【発達障害の子育て】同じ診断でも困りごとは違う! 3人の子どもを育ててわかった、それぞれに必要なサポートとは《外科医ちっちさん&看護師はっはさんに聞いた》

「発達障害の子どもには、こう接するといい」「学校にはこう対応してもらうべき」。我が子が発達障害かもしれないと思ったとき、様々な情報やアドバイスが目に入ります。でも、同じ発達特性があっても、困りごとや必要なサポートは一人ひとり違います。

SNSやブログで子育てについて発信する外科医の「ちっちさん」と、その妻で看護師の「はっはさん」には、高校2年生の長女、中学3年生の長男、小学5年生の次男の3人のお子さんがいて、それぞれ発達特性があります。3人の子育てを通して見えてきたのは、「発達障害だからこうする」という一つの答えではなく、その子自身を見ながら、そのとき必要なことを考えることの大切さでした。今回は、3人のお子さんとの具体的なエピソードを中心に、お話を伺いました。

同じ診断が付いても個性の表れ方は三者三様

――まず、3人のお子さんは、それぞれどんな個性をお持ちなのでしょうか?

ちっちさん 3人とも全然違いますね。長女はASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、DCD(発達性協調運動障害)の診断があり、マイペースな性格の読書家。普段はおとなしいのですが、自分の興味のあるジャンルでは多弁になることもあります。苦手なことは運動と整理整頓などです。

長男はASDとADHD。長女とは対照的に運動が大好きな反面、勉強は苦手で診断はないもののLD(学習障害)の傾向ありです。また、こだわりが強く、思い通りにいかないと感情のコントロールが難しいことがあります。

次男は、ASD、ADHD、LD。幼稚園の頃から集団で長時間過ごすことが苦手で、不登校の経験があります。第三者から見ればいちばん困り事があるように見えるかもしれません。

次男が不登校に! 悩んだ両親が下した決断とは?

――次男さんの不登校について教えていただけますでしょうか?

はっはさん 幼稚園の頃はちょうどコロナ禍で登園する人数が少なくなった時期だったので、何とか通うことができました。ただ、小学校の通常学級は本人にとって負担が大きかったようです。1年生の秋頃からだんだん行けなくなり、ぜんそくで休んだことをきっかけに、そのまま戻れなくなりました。

ちっちさん 休むこと自体は、僕たち夫婦はそれほど問題視していませんでした。むしろ無理して行くくらいなら、開き直って休んでくれたほうがいい。

いちばん困ったのは、本人が学校に行っていないことへの罪悪感とか、「このまま行かなかったら自分はどうなるんだろう」という不安がすごく強かったことです。一時期は、まともに会話すらできず、一日中、怒っているか寝ているか泣きながら食べたいものを訴えてくるか…。そんな荒れた生活が何か月も続きました。

※写真はイメージです

――そこから、どうやって回復していったのでしょうか?

ちっちさん いきなり学校に戻すのではなくて、まずは近所に出かけるところから始めました。好きなことをやってみたり、興味のある習い事をしてみたり、別室で学校に行ってみたり。ただ、そうやって段階を踏んで少しずつ回復していったものの、すぐに普通学級に戻るのは、次男にとって厳しそうでした。それで、少人数の支援級を検討したのですが、当時住んでいた地域では、利用できるまでに1年以上かかると言われたんです。

――そんなにですか?

ちっちさん はい。次男の場合、知的な障害が明らかなわけでもないし、普通に受け答えもできる。座って授業も受けられるし、授業内容もだいたいわかる。そういう子を支援級に入れる枠が、その地域にはなかったのです。

本来、支援級は知的障害があるかどうかだけで区切るものではないはずなのですが、「ない」と言われてしまったら、どうしようもない。最終的には、親が通勤できて、必要なときには実家のサポートも受けられる地域で、かつ支援級の評判がいちばんいいところを探して引っ越すことにしました。

はっはさん 次男は大勢に囲まれていると疲弊してしまうので、1クラスの人数が10人以下という点も決め手でした。小学3年生からその支援級に入ったところ、今までのことがウソのように次男は楽しく通えるようになり、発熱など体調不良でない限り休むことも無くなりました。今はそろそろ普通級に戻ってもいいかもしれない…と学校と話し合いを重ねている段階です。

次男のための引っ越しが長女や長男に与えた影響とは?

――次男さんにとって転校は大正解だったということですね。ただ、引っ越しとなると、長女さんや長男さんの生活にも少なからず影響が出たのではないでしょうか。

ちっちさん とくに長女に関しては中学3年生という高校受験の山場での引っ越し・転校となってしまいました。家族のゴタゴタに巻き込んでちょっとかわいそうなことをしてしまった…という反省はあります。

※写真はイメージです

はっはさん でも、一応は長女から「引っ越してよかった」と聞いています。というのも、以前住んでいたところでは、ちょっと中学が荒れぎみで、長女自身あまり学校になじめていない感じだったんですね。また、長男をその中学に通わせて大丈夫なのかという懸念もありました。

もちろん、長女・長男が本心でどう思っているのかは定かではありませんが、引っ越し先は比較的おっとりしていて、結果的にはよかったのではないかというのが親目線での感想です。もし、長女や長男が以前の学校に楽しく通っていたら、どうするのが家族にとって最適なのか、もっと悩ましかったと思います。

子どもを不登校にさせない秘訣は「無理をさせない」こと

――不登校を経験されたのは次男さんだけで、長女さんや長男さんはずっと学校には通えているのでしょうか?

はっはさん 長女も長男も、とくに小学校低学年の頃に本人がしんどそうなときには無理をさせず1日、2日、休ませることを心がけました。本人のペースに合わせて適度に休息を取ったことが、不登校には至らなかった要因かもしれません。

――次男さんは学校を休むことに罪悪感や不安があったそうですが、長女さんや長男さんはいかがでしょうか。

ちっちさん 長女に関しては、「しんどそうだから休んだら?」と提案すると割と素直に従ってくれましたね。「ああ、私しんどそうに見えるのか。じゃあ今日は休んであの本を読もう」みたいな切り替えができる子でした。

他方、「休みたいのに休めない」ジレンマに陥って厄介だったのは長男。本人の「学校には毎日行くものだ」というこだわりが非常に強く、親がいくら「休んだら?」と提案しても「休んだら宿題はどうするんだ!?」などと激しく抵抗するんです。「しんどいときには休んでもいいんだよ。学校に行っても頭が働かない状態なら、行くことが必ずしもいいことではない。休むことも本人の権利だよ」と根気よく伝えましたが、なかなか納得してもらえませんでしたね。

怒ってばかりの長男に伝え続けたメッセージとは?

――こだわりの強い長男さんは、コミュニケーションにおいても様々な困難を抱えていたのでは?

はっはさん 長男は、自分の気持ちや要求をうまく言葉にするのがとにかく苦手でした。例えば、ほしいものがあると、「ジュース買ってくれないと嫌だ! 嫌だ!」という感じで、怒りをぶつけてくるんです。しかも、本人には怒っている自覚がなく、「そんなに怒らないで、落ち着いて話そうね」と伝えても、「俺は怒ってなんかない! おまえらが勝手に俺のことを怒っている認定しているだけ!」と返ってきたりして…。

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ちっちさん 「怒ったら要求が通る」という経験にはしたくなかったので、そこは粘り強く「今のあなたの伝え方では、声を荒らげているように聞こえるよ」「普段の声で話してくれたら、ちゃんと聞くよ」と伝え続けました。

一方で、声を荒らげずに「こうしてほしい」と伝えられたときには、できるかぎりその要求に向き合うようにしました。例えば、ものすごく高価なものを要求してきた場合も、単に「そんな高いものはダメ」と親の価値判断ではねのけるのではなく、「今のお父さんの給料では買うのは難しい」とまず理由を伝えます。そのうえで、「なぜそれがほしいの?」「どうしたら君の目的を実現できるかな?」と、一緒に考えるようにしたんです。

何年もかかりましたけど、そうやって「こう伝えれば、ちゃんと話を聞いてもらえる」という経験を積み重ねていくうちに、中学生くらいから、少しずつ「こうしてほしい」と普通に言えるようになってきたと実感しています。

はっはさん もちろん、「こうすれば、すぐに自分の気持ちを言葉にできるようになる」という即効性の方法があるわけではありません。だからこそ、親が根気よく「あなたの気持ちは伝えていいよ」「こう伝えてくれたら、ちゃんと聞くよ」ということを伝え続ける。そうやって、子どもが自分の気持ちを表現できるようになるための土壌を、時間をかけて作っていくしかないのだと思います。

読書好きでマイペースな長女が抱える困り事とは?

――ここまでお伺いした内容によれば、次男さん、長男さんと比べて、長女さんは困り事が少ないような印象を受けるのですが…。

はっはさん そうでもありません。長女に関してもこれまで困り事のオンパレードでしたし、今でも課題は山積みです。なかでも悩ましいのは、長女が何を考えているのかわかりづらいこと。会話は普通にできるし、いろんなことを知っているし、頭もいいはず。なのに、こちらの言葉が伝わっているようで伝わっておらず「あれ?」となることがあるんです。

例えば、部屋の片付けが苦手なので、「ちょっと物を減らしてみたら?」と言うと、「うーん、やるね」みたいな生返事をするだけで結局やらない。それがどうやら嫌だからサボっているわけではなく、こちらの言葉が入っていないようなのです。

ちっちさん 親ならば、これまでの本人の性質やキャラクターを知っているので、「またこういうことが起きているんだな」と受け止められます。でも、学校で先生の指示に対してこれをやってしまうと、先生から「やるべきことをわかっているのに従わないのは反抗的だ」「怠けているのではないか」と誤解されることになりかねません。

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――長女さんは、ペーパーテストの成績は良好なんですよね。そういう生徒が先生の指示に従わないのは、たしかに印象がよくないかも…。

ちっちさん この特性によって、長女は高校受験の内申点でも相当苦戦しました。たしかに、先生の指示に従う子の評価が高くなり、従わない子の評価が低くなるという仕組みはやむをえないと思うのですが、本人に悪気がないのは親としてはわかるので、歯がゆさはありましたね。

はっはさん 受験のためだけでなく、これから生きていくうえで、長女には、もう少し自分の意思を表明してほしいと思っています。例えば、親が「物を減らしたらどう?」と提案したときに、別にそのとおりに従う必要はなく、「私はものを減らしたくない」など自分の考えを説明してくれたらいいなと。そのために、まず自分の感情を把握させるところから試行錯誤中です。

子育てで「正解」を求めるよりも大切なことは?

――3人のお子さんのお話を伺うと、本当にそれぞれ違いますね。最後に、子育て中の親御さんに対してメッセージをお願いできますでしょうか。

ちっちさん 子どもが小さい頃は、目の前の困りごとを何とかしようとしますよね。僕たちも、子どもたちの診断がついた頃は、夫婦で発達障害や自閉スペクトラム症について書かれた本やネットの情報を、かなり調べました。でも、書いてあることをやればすぐに問題が解決したり、子どもが変わったりする…というわけではありませんでした。

むしろ3人を育ててきて感じるのは、親がいくら「正しい」とされる対応をしても、本人にそれを受け入れる素地がなければ、うまくいかないことがほとんどだということ。一方で、親が何かをしたからではなく、子ども自身が成長して、いつのまにかできるようになっていることもあります。

例えば次男の場合、「学校に行けない」ということも、発達の問題だけで考えるのではなく、体力の影響が大きかったのではないかと思っています。成長して体力がついてくると、それまで長時間の集団生活が難しかった子が、少しずつ耐えられるようになることもあります。

だから、目の前の困りごとを全部、今すぐ解決しなければいけないわけではないんですよね。もちろん必要な支援はします。でも、まずは食べて、寝て、元気に過ごせていること。そのうえで、「今、この子にとって何が必要なんだろう」と考えていくのが大事なのだと思います。

※写真はイメージです

――「発達障害の子にはこう対応する」という正解を探すよりも、目の前のお子さんの今を見る、ということですね。

はっはさん そうですね。結局、答えは目の前の子ども側にあるんじゃないでしょうか。3人育ててきても、まだまだ「こうすれば大丈夫」という答えはわかりません。その子によって違うし、同じ子でも、成長すれば必要なことが変わっていく。

だから、今できないことだけを見て、「どうしたらできるようになるんだろう」と焦るのではなくて、「今、この子は何に困っているんだろう」「今、何があれば楽に過ごせるんだろう」と、その時々で考えていく。私たちも、これからもその子、その子を見ながら考えていくしかないんだと思います。

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お話を聞いたのは

ちっちさん 外科医

現役の外科医。妻(看護師はっは)と3人の自閉スペクトラム・発達障害の子の子育て中。多くの方に発達障害のことを知ってもらうことで、皆が生きやすくなることを目指している。X(旧Twitter)のフォロワー数は約2.4万人。ブログ読者は約4,000人。

外科医ちっち SBクリエイティブ 1,760円(税込)

自閉スペクトラム症(ASD)の3人の子どもを育てる、現役外科医の「外科医ちっち」氏による“超リアル”な子育て戦略本。毎日へとへとになりながら「私がもっとがんばらなきゃ」「どうして周りと同じようにできないの?」と、自分を責めていませんか? 本書は、そんな完璧主義や「普通」の呪縛から親の心をふっと解放してくれます。

この記事を書いたのは

中田綾美 ライター

成人までの人生を受験勉強にささげた結果、東京大学文学部卒業。その後なぜか弁護士になりたくて司法試験に挑戦するも、合格に至らないまま撤退。紆余曲折の末、2010年よりフリーライターの看板を掲げています。

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