【柴田愛子さん×木村泰子さん】子どもに自己肯定感を育める親になるために必要なこと

「愛子先生のお悩み相談室」でおなじみの柴田愛子さんと、映画「みんなの学校」の実践で全国に知られた大阪市立大空小学校の初代校長の木村泰子さんが、「子どもの今」を巡って熱く語った対談集『保育も教育も「教える」から「学び」に変わらなきゃ』が刊行されました。常に子どもに寄り添う現場人でありつづけるお二人の、子育てを語るうえで関心の高いテーマである「自己肯定感」についての語りを、書籍から構成してお届けします。

自己肯定感を育てたいと思っている親は多いけど…

泰子 自分のことは自分で決める。これでしか自己肯定感なんかつけへん。人にやらされて、褒められても自分でやったことちゃうし。やっぱり主体性が育っていないと伴わないもの。当事者性ってさ、すべての物事を自分ごとに置きかえることができるかや。目の前に困ってる子がいて、その子がどうして困っているかを自分ごとに捉えるから、人とつながって社会変えていけるわけやんか。主体性と当事者性がなかったら、自己肯定感は育たない。  

愛子 私はね、赤ちゃんで自己肯定感が低い子はいないと思うのね。だって、オギャーって生まれて、泣くっていうのとおっぱい吸う、これしかできない。周り中全部振り回してさ、お腹すきましたよ。おむつですよって。あれこそね、自己肯定感100%を超えてると思うんですよね。  

泰子 主体性も100%やろ。自分が思ったことそのままやってんねんから。  

愛子 生まれたときの原型が最も生きる力を持っているのが人間だからね。だいたい3歳ぐらいまでのわがままぶりは、天下取ってると思うね。それが、社会生活をする上でどんどん削られていく。結局自己肯定感が低いっていうのはね、自分に対しての評価が低いってことじゃない。  
 それはわがままを忘れちゃうからのような気がするのよ。だから自己肯定感って周囲の評価でつく力ではなく、自分で自分を好きになる力って私は思ってる。だから自己肯定感が低いってみんな言うけど、それって、あなたは自分のことがお好きですかって問い直せるんじゃないかしら。 

泰子 本当に他者評価が高いと自分が好きになれるっていうのは、これもう侵されているね社会に。

 子どもは、学校での評価が自分の評価だと考えてしま

愛子 自分が好きっていうことはすごく大事な柱なのに、みんなそれが周りの評価とか社会性とか削られてしまった状態なのよ。だからね、自己肯定感が高いですって自分で言える人って社会の中にいないんじゃない私は思うけど。  

私、小学校のとき、すごく自己肯定感は低かったと思うよ。だって成績はパッとしないしさ、ものは言えないしさ、少食でごはん食べられないしさ。だから私なんてダメなんだって思ってた。でもそういう時期ってあると思うんですよ。 

ウチは学校の成績をどうこう言う家庭ではなかったのよ。 でも私ね、5人兄弟の末っ子で、いちばん成績が悪いわけですよ。それを母が40歳のときの子だからカスができたんだって思ったのね。それでね、ごはんをおかわりするのが恥ずかしいと思ったの。私は食べたごはんが頭に回っていかない、と。自分でそういうふうに思い込んだわけですよね。自分で思っただけで、口にはしてないのよ。でも、学校での評価が、自分の評価だって考える時期ってあると思うのよ。  

泰子 それが教育の悲惨やね。  

愛子 それで小学校のときは、私は食べたものが頭には回っていかないからおかわりをしたら悪いって思ってた。でも、家の中では自己主張は強かったの。それが一歩外に出したら自己肯定感なんて何にもないのよ。 家の中では、自分の言いたいことは絶対言う、やりたいことはやる。だから芯は家で育てられてると思うんだけどね。 

4年生のとき、地区の合唱コンクールがあって、1クラスで5人出るわけ。先生が勝手に選んだ5人の中に私が入ってたんですよ。私、音楽が割と好きだったからね。で、「合唱コンクール出てほしいと思うけど、いいですか」って聞かれたの。「私は嫌です」って即座に答えた。そうしたら先生は「じゃあ柴田さんが嫌なので、柴田さんの代わりの人はやりたい人の中から決めましょう」って言ったのよ。で、「じゃあ出たい人」って先生が言ったとき、私、手を挙げたんですよ。  

全然自分で抵抗してやるとか意識はないけれど、絶対的な権力に対しては抵抗する気質があったってことだと思う。私にとっては勝手に決めて出てくださいっていうのが嫌だったんだよね。 そのとき、なんか家庭の中でつけられた価値観って、もう無意識のうちに育ってるんだと思ったのよね。 

自分で評価できない社会の中での自己肯定感はすっごい低かったけど、だけど自意識とか主体性に関しては強かったんだよね、きっと。  

自分のことを決めるのは自分」という軸を子どもに育てる

泰子 でも、それって自己肯定感めちゃくちゃあるっていうことやと思うよ。 自己肯定感がなんで日本人は低いかって言ったら、 出る杭は打たれる謙遜社会やからやねん。常に自分はしゃしゃり出るな「いやいや私は…」って言って和が保たれる。 

先生がどんな評価しようと自分のことを決めるのは自分やでっていう、子どもにこの軸が義務教育の9年間で自分なりについてたら、誹謗中傷されようとも、自分のことは自分が決められる。  

この力を大空小は6年間で「見えない学力の4つの力」(人を大切にする力・自分の考えを持つ力・自分を表現する力・チャレンジする力)として上位に置いたから子どもはみんなできるねん。今の大人はみんな他者評価で大人になってるよ。  

私は義務教育のときに褒めてもらった記憶一回もないから。勉強は全然せえへんかったし、反抗的な態度には出えへんかったにしても、この子はみんなと合わせへんとか、私はこんだけしてあげてるのに、私の方を向けへんとか、そんなふうに先生思ったかわからへん。  

子どもにとって、信用のできない大人とは

愛子 子どもって結構冷静に見てるからね。5年生の夏休みに、本棚を作る宿題があったんだよね。私全然興味なくて、うちの兄が大工仕事が好きだったからさ、兄が作ったのよね。それをね、私は平気で持ってったのよ。そうしたら先生がね、私の手を取って「見てください。こんなに細い手で柴田さんはこんなにりっぱな本棚を作りました」って言ったの。私、もうすっごいひょろひょろの細い子だったからね。なんだ、先生、全然わかんないんだなと思ったの。先生だませるじゃんって。そうするとその先生はもう信用できない人になっちゃうのよ。  

泰子 ああ、なるほどね。全然違う人生歩いてるのに、私も同じことがあってんけど。中学校の家庭科の授業で浴衣を縫う授業があってんで、私なんか飛び跳ねているお転婆やったから浴衣を縫うなんてできん。母が甘やかしてずっとしてくれて、それを提出したら先生は「みんなコスギさんの浴衣はすごい」って言ったのよ。そのとき思った。評価ってこんなもんかって。 

愛子 そうなのよ。だから結構子どもって冷静に見ているもんよ。例えば、体育でマットだと評価が高いけど、鉄棒のときできなかったら平気で評価が下がる。その子自身の本当の評価ではないと思った。そのとき先生の教えたことができたかできないかで成績って変わるんだと思ったのね。  

自分の評価は自分がする。そのためには通知表はいらない 

泰子 素晴らしい教師やったら子どもに力がつくって言われてきた。これまでの当たり前や。そういう先生が当たりやん。そういう指導力持ってない人間がハズレってなるんやけど、このとき、本当に子どもが育つのは「どうしたら鉄棒はできるようになるか、ちょっとあんたらでやりいやん」って言って、子どもらみんなで工夫して「できたー」ってなったら、子どもらの自己肯定感が上がる。できなかったことができたことがすごいうれしいとか、あの人の力を借りたからできたとかさ。そういう内面的な育ちではなく、技術的な育ちだけで評価しているのが今の教育。  

騙されるのは子ども。先生の評価が高かったら、自分はよくできたいい子やって思わされる。そうやって褒められて、評価されて大人になって、うまくいけへんかったらみんな落ち込むやろ。だから常に自分の評価は自分がする。だから、いちばんなくさなあかんのは通知表。  

愛子 そうね、そう思うわ。  

泰子 私がまだ大空で現役に行ってた頃はやっぱり通知表はありきやってんやんか。でもみんなで、先生が評価するってどうなんやろうなって疑問を持ってた。テストで90点、100点の子はA 、 60点から80点までの子はB、 50点以下はC。でも0点の子がさ20点になったったら本当はすごいやろ。 

愛子 通知表なくすことって可能なの? 

泰子 可能。だって校長の裁量がすべてだから。通知表なしにしても問題ない。でもな、通知表なくしたら、保護者が、なんでうちの子こんないい成績やのに他の子と一緒なのはなぜ、みたいになる。クレームがいっぱい来るやろ。すべての保護者を納得させるものが学校になかったらあかん。 

自己評価をする通知表を作った大空小学校

泰子 開校して4年目から、従来の通知表とは別に、自分の学校を作るための「4つの力」は自己評価やから、自分のことを自分で決める通知表を作った。1学期間、この「4つの力」はどれだけ自分がバージョンアップして、この学校をどう作ったかっていう評価は、教師たちにはできない。自分にしかできひんねって。そこから毎学期の通知表は2つにした。 

自分が「4つの力」をどれだけつけてアップデートしたかっていうもう1枚の通知表は、1年から6年まで、それぞれ自己評価すんねん。 

この力はこうでこうでって全部自分で書く。この自分の作る自己評価の通知表と先生がつける通知表。それを学期の終わりに、教師がつける通知表はまあ適当に見んでって渡してるわけ。自己評価の通知表は、大人がここから学ばなあかんねん。子どもが、ここはこうやったけど、このときにこんなことを自分が言えたって、自分ってすごいなって。力がついたなと思った、とかな。みんな自分の言葉で書いてるやろ。それは私たちが見えないとこ。「見えない学力」やから。 

「自分で決める」は「自律」への第一歩 

  愛子 「りんごの木」に来てる子のお姉ちゃんが私立中学に入ったのよ。それはどちらかというと親の希望だった。親は将来を考えて学力をつけようと思ったんじゃない。それでちょっと遠いんだけど、私立に入ったわけよね。だけど行きたくなくてちょくちょく休んだりする。その子がね、どういうわけか私に相談をしたいって言ってきたの。 

その子、学校がなんか気持ちが重いって言う。好きな先生がいるのって聞いたら、いるって言う。あ、そうなんだ。どんな先生が好きなの、お友達がいるのって聞いたら、いるって言う。だけどなんか嫌なのねって言ったら、そうって言うのね。いろいろ話を聞いててね「あなた自由が欲しいんじゃない」って言ったのよ。 

 「辞めたい気持ちがどのぐらい」って聞いたら6割って言ったのね。「そうか、気持ちが7割か8割にならないと後悔することになるから、自分が辞めたい気持ちがどのぐらいになるかっていうのをもうちょっと測りながら行きなさい」って言ったのね。で、結局やめて近くの公立中に行くことになった。 

その子のお母さんが、「自分自身、親がある程度までレールを敷いてくれたから、どう動いてもいいように学歴を積んでいくところまでサポートするのが親の務めだと思ってた」って言ったの。だけど、私は「それであなたは不満ではなかったけど、あなたの子の生き方は違うってこと。でも、今度は自分で決めたから大丈夫よ」って言ったんだけど、その後、連絡があって、机の上に「自分で決めた」って書いてあったんだって。そしてだんだん中学校が楽しくなってきちゃって、この間、弁論大会に出て優勝したのよ! 子どもがどうしたいかっていうことって、親は気づかないよね。 

泰子 それが「自律」。自分で決めたら自分の責任も負う。人のせいにしない。これって幸せ。これだけやん。 

挫折をしても、自分軸ができていれば子どもは必ず立ち上がれる 

愛子 ユウキっていう、ケンカっ早くて、正義の味方って感じの子がいて、「勉強なんてね、好きなやつはいないんだよ。でも、なりたいこと、やりたいことがあるから勉強するんだよって。僕、勉強する」って言うからね「あんた、なりたいものがあるの?」って聞いたら「入りたい学校がある」って言うの。

当時新しくできた地方にある中高一貫校。そこは、宇宙とか航空学を学べるって。彼は宇宙飛行士になりたいという夢があったのよ。で、頑張ってめでたく入ったのね。 

その子はムキになるタイプで、私はそれを気性ぐらいにしか思ってなかったんだけど、高校1年のとき、担任の先生から「お前には障害がある。診断を受けてこい」って言われてきたわけよ。そして、発達障害の診断をされたのね。確かにキレやすくてムキになるのよ。それを高校生だからインターネットや何かで調べたわけよ。

調べた中に、そういう障害は幼児のうちに訓練して治療すれば治るっていうのが出てきた。そこからね、「りんごの木」に行ったことを攻撃し始めたわけよ。違うところに行っていたら、そこでちゃんと訓練を受けていたら、治っただろうって思っちゃった。 

泰子:その情報を信用する? 子どもは信用するやろうな。 

愛子:行きたくて行った学校だったから、すっごいショックだったんだよね。それで結局学校を辞めてきたわけ。それで「お前がりんごの木なんて選んだからだ」ってお母さんに暴力振るって、家の中も大変な騒動になっちゃったのね。でも、高3になる前かな。会いたいって言ってきて、同期の子と一緒に「りんごの木」のキャンプに来たのね。そして、私はその子がどんな魅力的な子だったかっていう話をしたのよね。同期の子たちとも、こんなことあったよね。あんなことあったよねって。あんまり覚えてないって言うから、キャンプから帰ってきてから、その子が出ていたミーティングを記録したDVDと「あなたはとても素敵な子だったよ」っていう手紙を送ったの。 

その子が今19歳になって、この間、同期の子どもたちと遊びに来たのね。みんながね「ユウキは変わったよ。なんかかっこよくなったよ」って言うのよ。その子が私のところに来て「僕ね、今はりんごの木でよかったって思ってるよ」言いに来てくれたのよ。穏やかないい顔になってね。もう、すっごいうれしかった。 

私たちが良しと思っていることを子どもに全力投球するじゃないですか。でも、それと社会のギャップがどこかでぶち当たる。それが高校生で来るか、大学で来るかわからないけれど、でもぶち当たって折れていった子はいないんだよね。挫折感は味わうけれど、そこからやっぱり自分で立ち上がる力を持ってる。 

泰子:社会が真逆やから。多様性を認めろって言ってるのに、社会の流れはみんなで一緒のことやることが多様性と思ってる。いやでもすごい話やな、今のは。 

愛子:本当に良かった。ユウキ、顔が違ってたもん。 

泰子:そうやね、やっぱりね、その子の19年間ってすごい大きな学びやろ。世間の人は、「みんなの学校」みたいな小学校を卒業して中学に行ったら理不尽なことがいっぱい待ってて中学校に行けなくなるんじゃないんですかって言う。それは、じゃあ行けなくなったらあかんから、小学校も中学に準じて画一的なことやりなさいっていう意図やろ。 

画一的な幼児の保育をしなさいって言ってることと全く一緒。子どもが幼児期と小学校の六年間で、自分軸を持っていたら、どんなところに行って挫折してもやっぱり必ず復元する。 

愛子:うん、そうだよね。 

泰子 一人の人との出会いっていうか、考え方に出会うことで、自分が見えてくる。だって納得するやん、みんな 。それは愛子さんの原点が子どもにあるからやん。  

愛子 幼児教育のいろんなところから頼まれて講演するじゃない。で、終わってから、「柴田先生は、モンテッソーリですか?シュタイナーですか?」って聞かれたりするわけ。そのときの私の答えは「いえいえ、私は柴田愛子です」なの。 

泰子 それ最高! 

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柴田愛子 「りんごの木」代表

保育者。私立幼稚園、会社勤めを経て、1982年「りんごの木」を発足。「子どもの心に添う」が、保育の基本姿勢。保育の傍ら、講演、執筆、絵本作りと様々な子どもの分野で活躍中。Hugkumでは、連載「愛子先生の子育てお悩み相談室」でおなじみ。

木村泰子 大空小学校初代校長

2006年に開校した大阪市立大空小学校の初代校長。全教職員・保護者・地域の人々が一丸となって「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力。その実践は映画「みんなの学校」(2015)となった。現在は、全国各地に講演活動で飛び回る日々を送る。

柴田愛子・木村泰子 小学館 2100円+税

徹底的な現場主義の二人が、不登校、発達障害、自己肯定感など「子どもの今を取り巻く問題」を、保育と教育の垣根を越えて語る熱烈ホンネ対談。「すべての大人は子どもに学ぶべき」という共通の信条の背景には、お二人がそれぞれ保育者、教育者として刻んできた道筋がありました。

構成/HugKum編集部 写真/繁延あづさ

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