました。3か月ほどの撮影期間でしたが、たしかに葵美ちゃんは顔つきがどんどん変わっていったというか、カメラマンも「顔が最初の頃と違うな」と言いながら撮っていましたね。

撮影が終わっても男の子たちは声が変わっていくから、それを活かすために撮影期間のあとにアフレコをしました。撮影の半年後に呼んだときは、撮影時よりもセリフの解釈度合いがずいぶん高くなっていて、子どもってすごく成長するんだな、それを大人たちは間近で見せてもらえるものなのだなと思いましたね。

生き抜こうと踏ん張る子どもたちだけでなく、その周りにいる大人たちの後悔を撮りたい

――二階堂ふみさん演じる曽根文美子という先生も戦争に翻弄され、複雑な立場として描かれます。子どもだけでなく大人の視点も組み込んだのには、なにか意図はありましたか?

西川監督 子どもたちが過酷な中でもなんとか生き抜こうと踏ん張る姿を描きたいのと同時に、その周りにいる大人たちの後悔を撮りたいと思っていたんです。

一人一人が、もっとこうすればよかったんじゃないか、自分たちに何かできたのではないかと思うような表情をしていると思いますが、その後悔と同時に、少しずつ手を貸してくれる大人たちがリレーされてラストにつながっていきます。

本当は、そんなに生易しいものではなかったはずですし、放置する大人たちがいたからこうなったのでしょうが、大人たちのうっすらした後悔と、少しずつ差し伸べることがつながっていくことも含めて、観客に伝わってくれるといいなと思っています。

――手を差し伸べてくれる大人がいることが救いのように感じました。

西川監督 子どもにしてあげる大人の姿がよく撮れているなと自分でも思いましたし、役所広司さんと田中裕子さんのシーンは私もとても好きなので、そういうところを大人の観客が感じてくれるといいですね。

監督が好きなシーンと語った海苔漁師の山井夫妻とのシーン。妻を演じたのは田中裕子さん。©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

――監督ご自身が完成した映画をご覧になって、どんな感想を持ちましたか?

西川監督 これは内輪の話ですが、全てのパートの総力が結集した映画になっていると思いました。俳優だけがうまければいいということではなく、多くの俳優やエキストラを支えたのは助監督だったり、衣装を集めた衣装部さんだったりしたと思います。

セットを細かく作った美術に対してVFXチームが背景を作ってより奥行きのある世界観を作っていましたし、それを撮影したのは現場のカメラマンやライティングチームで、全てのパートが力を合わせながら作れた映画になりました。

――最後に、子どもを育てているパパやママにメッセージをいただけたらうれしいです。

西川監督 本作は12歳以下のお子さんでも、保護者の許可があれば見られる作品です。

まずはご自身で見に行って、お子さんに見せてもいいなと思ったら、2回目はお子さんとぜひ来てほしいです。

戦争のことを伝えるいい映画はたくさんあって、なにかを伝えなければいけないけれど、なにを見せたらいいかわからないと、親御さんなら思われますよね。そういう意味でも、これなら見せてみようかなと思っていただけたら、一緒に鑑賞し、その後は戦争について話をするきっかけになったらうれしいです。

――本日はありがとうございました!

戦後の日本で家族を失い社会からこぼれ落ちた子どもたちを描く

あらすじ

あの日を生きた子どもたちの煌めきーその時代を生きた誰もが、未来をつないでいた。
1945年、終戦。音楽家の父のもとで育ち、ごく普通の暮らしを送っていた12歳の少女・茅野琴子は戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京で、たったひとり生きることになる。
女性であることが生きる危険につながる現実を知った琴子は、少女という性を隠し、少年として生きることを決意する。
やがて将吉をはじめ、同じように家や家族を失った少年たちと出会い、「吉田茂男」と名乗って彼らと行動をともにする。闇市を束ねる菊沢組の親分・菊沢徹から仕事をもらい、ともに支え合う仲間との日々は、戦後ひとりぼっちだった琴子が初めて見つけた「居場所」となっていく。
一方、担任教師だった曽根文美子もまた、敗戦によるイデオロギーの転換と、婚約者を失った中で教師としての誇りも生きる意味も見失っていた。しかし、父の友人から「琴子を探している」という知らせを受け、琴子を探す旅に出る。曽根もまた、自らも失っていた人として生きる意味を少しずつ取り戻していく。
やがて子どもたちは東京湾上の孤島の隔離施設へ送られる。そこでの過酷な環境の中で生かされている子どもたちの実態を知った新聞記者・諸積は、脱走すると決意する琴子たちを海苔漁師・山井甚平と妻・けいへ託す。山井夫妻は、突然現れた子どもたちを煙たがりながらも生きる術を教えながら、その命を明日へとつないでいく。
これは、戦争によって人生を変えられながらも懸命に生きた子どもたちの命の輝きと、その命を信じ、それぞれの選択で未来へつないだ人々の姿を描く物語。

『わたしの知らない子どもたち』作品情報

2026年10月16⽇(金)全国公開

出演者
小八重葵美 二階堂ふみ
坂東龍汰 櫻井海音 花瀬琴音 
羽山由一郎(*) 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた
北村有起哉 吉田 羊 竹野内 豊
岡田准一 / 田中裕子 役所広司
(*) 「羽」は正しくは旧字体

原案・脚本・監督: ⻄川美和
⾳楽: 原摩利彦
撮影: 笠松則通 照明: 宗賢次郎 ⾳響: ⽩取貢 特機: 上野隆治 美術: 三ツ松けいこ 装飾: 須坂⽂昭 
⾐裳デザイン: ⼩川久美⼦ ⾐裳: 岩﨑⽂男
ヘアメイクデザイン: 酒井夢⽉ スクリプター: ⽥⼝良⼦ 編集: 菊池智美 ⾳響効果: 北⽥雅也 
キャスティング: ⽥端利江、⼭下葉⼦
助監督: 中⾥洋⼀ 制作担当: ⼭内遊 VFXスーパーバイザー: 上⽥倫⼈、髙橋正紀 ⾳楽プロデューサー: 杉⽥寿宏 ラインプロデューサー: 横井義⼈
製作: 紀伊宗之 プロデューサー: ⼩出⼤樹、伊藤太⼀
製作・配給          K2 Pictures
共同製作              AOI Pro.
企画       分福
制作プロダクション          AOI Pro.
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

URL      公式ホームページ https://k2pic.com/film/wsk/
公式X https://x.com/wsk_movie
公式インスタグラム https://www.instagram.com/wsk_movie

この記事を書いたのは

長南真理恵 ライター

子育てや教育、エンタメにまつわる方々への人物インタビューを多く取材・執筆。大人はもちろん、子どもたちから話を聞くのも好きです。3兄弟を育てる母でもあり、同じように子育てに向き合っている方たちが共感できたり、悩みや困りごとに寄り添えるような記事を発信しています。

撮影/五十嵐美弥

編集部おすすめ

関連記事