今はまだ自分の手の中にいるわが子も、小学校に入学するとどんどん自分の世界が広がります。そして中学年、高学年になるにつれ、次第にわが子の行動に見えない部分も増えていくものですが、この時期から心配になるのが「いじめ」です。
自分の足で人生を生きていくわが子には、できるだけ「いじめ」から遠いところで過ごしてほしいと親は願うばかりです。けれど、子供の成長はどうしても自立と並行して、反抗、攻撃性の時期を通過するため、その危うさは増すばかりです。
では、親は必ず訪れるその時期を、どのように迎えたらいいのでしょうか。「いじめ」のメカニズムと子供の成長を照らし合わせて、わが子に「いじめ」が忍び寄らないよう、子供の成長を理解しておくことはとても大切です。
脳科学者・中野信子さんの「いじめ」回避策を脳科学の観点から説いた7万部越えのベストセラー『ヒトは「いじめ」をやめられない』から、小学生の親として知っておきたいことをお伝えします。
いじめは小学校高学年から中学二年生に過激化する
子どもたちの間で起こるいじめの中でも、自殺にまで追い込むような過激ないじめは、小学校の高学年から、中学二年生に多くなると言います。
下のグラフは文部科学省が発表した「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によるデータです。
○「学年別いじめの認知件数のグラフ」
○小・中・高等学校における暴力行為の「学年別加害児童生徒数のグラフ」
出典:平成27年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について
(2017年2月28日公表 文部科学省初等中等教育局児童生徒課)
教育現場における、いじめと年代間の相関関係については裏付けがないため、具体的な機序はわからないという前提付きではありますが、いじめや暴力行為が過激化しやすい、小学校高学年から中学二年生という年代は、身体が子どもから大人に生まれ変わる時期と重なります。
こうした体の変化には、性ホルモンが大きく関わっています。
いじめを引き起こす人間の脳の仕組み
人間の脳の仕組みというのは、生まれた直後に神経細胞が急激に増え、その後、すぐにその神経細胞の刈り込みが起こります。
その結果、脳の中には必要な仕組みだけ残っていくのですが、それと同じようなことが、この年代の子どもの前頭葉でも起こるのです。
保護者の方でも、この時期のお子さんの人格の激変に驚かれる方も多いのではないでしょうか。
一般的には、いわゆる反抗期の時期とか、思春期とか、心理学では自立の時代などと呼ばれる時期でもありますが、特に男子の脳の中で起こっていることは、性ホルモンである、テストステロンの変化です。
性ホルモンを人生の長い時期で見ていくと、特徴としてこの時期に特に増えることがわかっています。テストステロンの分泌量は、9歳から急激に増えて、15歳になるまでにピークに達します。9歳以前と比べると約20倍にもなるというデータもあります。
つまり、この時期の脳は新しく生まれ変わるほどの大きな変化があり、言動においても、まるで人格が変わってしまったかのような変化が起こっても不思議ではありません。
テストステロンが高い人は暴力性も高くなる
テストステロンとは、主に男性に多く分泌される男性ホルモンの一つです。男性の場合は約95%が睾丸(精巣)で合成され、分泌されると言われています。女性も男性よりは少ない量ですが、卵巣や副腎などで分泌されます。
テストステロンは、「陰毛やヒゲが生える」「声変わりが起こる」「睾丸や陰茎が発育する」など、思春期の少年の二次性徴の発現に影響を与える働きがあります。
さらに、テストステロンと暴力性の関係についてはよく知られていることですが、テストステロンは、支配欲や攻撃性といった男性的な傾向を強めるホルモンです。大人になってもある程度テストステロンの多い人、少ない人がいますが、テストステロンのレベルが高い人は、攻撃性が高くなり、他人を支配したり、出し抜きたいという気持ちが強い傾向があります。そして女性であっても、テストステロンの値が高い人は、攻撃的になりやすいのです。
話を少年期に戻しますが、テストステロンは男性に多く分泌されるホルモンなので、小学校高学年〜中学二年という時期の男の子は特に、自分でも理由もわからず、攻撃性が高まってくる可能性が高いのです。
とにかく「ムカつく」という状態で、手あたり次第に反抗、反発したくなるなど、攻撃したい衝動が高まっていくことに自分自身を持て余してしまうことも多いでしょう。
ですから、いじめの加害者側になってしまう生徒たちも、ひょっとしたら成長過程に必須のテストステロン増加による、自分の暴力性や攻撃性をうまく処理できなくて困っているのかもしれません。
育つスピードが異なる、カッとした情動を抑える「ブレーキ機能」
同時に、この時期から脳内では、いわゆる情動の「ブレーキ機能」と言える前頭前野が育っていきます。
情動が激しくなる時期だからこそ、そのブレーキとしての前頭前野もまた育ってほしいものですが、ブレーキ機能が成熟するのは30歳前後です。ですから、まだこの時期は理性のブレーキは不十分で、極めて利きの悪いブレーキと言えます。
困ったことに、テストステロンによる攻撃性が高まるこの時期に、裏切り者検出モジュールと、その攻撃性が結びつくことで、制裁行動はより苛烈になります。相手を徹底的に叩きのめそうという気持ちが強くなるわけです。
当然良くない行動ではありますが、ブレーキが未完成なため、衝動を止めることが非常に難しいのです。
そのため、周囲の大人は、この時期の子どもに対して、脳が成長過程であることを踏まえた注意と対応が必要だと言えます。
小学校高学年から中学二年生までの年代の子は、言動をよく見守り、些細な〝からかい〟や〝冗談〟〝ふざけ〟はもとより、さらには、〝プロレスごっこ〟など、普通に見れば〝遊び〟と思われる行為からでも感情を損ね情動を激化させやすく、トラブルが深刻になりやすいと認識しておくべき時期であることに、脳の発達段階を見れば気がつきます。
いじめが増える時期は、6月と11月
侮れない日照時間と不安、イライラの関係
学校で学級崩壊が増えたり、いじめが発生しやすい時期は、5〜6月や10〜11月だと言われます。もちろん、いじめは一年を通して恒常的に発生していると思われますが、特に、この時期に学級が荒れる、子どもたちのトラブルが多発するのにはさまざまな理由が考えられます。
脳の状態から見た6月と11月は、〝安心ホルモン〟であるセロトニンの分泌量が変化する時期と重なります。
5月から6月、10月から11月というのは、日照時間が変わる時期にあたるので、セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり、〝うつ状態〟を経験する人が散見される季節なのです。
〝安心ホルモン〟のセロトニンの不足は不安を招くだけではなく、暴力性を高め、過激なギャンブルにはまるなど、悪い結果になることを承知しつつも、それを止められない〝衝動性障害〟を招くことがわかっています。
人の尿中に含まれるセロトニンの代謝物を測ってみると、暴力性、攻撃性の高い人や、衝動性障害のある人ほど、尿中のセロトニンの代謝物が少ないことがわかっています。
代謝物が少ないということは、その元であるセロトニンが不足しているということになります。
同じ人でもセロトニンの量が増える時期と減る時期がありますが、季節的には、6月や11月は減っていく時期です。
ですから、6月や11月というのは、セロトニンが減少することで、自分の心の変化、気分の変化に対して非常に敏感になりやすい時期になります。そして、不安を感じる人が多いだけでなく、さらに攻撃性の高まりを感じる人も増え、衝動性障害に悩まされる人が増えるということです。
嫌なものは嫌。やりたいことはどうしてもやってしまう。そんな時期です。そのためこの時期は、いじめに対する監視が厳しい学校だったとしても、〝隠れいじめ〟のようなことが起こることが想定されます。
6月、11月はつとめてゆっくり過ごし、リラックスする時間を設けること
セロトニンは、ストレスによっても影響を受けます。5〜6月や10〜11月にセロトニンが不足するとわかっていれば、あらかじめ、他の時期以上に、休みをとる、リラックスする時間を設けるという対処法も効果があります。しかし残念ながら、6月は祝日がなく、大人にとっても、子どもたちにとっても疲れがたまりやすい過酷な時期でもあります。
そういう意味でも、トラブルが増えてしまう時期と言えるでしょう。
特に女性は、男性に比べてセロトニンの分泌量が少なく、また食べ物の内容の影響をより受けやすいため、この時期、普段は気にしないような些細なことでも心配になったり、理由もないのに不安になってしまったりするのです。
そしてなぜ落ち込んだのか、その理由を後から無理やり探そうとしてしまい、さらにネガティブになってしまうこともあります。しかし、こうした季節と脳のメカニズムを知っておけば、ふと落ち込んだときにも少し気が楽になるのではないでしょうか。
また、落ち込んでしまったときの対処法、自分の心のケアの方法を見つけておけば、脳も元気になり、前向きになれるはずです。具体的には、落ち込んだときに相談するといつも共感してくれる人、もしくはそこに行けばリラックスできる、いつも前向きになれるという場所を見つけておくとよいでしょう。
「仲間」などの関係に固執せず、緩やかな繋がりでトラブルを避ける
学校では、5〜6月や10〜11月は、運動会など大きな行事が終わった直後です。運動会や学芸会は、集団行動が多く団結が求められる行事です。
そこでは、オキシトシンが高まり、ルールに従わない人や、みんなと違う動きをする人、クラスの役に立たない人が目立ちやすくなる状況を作ってしまいます。
そのため、あいつは攻撃してもいいんだという口実を見つけやすくなっている状況でもあります。
この時期に標的になってしまうと、いじめは過激化しやすいため、科学的にもそういう危険な時期であることが指摘されているのだということを念頭に置き、配慮していくことが大切です。
これは、もちろん標的になってしまった子のせいではなく、むしろいじめる側が、季節的な脳内ホルモンの変動も一因となって、自分の抱える衝動の持って行き場がなくなり、結果として起こってしまった事象と捉えるべきだろうと思います。
こうした時期に人間関係のトラブルを避けるためには、ちょっと不思議な言い方に聞こえると思いますが、仲間意識を不必要に高めすぎないという方法も有効なのです。
仲間意識を高めないためには、例えば、クラスの人間関係が入れ替わるようなイベントをするなど、集団が固定化し、関係が濃密になりすぎない工夫を取り入れるとよいでしょう。
またできるだけセロトニンの分泌を促すように、外で日光を浴びて体を動かすような運動を取り入れてみるのもよいでしょう。
著者:中野信子(なかの・のぶこ)
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所にて、ニューロスピン博士研究員として勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学特任教授。著書に「心がホッとするCDブック」(アスコム)、「サイコパス」(文藝春秋)、「脳内麻薬」(幻冬舎)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。
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写真/壱岐紀仁 構成/HugKum編集部