子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。

子育ての喜びを歌に託した日々~俵万智
子どもがまだ幼かったころ、「たんぽぽの日々」と名づけて、短歌とエッセイを綴りました。
子育てが始まった当初、もちろん不安はありましたが、人類みんながやってきたことなんだし……と、どこか舐めていた自分を思い出します。でも、いざとなると「聞いてないよ!」というようなことの連続で、フラフラの毎日でした。
いっぽう、喜びもまた想像以上のものでした。大げさに言うと、世界の見え方が変わったのです。
「大変なこと」と「喜び」と、両方たっぷり味わいながら、短歌にするのなら喜びのほうがいいなと思いました。だって、せっかく五七五七七というパッケージに取っておくのですから。
いま、新型コロナウイルスによる不安が広がっています。こういう時だからこそ短歌を読むような潤いのひとときを……という編集部のご提案で、「たんぽぽの日々」をあらためてお届けすることになりました。振り返って私が思うのは、子育ての大変さも喜びも、期間限定だということです。みなさんの期間限定の日々に、このコラムが寄り添うことができますように。
繁延あづささんが写真でご一緒してくださると聞き、楽しみにしています。
たんぽぽのうた1
たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる
いつかおまえも飛んでゆくから
せつないだろうなあ。たんぽぽの母さん
たんぽぽの綿毛は、たんぽぽの子どもたちだ。地面に根をはっている母親は、子どもたちのこれからを、見とどけてやることはできない。ただ、風に祈るばかり。
たんぽぽの母さん、せつないだろうなあ-そんなことを春の斜面で思うようになったのも、自分が子どもを持ってからのことだ。そしてまた、「見とどけられない」という点では、実はたんぽぽも自分も同じである。
たんぽぽのうた2
自分の時間ほしくないかと問われれば
自分の時間をこの子と過ごす
子どもは自分の時間を宝物に変えてくれる
「自分の時間」という宝物があって、それを子どもに奪われていると考えたら、つらくなるばかりだ。むしろ、なんてことない自分の時間を、宝物に変えてくれるのが、子どもではないだろうか。
俵万智『子育て歌集 たんぽぽの日々』より構成
短歌・文/俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。https://twitter.com/tawara_machi
写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。1977年生まれ。 長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。亜紀書房ウェブマガジン「あき地」にて『山と獣と肉と皮』連載中。ブログ: http://adublog.exblog.jp/
タイトルイラスト/本田亮