目次
『にんじん』ってどんなお話?
『にんじん』は、フランスの作家ピエール=ジュール・ルナールの幼少期の実体験をもとに書かれた、家族から受けた虐待を赤裸々に綴った日記小説です。
国:フランス
原題:”Poil de Carotte”、英語表記 ”Carrot Head” または ”Carrot Top”
作家:ピエール=ジュール・ルナール(Pierre-Jules Renard)
発表年:1894年
おすすめの年齢:小学3年生ごろ~
作者のジュール・ルナールってどんな人?
フランスの小説家、劇作家、ジャーナリスト、詩人、日記小説家。
代表的作は「博物誌」「別れも愉し」「日々のパン」。これらの作品は、ルナールの繊細で皮肉な観察力、感受性、人間性を反映しており、彼の作風を象徴しています。
『にんじん』は作者の子ども時代の体験
家族から、赤毛でそばかす顔を「にんじん」と差別され、孤独や虐待に苦しんでいる姿が描かれています。
特に母親からの虐待がひどく、常に「にんじん」に対し否定的で、意地悪で、悪態をついて彼を毛嫌いします。母の言葉の暴力は「にんじん」の心を壊していきます。父親は彼に無関心、兄姉も同情を示してくれません。
そんな厳しく辛い状況下でも、いじめを跳ね飛ばし、自分は自分らしく前向きに生きようとする姿を描写しています。
『にんじん』のあらすじ・感想
『にんじん』は、ルナールの代表作の一つであり、フランスの教育現場で広く読まれています。また、多くの映画・テレビドラマにもなっています。
では、あらすじを見ていきましょう。
※以下では、物語の核心にも触れています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
あらすじ
主人公のフランソワ・ルピックは、赤毛でそばかす顔であることで「にんじん」と家族から呼ばれ、いじめられ、孤独な日々を過ごしています。
父親は仕事が忙しく、彼に対しては徹底的に無関心で、時には罵しることがあり、愛情を一切示しません。母親は常に難癖をつけては自分は被害者だと嘆き、にんじんを残酷なまでに虐め通します。薄情な兄はにんじんの失敗を常に喜んで笑い、姉は少し擁護するも保身のためほとんど手助けしません。
「にんじん」が最も好きな場所は、誰にもいじめられない納屋の中です。納屋の掃除をすると言っては、そこにいる鳥やうさぎと一緒に引きこもることが多くなります。
家じゅうで誰もやりたくない仕事は、すべて「にんじん」に押し付けられ、さらにたちが悪いことに、母親は、「にんじん」がわざと失敗するように画策し、噓をつきます。
「にんじん」は孤独で辛く自殺してしまおうと考えますが、失敗してなかなかできません。自殺が無理なら、革命を起こそうと考えます。
ある日、母親に頼まれたお使いを、勇気を振り絞って断ります。今まで一度だって、拒否したことがなかった「にんじん」の態度に母親は怒り狂います。
それを見た兄は最高だと面白がり、姉は怒る母親を怖がるばかり。見ていた父親は、ばかばかしいと肩をすくめて立ち去り、関与しようとしません。
しかしそのあと、父親が「にんじん」を散歩に誘い、久しぶりにゆっくり二人で話す時間ができます。
「にんじん」は勇気を振り絞って、お母さんがどれだけ今まで自分を虐めてきて、自分が母親をどれだけ嫌っているかを伝えます。そうすると、驚くことにお父さんが「母親を嫌っているのはにんじん、お前だけではない。私もあの女を好きだと思うか?」と言い、にんじんは耳を疑います。お父さんは、夫婦仲は不幸な結婚生活だったと打ち明けます。
「にんじん」は驚きつつも納得します。父親に、お母さんは僕を虐めることで自分のうっ憤を晴らしをしている、僕は一刻も早く家を出たい、と伝えます。しかし父親には、おまえはまだ学校に行かないといけないと、家を出ることは反対されます。
結局、そのまま状況は変わらず、最後まで家族の虐待はおさまらないのですが、その中からも「にんじん」はたんだんいじめられること自体を楽しむようになり、また、自分は自分らしく生きるんだと、不屈の精神でいじめから身をかわしていきます。
物語は「にんじん」がいじめを通して成長する姿が描かれていますが、最後までそら恐ろしい母親の残虐さと、言葉の暴力は続きます。
あらすじを簡単にまとめると…
裕福な家庭ではあるものの、夫婦仲が悪く、家族みんなが末っ子のフランソワの容姿を差別して「にんじん」と呼び、いじめ続ける物語。「にんじん」はそんな過酷な環境の中、自分を見失いそうに何度もなりながらも自己肯定し、ひたすら前向きに生きていくお話です。
感想
この物語について、ただ文字通りの「残酷物語」なのか「ゆがんだ愛情表現」なのか、はたまた「にんじんの妄想」なのか、どう捉えるか解釈が分かれるところです。
第三者の目からみれば、誰しもが子どものころに感じたことがある親からの理不尽な要求と、それに対する不満、孤独感、反発心など、成長過程で見られる現象とも言えます。
母親の立場で見れば、愛情表現が下手なだけで十分に「にんじん」を愛していたのではないかとも思えます。仕事が忙しくほとんど家にいない夫に対していら立ち、それが母親を追い詰めていたようにも感じます。
父親の目線では、疲れて家に帰れば、ヒステリックになって子どもを怒鳴っている妻に辟易。もしも怒鳴られている子どもの肩をもとうものなら、妻の感情に油を注ぐだけ。ならば「無関心」という形で関わらないのが最善策、と考えてたのかもしれません。虐待というわけではなく、父親として事態を悪化させない策だったのかもしれませんが、実際には、その無関心が「にんじん」を落胆させ、また妻のイライラを助長してしまいました。
兄や姉から見れば、「にんじん」が母親のヒステリーの対象にさえなっていれば、その矛先が自分たちに向けられることがないので、擁護せずにむしろ加担して喜んだり、自分に火の粉がかからないよう立ち回ってしまったのだろうと推測できます。
『にんじん』を子どもに薦めるなら
名作児童文学として扱われていますが、場合によってはお子さんがショックを受ける可能性もあるストーリーですので、先にあらすじの概要を耳打ちしておくとよいかもしれません。
もし、お子さんが読むとしたら、以下の点について考えながら読むようアドバイスしてはいかがでしょうか。
観点①
加害者にならないことを伝える。いじめや差別はダメ、自分がされて嫌なことを相手にしてはいけない。
観点②
「にんじん」のような状況に身を置くことになったら、どうすれば自分を守れるか。自分を保つためにはどうすべきか。
親こそ読みたい
そして、むしろ子育て中の親こそが読むべき本ともいえるでしょう。作中で「にんじん」はお父さんに「家族という定義って何? 僕の中で家族は無理の集まり。互いに同情のない人間の集まり」と言います。「家族の定義とは」そして「親の愛情とは」を考えさせられます。
また「自分は子どもを、自分自身の問題の吐け口にしていないだろうか」と親としての自分を振り返るきっかけにもなるのではないでしょうか。
主な登場人物
家族内のお話なので、登場人物は比較的少なめです。
にんじん
主人公の少年。本名はフランソワ・ルピックだが、もじゃもじゃの赤毛のため家族から「にんじん」と呼ばれ、いじめられ、からかわれ、孤独な日々を過ごす。自己肯定感を高めようと努力し、自分自身を受け入れることを学んでいく。
ルピック夫人
にんじんの母親。フェリックス(兄)、エルネスチーヌ(姉)を溺愛するが、「にんじん」には2人と正反対の態度をとる。「にんじん」には無関心で彼が苦しんでいることにすら気づかない。
ルピック氏
にんじんの父親。「にんじん」に怒鳴ったり、からかったり、暴力を振るったりする。ふだんは「にんじん」に無関心。
フェリックス
にんじんの兄。ものぐさで冷淡。学校での成績は悪い。「にんじん」をいじめたり、からかったりする。
エルネスチーヌ
「にんじん」の姉。彼女は「にんじん」を理解し少し同情してくれるが、母親が怖いので表立ってかばうことができないでいる。
オノリーヌ
ルピック家の女中。「にんじん」にやさしく接してくれる。
マチルド
「にんじん」の女友達。
『にんじん』の結末はどうなる?(ネタバレ)
自殺を図ろうとした主人公「にんじん」、その後どうなるか結末もご紹介します。
※以下では、物語の核心にも触れています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。
結末
姉が婚約者と人目もはばからず、「にんじん」の前でキスをします。
「にんじん」はイライラして、村のキリストの銅像の前で帽子を地面にたたきつけ「僕なんか誰からも愛されやしない、僕なんか!」と叫びます。すると「にんじん」のお母さんが塀の後ろから顔を出し、恐ろしい形相で薄笑いします。それを見た「にんじん」は慌てて、「ママは別だけどね」と言、この一言で物語は終わります。
誰からも愛されていない、と苦しむ「にんじん」を見て、薄ら笑いを浮かべる母親の狂気。そして、その狂気からやっぱりまだ逃れられないでいる「にんじん」の最後の一言が読者に深く刺さることでしょう。
作品の背景エピソード「ルナール家のその後」
体験談『にんじん』を出版したとき、ジュールの父親も母親も存命でした。
ジュールは良き妻に出会い、結婚1年後に初産を迎える妻と共にシトリー(実家)に帰省。そのときに母親が今度は妻に意地悪をし、虐待するのです。怒りが頂点に達したルナールは、『にんじん』を出版することで、家族へ向けて、特に母親へ向けて復讐します。
ルナール家の不幸は続きます。『にんじん』の出版3年後に父親は銃で自殺。その後、母親は井戸に落ちて溺れ死にます。これには自殺という説もありますが、真偽は分かりません。
母の死後、ジュールは『信心狂いの女』を発表、母親をモデルとして狂気的な女の物語を書いています。これも復讐の一つだったのかもしれません。母の死後、自身が動脈硬化や高血圧などの成人病を複数発症し、46歳という若さでルナールはこの世を去ります。
ルナールにとって最大の幸せは、極貧な文筆家時代から彼を支え、理解してくれた妻に出会えたこと、幸せな家族生活を送れたことだったのではないでしょうか。
『にんじん』を読むなら
下記にページ数の少ない順にまとめました。絵本や児童書のような低学年向きのものは小学館以外には少なく、多くは読みがなのない中学生~向けになります。
翻訳者によって文体や雰囲気が変わりますので、ご自分に合ったものを選ばれると良いでしょう。
カラー名作 少年少女世界の文学 にんじん(小学館)
Kindle版 154ページ 2017/9/15
漢字あり、ルビなし。平易な小学生までの漢字を使用。小学生高学年~。テキスト読み上げ機能(機械合成音声)がついていますので、読めない漢字はキンドルに読んでもらって覚えることもできます。
にんじん (ポプラ社)
2015/1/2
漢字あり、ルビあり。挿絵少なめ。小学生高学年からおすすめですが、読みがながふられているので低・中学年のお子さんの音読練習にも。
にんじん (新潮社)
・文庫 2014/9/27
ルビなし。中学生以上の漢字使用。中学生~大人向け。あとがきでは作者や当時の時代背景など深く理解できます。テキスト読み上げ機能がついていますので、Kindleに読み上げてもらうことも可能です。
にんじん 新訳版(光文社)
ルビなし。挿絵なし。読みやすい新訳版。テキスト読み上げ機能がついていますので、
に読み上げてもらうことも可能です。訳者の解説、あとがきが本書を深く理解する上で参考になります。作品が残してくれるもの
『にんじん』はお子さんと一緒に虐待やいじめについて話し合うきっかけになる本です。また親としてのあるべき姿について問われる本でもあります。読み終わった後に、どすんと心に残る一冊になることは間違いありません。
あなたにはこちらの本もおすすめ
文/加藤敬子 構成/HugKum 編集部