累計100万部突破のヒット絵本『大ピンチずかん』の作者・鈴木のりたけさんに聞く、鈴木家流しあわせのかたち。3人のお子さんのユニークな子育ても

第15回MOE絵本屋さん大賞第1位など、数々の絵本の賞を受賞し、子どもから大人まで多くの支持を得る『大ピンチずかん』。作者の鈴木のりたけさんは、3人の子どもを育てる父親でもあります。『大ピンチずかん』の制作秘話、そして鈴木家の子育てについて、いろいろなお話をインタビューしました。

大ヒット絵本となっている『大ピンチずかん』はどうやって生まれた?

『大ピンチずかん』は子どもの日常のなかにある日々の「大ピンチ」をイラストで図解した絵本です。「大ピンチレベル」「なりやすさ」で分類して図鑑仕立てで紹介します。

この本をつくることになったきっかけは、鈴木さんのお子さんが牛乳をこぼしてフリーズしてしまった姿を見たことだそう。

大人にとってはなんでもないことでも子どもにとっては「大」のつくピンチです。そんな子どもたちの「大ピンチ」を、鈴木さんがピックアップし絵本に仕上げました。

 

テープの端が見つからない、トイレの紙がない、洗濯機の後ろに靴下が落ちたなど、鈴木さんのするどい観察眼によって見いだされた「ある!ある!」とうなずく「大ピンチ」がてんこ盛りです。

作者・鈴木のりたけさんに聞く、『大ピンチずかん』制作秘話

『大ピンチずかん』の作者・鈴木のりたけさんは、『ぼくのトイレ』『おしりをしりたい』『おつかいくん』、そして、さまざまな仕事場を潜入取材して図解した「しごとば」シリーズなどで大人気の絵本作家です。今回は、HugKum編集部が鈴木さんのアトリエを直撃! さまざまなお話を伺いました。

「大ピンチ」にはマイナスをプラスに変える力がある。

――『大ピンチずかん』は、全体のゆるさが魅力ですね。

鈴木:図鑑と銘打っていますが、あえて突っ込みどころのあるスキだらけの内容にしています。「大ピンチのきりぬけかたも紹介する」としているものの、ページの下の方にさほど役に立たないアドバイスが一言あるだけで、ほとんど解決方法は載せていません(笑)。だからこそ「こうしたらうまくいった」「こんなことがあった」と、読み手が言葉を足していける。その余地があるのがよかったんだと思います。

――最初からそのような構成にする予定だったのですか?

鈴木:最初は、大ピンチを乗りこえた結果、発見や成功に結びつくこともあるんだよ、という話に持っていこうと思っていました。でも、途中で押し付けがましい気がしてきて、最初のラフからそういったものを全部省いて、ピンチの事例集へと大転換しました。

――なぜこんなに支持を得られたと思いますか?

鈴木まず「大ピンチ」という言葉自体が、子どもに響く「パワーワード」だったんだと思います。うちの子たちは、この本のラフを見た段階で「大ピンチ」と言いたいがために会話をしているほどでした(笑)。普通、失敗ごとや嫌なことがあったら隠したいはずなのに、それを「大ピンチだ―、みてー」と言って笑っていました。そういうマイナスをプラスに変える強さがこの言葉にはあるのだと思います。「失敗は成功のもと」じゃないけど、子どもたちに思考のベクトルを変える力を持ってほしいなと思ってつくった本でもあったので、この反応は嬉しかったです。

娘が学校に行かなくなって気づいた、本当の意味での家族の幸せ

――鈴木さんのお子さんの年齢を教えてください。

鈴木:中学2年生、小学5年生、小学3年生です。子育ての話をするのであれば、大前提として話しておきたいのですが、うちの子は3人とも学校に行っていません。フリースクールに通っています。長女が小学校2年生のときに学校に行きたくないと言って、下の二人も自分から行きたくないと言いました。

――最初に「行きたくない」と聞いたとき、どう思いましたか?

鈴木:不安はありました。そういうときは家庭内が暗くなるんですよね。私たちもどうにかして学校に行かせようと、娘に対して詰問するようになってしまって、この状況を変えなければいけないと思いました。1年位は悩みましたが、やがて私たち家族の生活を豊かにするためにお金を稼いでご飯を食べて生きているのに、学校という存在にここまで縛られる必要はあるのか?と考えるようになり、吹っ切れました。フリースクールの仲間に同じような考え方の人がたくさんいたのも大きかったです。

学校ではなく、親が子どもを育てるという基本に立ち返る

――考えが変わられてから、子どもへの向き合い方も変わりましたか?

鈴木:学校に通わせなくても、親として子どものためにできることが色々あることが見えてきました。自分の遺伝子を受け継ぐ子どもを親が育てるってナチュラルなことだよね、という気持ちになれたんです。もちろん自分の時間はとられますけどね。

――それは勉強面でのことですか?

鈴木:それもあります。フリースクールでは読み書きそろばんはしませんから、漢字も読めない、足し算・引き算もできない子どもになってしまうのかと思ったのですが、そんなことはありませんでした。多少親が関わる必要はありますが、日々の生活の中で学ぶことはできます
たとえば「みかんを家族5人で分けるためには、あと何個買ってくればいいだろう」という話になって、九九の5の段だけ覚えてみたり。漢字についても、僕が新聞や本をひらいていると子どもが寄ってきて「なんて書いてあるの?」と聞かれて、それに答えているうちに覚えていったり。学校で九九を全員で暗唱したり、漢字ドリルをやらなくても、自然と身に付けられることはあります。

――目的がはっきりした上で学んでいるから、納得感が違うのでしょうね。

鈴木:無理に暗記するのとは記憶の定着の仕方が違うと思います。

壁に貼られた絵画。子どもたちが無作為に絵の具を塗った紙を四角形に切り取り、見えてきたことからタイトルを付けている。

気がつく力さえあれば、世の中は面白いことであふれている

――ほかに、子育てで心がけていることはありますか?

鈴木:一緒の時間を楽しく過ごすために、日々、面白いことを探しています。見落としそうなことでも、なんでこうなっているんだろうと疑問に思ったら話し合います。たとえば、電柱は誰がつくって誰がお金を儲けているんだろうとか。見慣れているのに実はよく知らないですよね。
去年、ある日の新聞の1面で一番よく使われるひらがなはどれかを、子どもたちといっしょに3時間くらいかけてカウントしたんですが、
なんと「ぬ」が一度も使われてなかったんです。どうでもいいことかもしれないけど、発見してうれしくなりました。
なにかを見つけて「面白い!」と思う瞬間が増えた方が幸せだと思うのですよね。

――とても素敵な子育てだと思います。これからのお子さんの成長が楽しみですね。

鈴木:これから先、彼・彼女らが幸せな人生を送れるかどうかの保証はできません。大学を出たって幸せになる保証はありません。僕自身が「大学に行って、一部上場企業に入れば大丈夫」と育てられて、素直にそのとおりにしました。しかし、社会人になってから、就職してもそこがゴールではないことがわかり「聞いていた話と違う!」と思って絵本作家に転身しているわけですから(笑)。人生を保証してあげることはできないけど、子どもが自分で選択したことに対して親が協力できることは全力でする、という姿勢でいるしかないと思っています。

自分の考えを表現できるようにするために、”美術”は重要

――この連載は、美術と子どもとの関わりをテーマにしているのですが、子育てにおいて美術を意識することはありますか?

鈴木:子どもたちには「自分はどうしたいのか、なんでそう思うのか」という意見を自発的に表現できるように促したいと思っています。違う意見があったら、なんで違うのか考えて、違いを理解するためのコミュニケーションをできるようになってほしいです。世の中に出ると、一つの正解はなく、利害は対立するけど近似値を見つけて、双方でハンコを押して前に進むことの連続ですよね。子どもの頃から、そういったことに向けて思考の訓練をするには、「美術」が最適なんじゃないでしょうか。美術には答えがありませんから。どんなふうに受け取ってもいいし、どんなふうに創作しても自由です。

――実際のところ、子どもは正解を求められることが多いですね。

鈴木:日本の教育では、算数はもちろんのこと、国語であっても「作者がなにをいいたいのか説明しなさい」と、自分の意見ではなく、正解を見つけるための読み方をさせられることが多いように感じます。答えのないことへの向き合い方を学ぶのは難しいのかもしれません。

鈴木さんの長女が小学3年生の頃に描いた鈴木家のネコ

子どもの学びのためには、やっぱり待つことが大事

――子どもたちが自分の意見を言えるように、何かしていることはありますか?

鈴木:本を一緒に読んで感想を言ったりしますね。

先日は子どもがある写真集を欲しいと言ったので、なぜこの写真集が好きなのか、この写真集を買うことでどんないいことがあるのか、プレゼンしてもらいました。もちろん、質問しても「なんでもいい」と薄い反応が返ってきたり、うまくいかないことも多いですよ。そういうときは無理にその本を買わずに待つ。待つことが非常に大事です。

――わかっていても待つことは難しいです。私なら『大ピンチずかん』の表紙のように、子どもが牛乳をこぼしていたら、即座に自分がタオルで拭いてしまいます。

鈴木:大人は経験値があるのでタオルで拭くことがわかりますが、できれば子ども自身で対処方法を発見してほしいところですよね。うちの子どもは、大量にこぼれている牛乳を拭こうとして、ティッシュを1枚かけていました(笑)。すぐに染みてビタビタになってしまうわけですが、そこからティッシュでたくさん水分を吸えないことを学んだはずです。現実問題、時間に追われていると難しいものですが、親は動かずに待つのが理想です。

子育てに関してはなにが正解かわかりません。家庭によってかけられる時間も違いますし、なにより子ども次第です。読者の方が僕と同じようにしなきゃいけないということではなく、我が家はこういうふうに考えている、という参考程度に受け止めていただけたら嬉しいです。

鈴木家オリジナル! 楽しみながら学べるアナログゲームがおもしろい

鈴木家では夕食後に1時間程度、家族でクイズやゲームする時間があるそう。本記事では特別に、楽しみながら学ぶことができ、創造力も育めるとてもユニークな鈴木家流のゲームをご紹介します。今すぐ真似できるものもありますよ。

その1)ボキャブラリーが増える!辞書を使ったお手軽ゲーム

「わからない単語を辞書で調べてみよう」と言っても、子どもが自発的に辞書を開くことはなかなかありません。そんなときは、このゲームがオススメ。一人が、辞書の意味の部分を読み上げ、その意味の単語を当てるというもの。クイズ形式でワクワク参加でき、遊びながらボキャブラリーが豊かになります。

質問文は、「人がこの世で生きていくこと。また、その生活。人の、この世に生きている間」。皆さん、何の言葉かわかりますか?

その2)お題を出してお絵描き大会

「お腹が空きすぎてメイのことを一口で食べてしまうトトロ」など、その時々に皆で考えたお題を出します。それぞれがそのお題を表現する絵を描いて発表します。

もうひとつは、みんなで適当なキャラを描いて、それぞれ隣に回してそのキャラに名前をつけます。どれのどこがおもしろいかを話し合った後、最後に投票して一番を決めています。

鈴木さんのお気に入りは、左下、長女が描いた絵に長男が名前をつけた「ドゲ・ザ・グッバイ」。

その場を楽しい時間にしたい気持ちになるからか、鈴木家では、けなすのではなく面白いところを見つけていく雰囲気が自然とできあがっているのだそう。絵の上手さで勝ち負けを決めるのではなく、面白いかどうかで盛り上げるのがポイントです。

その3)新種の動物の名前をつくろう!

生き物の名前を3つくらいに分けてカードをつくります。「フタコブラクダ」であったら「フタ」「コブ」「ラクダ」の3枚のカードをつくるといった具合です。そうやってできたカードを参加者に配り、お題に応じた架空の動物の名前を、手札のなかから3枚使ってつくり、みんなで意見を言いあうゲームです。

「強そう」というお題であったら「タカ・キング・ミミズク」など。「やっぱりキングが入ると強そうだよね〜」などと意見が飛び交います。「フクロ・ヌマ・フラミンゴ」も、理屈抜きで語感だけで笑えますよね。小学生でも大人でも対等に意見を言える貴重な時間をつくることができますよ。

その4)国旗カードバトル

普通は国旗を覚えるためだけに使われる国旗カードですが、鈴木家ではオリジナルの対戦ゲームに使います。

まず、国旗カードを8枚手札として配り、対戦する2人が各自任意の3枚を机に並べます。互いにさらにその3枚の中から1番手を選びます。ここからバトルスタート。

1番手に「スリランカ」を選んだ場合は、残りの手札の中から「スリランカ」国旗に使われているのと同じ2色が含まれている国旗カードを出すことで攻撃ができます。

国旗カードの裏に書かれている首都名の文字数が攻撃力になり、国名の文字数が体力(HP)です。「スリランカ」は首都名が「スリジャヤワルダナプラコッテ」。14文字だからめちゃくちゃ攻撃力が高い(笑)。「パプアニューギニア」も9文字で守備力は高いけど、スリランカに攻撃されたら負けちゃうな、とか。これで国名と首都名はあっという間に覚えられてしまいます。

いい大学に行っていい会社に就職するだけが人生ではない――最新刊『しごとへの道1 パン職人 新幹線運転士 研究者』

鈴木さんの最新刊『しごとへの道』は、パン職人、新幹線運転士、研究者の3人が現在の職業につくまでに、どのような人生を送ってきたのかを描いたノンフィクションマンガです。悩み、ときには回り道をしながら歩みを進める様子は、仕事への道がさまざまであることを伝えてくれます。お子さんも、親御さんにもぜひ手に取っていただきたい一冊です。

「僕自身が子どもの頃に読みたかったと思える本をつくろうと思って描きました。
この本には、波乱万丈の人生の成功者が登場するわけではありません。でも、どんな人にもターニングポイントがあり、それぞれが唯一無二の貴重な人生を送っていることがわかります。四年制大学に行って一部上場企業に入れば一丁上がり。そういう最短のキャリアパスに乗っかっていくことだけが良い人生ではありません。この本からいろんな生き方があることを感じ取ってもらえたら嬉しいです」(鈴木さん)

 

鈴木のりたけ|ブロンズ新社|1430円(税込)

 

小学館|1650円(税込)

「第15回 MOE絵本屋さん大賞 第1位」「第6回未来屋えほん大賞」「第 13 回リブロ絵本大賞」「第10回 静岡書店大賞児童書新作部門大賞」「キノベス!キッズ2023 第1位

試し読み

お話を伺ったのは

鈴木のりたけさん|絵本作家

1975年、静岡県浜松市生まれ。グラフィックデザイナーを経て絵本作家となる。『ぼくのトイレ』(PHP研究所)で第17回日本絵本賞読者賞、『しごとば 東京スカイツリー』(ブロンズ新社)で第62回小学館児童出版文化賞受賞。ほかの作品に「しごとば」シリーズ、『たべもんどう』「おでこはめえほん」シリーズ(ブロンズ新社)、『ぼくのおふろ』『す~べりだい』『ぶららんこ』『ぼくのがっこう』(PHP研究所)、『おしりをしりたい』『おつかいくん』(小学館)などがある。『しごとば』シリーズではスケッチブックとカメラを手に様々な仕事の現場に潜入取材し、独自の視点と遊び心あふれる手法で仕事を切り取った内容は、老若男女問わず好評を博している。千葉県在住。2男1女の父。

HugKumではこどもアートの連載を展開中!

企画協力/中川ちひろ
撮影/五十嵐美弥
取材・文/藤田麻希
構成/HugKum編集部

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