目次
深刻な悩みを抱えた10代の女の子たちから見える日本の性教育の課題
――伊藤先生は、小・中・高校で性教育をされていますが、子どもたちへの性教育の必要性について教えてください。
伊藤先生 私のクリニック(ココカラウィメンズクリニック)では、臨床心理士が「思春期相談」を行い、思春期の女の子の悩みに対応しているのですが、深刻な悩みを抱えた10代の女の子が月20人ぐらい来院します。子どもたちの悩みは不登校、性暴力、LGBTQ+、家族・彼氏・友だちとの関係などさまざまです。
なかには小学生の女の子が、パパ活をして補導されて来院したケースもあります。
子どもたちの悩みを聞くたびに、日本の性教育の課題を感じます。
「中絶手術はラクにできる」など、SNSの誤情報を信じている子どもも

――先生は、日本の性教育の課題をどのように捉えていますか。
伊藤先生 お母さん、お父さんの中には、“性教育は学校に任せたい”と考えている方もいるかもしれません。しかし日本の公教育には性教育を教えることが組み込まれていません。また、歯止め規定もあるため義務教育では性交渉について教科書に記載はありません。
その一方で、子どもたちはSNSで情報を得ることが多いのですが、性に関しては誤った情報が溢れています。たとえば「ピルを服用すれば、性病は防げる」「治療をしなくても性病は治る」「SEX後、妊娠の可能性があるときは、炭酸飲料で外陰部を洗えば大丈夫」「中絶手術はラクにできる」などです。こうした誤情報を信じている子どももいます。
――課題を解決していくために、家庭でできることはありますか。
伊藤先生 まずは幼児のうちから、家庭で性教育をはじめることです。
子どもが「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞いたり、親子でお風呂に入っていて、お父さんの性器やお母さんの乳房に興味を示し始めたら、性教育のはじめどきです。「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞かれて、「こうのとりさんが運んでくるんだよ」などとごまかすのはやめましょう。
幼児には、絵本や動画でプライベートゾーンなどを教えよう

――幼児には、どのようにして性教育をするとよいのでしょうか。
伊藤先生 文部科学省は、「生命(いのち)の安全教育」を推進しています。
「生命(いのち)の安全教育」とは、生命の尊さを学び、性暴力の根底にある誤った認識や行動、性暴力が及ぼす影響などを正しく理解し、生命を大切にすることや、自分も含めて1人1人を尊重することを身に付けていく教育です。 「生命(いのち)の安全教育」のサイトでは、プライベートゾーンについて考える幼児用の動画教材「じぶんのからだ」などがあります。親子で一緒に見てはどうでしょうか。
また絵本もおすすめです。私が、性教育イベントなどで活用している絵本の一例を紹介します。
■『だいじ だいじ どーこだ?』 えんみ さきこ・作、かわはら みずまる・絵/大泉書店
産婦人科医の作者が、自身の子ども(当時2歳)とのエピソードを交えながら、からだの大切さや1人1人大切な存在というメッセージを伝えます。
■『絵本 からだうた』 日暮かをる・文、中島優子・絵/エイデル研究所
けがをしてもからだの名前がうまく言えない主人公と一緒に、「からだうた」を歌いながら、肘、足首、かかとなどからだの名前を覚えていけます。
■『あかちゃんは どこからくるの?』田代美江子・監修、せべまさゆき・絵、WILLこども知育研究所・編著/金の星社
国際的な性教育の指針『国際セクシュアリティ教育ガイダンス 改訂版』(ユネスコ)の翻訳に携わった田代美江子先生監修。「あかちゃんってどこからくるの?」という子どもの疑問に、お父さんがていねいに答えます。
性教育は、性犯罪から子どもを守ることにつながる

――“性教育は、思春期からはじめればよいのでは?”と考えるお母さん、お父さんもいるかと思いますが、幼児からはじめたほうがよいのはなぜでしょうか。
伊藤先生 1つは思春期になったからといって、急に子どもと性の話をするのはハードルが高いからです。そのため幼児のうちから、親子で性の話ができるベースを作っておくことが大切です。
もう1つは、子どもを性犯罪から守るためです。子どもが被害にあう性犯罪の報道が後を絶ちませんが、報道されるのは氷山の一角です。
子どもは、母親のパートナー、祖父、親戚、習い事の講師・コーチなど身近な人から性被害を受けることがあります。身近な人の場合は、グルーミングといって子どもと信頼関係を築き、その関係を利用して性犯罪に及ぶことがあります。加害者に「2人だけの秘密だよ。約束だよ」などと口止めされると、子どもも約束を守って周囲の人に言わないことも。また何が起こったのかわからない、子どももいるでしょう。
そのためプライベートゾーンに触れられたときに、「あれ? おかしいな…」「ママ・パパに言わないと!」と思えるように、幼児からの性教育は必要です。自分を守れるように導いてあげてください。
コミュニケーションの難しい思春期には、性に関する本を手渡して
――小・中学生の家庭での性教育についても教えてください。
伊藤先生 思春期になると、子どもと対面で性について話すのは難しい家庭もあるでしょう。そんなときは「これ読んでみて」と本を1冊渡すだけでもいいと思います。思春期の子どもに渡すおすすめの書籍を紹介します。
■『10代の妊娠 友だちもネットも教えてくれない性と妊娠のリアル』 にじいろ・著 高橋幸子・監修/合同出版
10代の子どもたちのリアルな性の悩みを多数紹介。元養護教諭、現在は性教育講師として、多くの子どもたちの声に耳を傾けてきた著者が性の知識をやさしく伝えます。
■『子どものドキッとする性の質問にちゃんと答えるBOOK』 有川淑恵・著/永岡書店
助産師・不妊症看護認定看護師で3児の子育て中でもある著者が一問一答形式で回答します。性の違いや多様性、大事な自分を守るための防犯知識など、子どもの心と体を守る知識も可愛くわかりやすいイラスト付きで解説!
また、親御さんに向けては以下の書籍をおすすめします。親子で一緒に学ぶことができる内容です。
■『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』 フクチマミ 村瀬幸浩・著/KADOKAWA
「うちにも赤ちゃんはくる?」といった突然やってくる素朴な質問への答え方から、性犯罪の被害者・加害者にならないための日々の言葉がけ、思春期に訪れる男女の心と体の変化まで、子どもにどうやって伝えたら…が、マンガでわかりやすく伝える1冊。
正しい情報を発信しているサイトを子どもと共有しましょう
ーー書籍を渡す以外にも、できることはありますか?
伊藤先生 子どもが誤情報をうのみにしないように、正しい情報を発信しているサイトを教えることも大切です。
先ほど紹介した文部科学省の「生命(いのち)の安全教育」のサイトには、からだに障らない性暴力などもわかる「性的な暴力とは?」など、小・中学生向けの動画もあります。
ほかには、性やからだに関する悩みをお母さんやお父さん、学校の先生に相談できるとよいのですが、誰にも相談できなくて悩んでいる子どももいます。
万一のときの駆け込み寺として、産婦人科医などで制作した「#つながるBOOK」を、子どもに教えておいてあげてください。「#つながるBOOK」では、LINEで匿名相談できる窓口も紹介されています。
「子どもに性の話をするなんて恥ずかしい!」と思う時代ではありません

――海外と日本の性教育は、やはり違うのでしょうか。
伊藤先生 海外ではオープンに家庭で性教育をするだけでなく、人権教育をベースにして教えます。
子どもに人権教育をするというと難しく考えるお母さん、お父さんもいるかもしれませんが、たとえば私は子どもたちに性教育をするときに「いろいろな子がいるって素敵なことだよね」と伝えています。「色も赤がいい色で、黒は悪い色なんて思わないよね? いろいろな色があるから、好きな絵が描けるんだよね」と話したりもします。こうした会話が、子どもの人権教育につながっていくと思います。
性犯罪やいじめ、暴力は、相手の人権を踏みにじる行為です。
わが子が被害者にならないためにも、加害者にならないためにも、幼児からの人権教育をベースにした包括的性教育が必要です。
――ほかに家庭でできる人権教育はありますか。
伊藤先生 たとえば「男の子だから泣かないの!」「女の子だからお手伝いして!」など、性別で決めつける会話はやめましょう。こうした会話を無意識に続けていると、「男だから〇〇」「女だから△△」という意識が子どもにも芽生えて、人権意識が低くなる可能性もあります。
――これから性教育をはじめるお母さん、お父さんにメッセージをお願いします。
伊藤先生 最初に、深刻な悩みを抱えた10代の女の子が月20人ぐらい、私のクリニックに相談に来ると話しました。1つのクリニックに月20人ぐらいの子どもが来るということは、全国レベルで考えると、どれほど多くの子どもたちが深刻な悩みを抱えているのか想像できると思います。決して特別な子どもだけが、悩んでいるわけではありません。
SNSが普及して、子どもは保護者が知らないような世界とつながっていることもあります。「子どもに性の話をするなんて恥ずかしい!」と思う時代ではないことを、お母さん、お父さんには理解してほしいですね。
伊藤加奈子先生
この記事を書いたのは
子育てや子どもの病気、事故を中心に取材・執筆を行う。情報発信によって、病気の予防・早期発見、事故予防につながる記事作りを心がけています。2 人の子どもがいます。
こちらの記事もおすすめ