コンピューターで代替できない力の育み方は?CANVAS・石戸奈々子さんに聞く

讃井康智「アフターコロナ時代の教育クエスト」第3回目のゲストはCANVAS の石戸奈々子さん

Life is Tech(ライフイズテック)の讃井康智さんによる連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。ライフイズテックを起業しつつ、研究者としては教育政策や学習科学を研究し、各地の学校変革へ携わってきた讃井さんは「これからの教育は150年に一度の大きな変革期にある」といいます。

従来の価値観に縛られずに、子どもの教育を選択していくにはどうしたらよいのでしょうか。アフターコロナ時代の教育とは?親の持つべき心構えとは?新時代教育のキーマンと讃井氏の対談から深掘りします!

第3回は、「つくって表現する学びと遊びの場」を提供し、2日間で10万人の子どもが参加した『ワークショップコレクション』を開催するNPO法人・CANVAS 理事長の石戸奈々子さんです。

NPO法人 CANVAS 理事長 石戸奈々子さん

CANVAS立ち上げ、きっかけはMITメディアラボでの経験

讃井 石戸さんは約20年前にCANVASを立ち上げ、幼児や小学生も参加できる遊びと学びの場づくりをされています。始められたきっかけは何ですか?

石戸 最初の転機は、学生時代のMITメディアラボでの経験です。テクノロジーの力を使って学びを変革していく姿勢にすごく感銘を受けました。

MITメディアラボは、ただつくるだけではなく、実際に子どもたちがいる現場で実証し、それを社会に普及させていくところまでやります。小学生のプログラミング教育で広く使われているScratch(スクラッチ)や、OLPCOne Laptop per Child:一人一台パソコンを持って学ぶ環境を整える)プロジェクトの二つは、MITメディアラボが手がけ、大きく成果を上げたものだと思います。開発して、実践して、普及していく。その一連の流れをすべて担い、技術と社会の接点を常に探っている点にも感銘を受け、そういうことを日本で展開したいと思い始めたのがCANVASですね。

組み合わせで無限大の創造表現ができるCANVASのロゴデザイン

 

石戸 CANVASは、知識の記憶や暗記に評価の力点が置かれている学びから、思考・創造型の学びに変化させていきたいという想いで2002年に設立しました。これからを生きる子どもたちに必要な力は、世界中の多様な価値観の人と協働しながら新しい価値をつくりだす力だと考えています。クリエイティビティコミュニケーション力コンピューターには代替できない力が大事なんじゃないかなと。

当時もそのような活動を展開している人はいましたが、なかなか大きく広がっていかない状況でした。どういうふうに広げていけるのか考えた時に、子どもたちの創造力や表現力を育む活動を支援するプラットフォーム・場として、CANVASをつくりました。

すべての子どもたちに、つくって表現する遊びと学びの場を

設立以来、のべ3000回のワークショップを開催し、50万人のこどもたちが参加

 

讃井 CANVASのワークショップコレクションは2日間で10万人も参加するほど盛り上がっています。ワークショップを日本中に広げた取り組みだと思うのですが、最初はどんな感じだったのでしょうか?

石戸 始めたころは「ワークショップってなんのお店?」「クリエイティビティって、アーティストでも育てたいんですか?」などと言われました(笑)。

私たちがやりたいことは、すべての子どもたちのクリエイティビティの底上げ活動です。友だちとコミュニケーションしながら、作りながら学んでいく。楽しく遊びながら学んでいけるような学習体系へと日本の教育を変えていきたいと思って続けてきました。教育というとどうしても真面目というか、堅いイメージがありますよね?

讃井 たしかに、教育と聞くと堅いイメージを抱く人が多いですね。

石戸 これからの新しい学びのスタイルをファッションショーみたいに、ポップに楽しく伝える方法はないかなと。その一つの方法がワークショップコレクションという企画です。ジャンルは、言葉や数、造形、音楽、ファッション、サイエンス、デジタルなど様々です。全国につくって表現をする遊びと学びの場をたくさん作っていこうという取り組みです。

石戸 ワークショップコレクションは、全国から150のワークショップが一同に会して、二日で10万人の子どもたちが参加する企画に成長しました。それはニーズがあったけれど供給が少なかったということだと思います。最近では、地域創生につながる取り組みにもなっていて、札幌、仙台、京都、大阪、福岡など、いろいろな地域で開催されています。九州大学のキャンパスでは、二日で3万人も来てくれるようになりました。

 

 

石戸 「つくって表現をする遊びと学び」の場をつくりたいと思っている学校の先生や企業、研究者やアーティスト、個人の方が、どんどん自分のワークショップを展開できるようになるといいなと願ってきました。ワークショップコレクションは、これからワークショップを実施したいと思ってる人とすでに実践している人が出会う場にもなっています。

ワークショップの真の効果とは

讃井 ワークショップに参加した子どもや保護者からはどのような声が聞かれますか。

石戸 参加した子どもの保護者から来るアンケート結果で多いのが生活態度が変わったという話です。例えば、今まで引っ込み思案だった子が、ワークショップで一つのものを友だちとつくることは、ある種、成功体験じゃないですか。それがきっかけとなって、「学校で手をあげられるようになった」とか、「この体験が楽しくて、夕ご飯のときに親子の会話が増えた」とか。ほかにも「今まで一度も自分で起きたことがないのに、サマーキャンプの三日間、自分で起きたことがきっかけとなって、その後も自分で起きれるようになった」とか。

ワークショップは何かスキルや知識を得ること以上に、社会に目を向けながら、主体的に社会に関わりを持つ姿勢や、試行錯誤をしながらもあきらめずに新しいものをつくり出すことを経験できる効果が大きいと思います。

讃井 石戸さんはCANVASのワークショップに参加する子どもたちを見てどう感じますか。

石戸 私は、子どもたちは創造者だと思っています。今の子どもたちが大人になるころにはたくさんの仕事がなくなっていると言われています。それは悲観的な話ではなくて、今まで歴史を振り返ってみても、いつの時代にも新しい技術が導入されれば、たくさんの仕事が淘汰されてきた。それこそ、産業革命のときも仕事が機械に奪われてきました。

それから長い年月が経って、じゃあ、私たちの生活はどうなっているかというと、当時より圧倒的に便利で豊かになっているわけですよね。今、世界を席巻するGAFAみたいな会社は、ほとんどがここ数十年で生まれている会社です。

つまり今の子どもたちが大人になるころには、たくさんの仕事が生み出されているはずだし、それは子どもたちの世代がつくっていくものです。新しい技術を使いこなし、新しい価値を創造できることが非常に大事だと思っていて、創造するという行為が今まで以上に国境を越えた多様な人たちとの共同の中で生み出される環境になっているということです。

だからこそ、今のような活動をしているということですね。

学び続ける力をつけるために大事なこと

讃井 僕は、子どもたちのlearning experience(学習経験)が楽しいもので忘れられないものであれば、絶対人生は変わっていくはずだと思っています。石戸さんはどう思われますか。

石戸 つくりながら学ぶってなにより楽しいことですよね。

CANVASでは、“全国小中学生のプログラミング大会”をやっています。第4回大会でグランプリをとった小学校二年生の男の子は、渋谷のスクランブル交差点のシュミレーターをつくっていたんですね。彼は“交通事故が少ない交差点をどうつくればいいか”ということを願いながら、渋谷に何度も足を運んで、調査して、分析して、知らない知識は学びながら、シュミレーターをつくっていったそうです。

第4回小中学生プログラミング大会グランプリ「現実シリーズ2 渋谷スクランブル交差点信号機」作/小長井聡介くん

 

石戸 ほかにも優秀賞を獲った子は、ホーキングさんの映像を見て、会話ができない人の会話を助けるためのグローブをつくっていたり、環境にやさしい町づくりになるようにと、機械学習で自動的に缶や瓶を分別する自動走行型のロボットをつくっていたり。

実際にプログラミング教育を早期導入した学校の先生方から多く言われるのが、主体的に学習する態度が育まれたっていう声なんですね。私はそれが一番の効果だと思っていて、何かスキルや知識を得ることも大事なことなんだけれども、例えば、プログラミングの言語は今後どんどんアップデートされていく時代です。そんな時代なので、学び続ける力がすごく大事になります。学び続けようとしたら大事になるのが、学ぶことは楽しいんだと知っていること。学び方を知っていることなのです。

讃井 まさに、教育、学びの本質ですね。これからの時代、学び続ける力が大事で、その原点が学ぶことの楽しさだというのは本当に大事なポイントだと思います。

石戸 今はプログラミングに社会的注目が集まっているからワークショップもプログラミングの取材が多いですが、造形やダンス、絵画、算数や国語、いろいろなワークショップがあります。一人ひとり好きなことも違うし、得意なことも違うので、入り口はなんでもいいわけですよね。

好きなことや得意なことって、出会ってみないとわからないじゃないですか。だから、いろんなきっかけを提供して選択する機会を用意したいと思っています。出会ってみたら「あっ、私これ好きだったわ」とか「これは得意だったわ」って思えることに一つでも二つでも出会えたら、その子の人生は幸せなんじゃないかなと思っています。そこから先、それを集中的に学んでいけばいいし、何でもいいと思うんです。

 

続きは中編「幼児期〜10歳、親が気をつけたいことは?」へ

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プロフィール

NPO法人・CANVAS代表 / 一般社団法人超教育協会理事長/ 慶応義塾大学 教授
石戸 奈々子

東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK中央放送番組審議会委員、デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。

著書には「子どもの創造力スイッチ!」、「日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える」、「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」、「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。

これまでに開催したワークショップは 3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。

CANVAS は全国のこども向け創造・表現活動にまつわる情報を WEB サイトやメールマガジンでお届けしています。是非お近くのワークショップにご参加ください。また、ワークショップ実践者等の関係者からの情報のご提供も、随時、受付中です。

https://canvas.ws

 

プロフィール

讃井康智|ライフイズテック取締役

東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。

撮影/五十嵐美弥

取材協力・写真提供/NPO法人 CANVAS

文・構成/HugKum編集部

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