テクノロジーの力を使って学びを変革したい。一貫した想いで20年前からNPO法人・CANVASで活動を続けてきた石戸奈々子さん。
新時代教育のキーマン・石戸さんと讃井康智さんの対談「アフターコロナ時代の教育クエスト」第3回の中編では、「幼児期〜10歳の学びで、親が気をつけるべきこと」について深掘りしていきます。
子どもの学びに対して、親はどのように関わるべきなのでしょうか。
▼前編はこちら
大人にも、学ぶことの楽しさを思い出してみてほしい
讃井 昭和の大人は学ぶことの楽しさを知らなかった世代なんじゃないかと思うことがあります。社会人になると一日平均約6分しか学んでいないというデータもあって、学ぶこと=勉強を学校で詰め込まれるという負のイメージが強かった時代なのかもしれないと。
石戸 どうでしょう。CANVASの主題は、2002年から一貫して「遊びと学びのヒミツ基地」です。
讃井さんは、学ぶことの楽しさを知らなかった世代って表現されたけれど、そんなことはないはずなんです。だって、小さいときにはみんな楽しみながら、日常のものが全部面白くて仕方なかったはずです。だって、日本語を覚えるときに苦痛で覚えた人はいないわけですよね。ありとあらゆるものが楽しくて「これを押したらどうなるんだろう」「これを開けたら何が入っているんだろう」って、日常の家の中も家の外も全部が実験場・ラボであったと思うんですよね。その中でいろいろな知識を吸収していた幼少期があったはずです。
スクラッチを開発したミッチェル・レズニック教授のプロジェクトは、「ライフロング・キンダーガーデン」つまり生涯に渡って幼稚園のように学ぶのがいいんだという考え方。私は楽しみながら学ぶことを忘れない環境づくりと解釈しています。
讃井 確かに、学ぶ楽しさを知らない世代っていうのは本来存在しないはずですね。学ぶ楽しさを忘れてしまったりとか、お堅いもので上塗りされていたりするだけだから、実は大人ほど、保育園、幼稚園のときに楽しかったことを思い出すことがすごく大切なのかもしれないですね。
大人が枠を作ってしまう、10歳が大きな境目
石戸 CANVASではワークショップは子ども向けにやっていますが、10歳くらいに大きな境があるんじゃないかと、感覚的に思っています。幼いときには、紙とクレヨンがあったら、ずうっと描いていられるじゃないですか。でも、10歳ぐらいから描く子と描かない子がでてきます。それは、自分を客観視できる年齢になったからで、周りから見て、自分は絵が上手か下手かっていう観点で描かなくなる。
すごく印象に残っている出来事があって、クリスマスツリーの絵を描いていた子がいて、すごく素敵に描いていたんだけど、クリスマスツリーを青く塗ってたんですね。すると、お母さんが全然悪気はなかったんだと思うんだけど、ちょこちょこって寄ってきて「あれっ、クリスマスツリーは緑でしょう」って言ったんです。そしたら、その子がその絵を破って捨てちゃったんですよ。「何で破っちゃったの?」って聞いたときに「上手に描けなかったから」って言ったんですよね。
大人が考える上手下手という評価が、知らず知らずのうちに子どもの枠をつくってしまうことがあるんだと思いました。
讃井 僕も同じような話を小学校の先生から聞いたことがあります。校庭のウサギの絵をみんなで描いていた時間に、みんな白や茶色でウサギを写実的に描くわけですが、ウサギを赤く塗っている子がいたそうです。周りもぎょっとしている中、先生が来て「何で赤いの?」って話を聞いたら「先生、知ってる?ウサギって触るとものすごく温かいんだよ。だから、その温かさを伝えたかったから赤く塗ってるんだ」って。
その話を聞いて、先生がそこでちゃんと質問をして、子どもの気持ちを拾い上げてくれたことがすごくよかったと思いました。まさに破り捨ててしまうかどうかの分かれ道で、先生が気づいて褒めてくれたことって、その子にとってすごく大きかったと思うんです。
大人が子どもたちをこうあるべきだと枠に当てはめたり、低い天井をつけたりしてしまうことって、大人は悪気なく無意識にやってしまうことが多いと思います。でも、子どもたちが100人いれば、100の言葉があって、絵にも100の描き方がある。僕自身は、幼児期の子どもたちを抱えている親が一番気をつけなきゃいけないことは、そこなんじゃないかと思うんです。
幼児期だからこそ親が気をつけてほしいこと
讃井 石戸さんは親に大事にしてほしいこと、逆にやめてほしいと思うことはありますか。
石戸 CANVASではファシリテーターが大事にしてほしいことが、保護者の大事にしてほしいことに近いのかなと思います。こちらの『子どもの創造力スイッチ!遊びと学びのひみつ基地 CANVASの実践』にも<親がファシリテーターになる>という項目で書いています。
石戸 子どもたちが、心で感じて、頭で考えて、全身で表現して、それを人に伝えてフィードバックをもらって、もう一回感じることです。これを大事にした環境づくりを常に目標にしています。
具体的には、10個の大事にしたいことがあります。
①学び方を学ぶ ②楽しく学ぶ ③本物と触れる ④共同する ⑤教え合い学び合う ⑥共存する ⑦発表する ⑧プロセスを楽しむ ⑨答えはない ⑩社会とつながる
子どもの興味と主体性を引き出すためには、
・目標を見つける手伝いをする姿勢でいること
・考えるプロセスを振り返るような質問を投げかけること
・答えではなく、きっかけを提供するような声かけをすること
これらを大切にして、遊びと学びの空間が子どもたちにとって心地よいものにすることを心がけていられたらと思います。
讃井 ドキッとさせられますね。ライフイズテックでも子どもたちの興味と主体性を引き出すために、ファシリテーション研修を大学生のメンター全員に行っています。そこで学ぶスキルは教育に関わる人だけの特殊スキルとして捉えられがちですが、まさに保護者にこそ伝えたい内容です。
親になってすぐの時期は、子育てがとても大変でバタバタしがちですが、子どもたちのつぶやきを大切にして、その中で学びや創造性を大事にすることが必要な、重要な時期でもあります。一番大事な幼児期が経験豊富な親になってからではなく、いきなりやって来るという点は要注意ですね。
子どもが生まれたばかりの親御さんにこういう情報を伝えることができたら、幼児期の活動が変わるんじゃないかなと強く思うんですよね。幼児期は、何をインプットさせよう、どんな本を読ませようと考えがちなんですが、保育園や幼稚園、そして自宅での生活を含めた日常が実はすごく大事で、ふとしたつぶやきを拾うことがレッスンになる。
散歩に行って、道端に咲いているすみれの花を見た子どもが「すごいきれいだよ、見て」って言う。そのつぶやきを拾い上げて「何でこういう色なんだろうね」とか「ほかの花を探してみようか」とか「こういった花が生き続けるために、今、何がピンチになっているのかな」とか、一緒に考えてみることで学びが驚くほど……。
石戸 広がりますよね!
讃井 そうです!だから、そういうつぶやきをもっと大切にしなきゃ、もっと子どもたちの話を聞かなきゃと思いますね。
続きは後編「子どもとデジタル、どう付き合うのが正解?」へ
プロフィール
石戸 奈々子
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。
著書には「子どもの創造力スイッチ!」、「日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える」、「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」、「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。
これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。
CANVAS は全国のこども向け創造・表現活動にまつわる情報を WEB サイトやメールマガジンでお届けしています。是非お近くのワークショップにご参加ください。また、ワークショップ実践者等の関係者からの情報のご提供も、随時、受付中です。
プロフィール
東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。
撮影/五十嵐美弥
写真提供/NPO法人 CANVAS
文・構成/HugKum編集部