先行きの見えない時代を生きるいま、まさに“未来を生き抜くチカラ”を育む「レッジョ・アプローチ」とは、はたしてどのようなものなのか…?2019年に本格的な「レッジョ・アプローチ」を実践する「Kodomo Edu International School」を都内に創設し、昨年「Next Education Award」ファイナリストにも選出された「Kodomo Edu」代表の上田佳美さんに詳しくお話を伺いました。前後編でお届けします。
レッジョ・アプローチとは…?まさに仕事に直結する教育
____2022年12月に開業した「星野リゾート リゾナーレ大阪」ホテルに「レッジョ・アプローチ」を取り入れたアトリエができるなど、日本でも徐々に注目され始めていますね。(紹介記事はこちら)
「レッジョ・アプローチ」(以降、レッジョ)は分かりやすく言うと、子どもたちの好奇心を引き出して共に探究することで、その子本来の才能を育むというイタリア発祥の教育法です。日本に限らず海外も含めてですが、いま急激に時代が変わっていく中で、多くの人たちが今後いままでにない仕事につくと言われていますよね。そんな未来に向かっていく中で、その新しいスキルを身につけなきゃいけないという過渡期にあります。このような大きく価値観が変わる時に必要とされる教育ということで、いま世界中で注目されているんです。
____Newsweek誌では”世界で最も優れた10の学校” にも選ばれて、世界中に広がっていきました。
もともとの成り立ちは、第2次世界大戦が終わってイタリアが独裁政権からようやく民主社会に変わるという時に、「市民には権利があるべきだ」という考え方にシフトしたタイミング。この時、親たちが「子どもにとって本当にいい教育って何だろう」と考え、まさに子どもたちにとってこれから力になる教育を実践しようと立ち上がったのがレッジョ・アプローチの始まりです。そこにレッジョの創設者でもあるローリス・マラグッツィという教師でもあった方が、そういった教育のメソッドと一緒に融合させて「子どもに権利を持たせる教育」を始めました。今までの「何かを教える」という教育から、初めて子どもに権利が与えられて、「子ども主体で育てていく。能力を育んでいこう」となったのがレッジョ・アプローチの始まりなんです。
____具体的にはどういう特徴がありますか?
よく同じイタリア発祥のモンテッソーリと比較されるのですが、モンテッソーリは個の力、1人1人の個人の能力を深めるためのアプローチで、いっぽうレッジョ・アプローチというのは個の力を深めながらも、他者とどう共業していくか、つまりソーシャルスキルやコミュニケーション能力を育んでいくアプローチなので、そこが一番の大きな特徴です。モンテッソーリの後にレッジョができたので、そういう意味ではモンテッソーリの影響も少なからず受けてはいるのですが、一番の大きな違いはその他者とどう共業していくかというところになります。
____まさに“人間力”も育む教育アプローチですね。
これからの時代はAIも出てきたりと、計算ができればいいとか、そのひと1人の能力が高ければ何か素晴らしいことができるというわけではなくて、みんなと協力して他者の力も借りて1人では作れない大きな力を作るというのが結局社会に出て求められる力。そういった時に、ただ自分のやりたいことを我慢して集団に協力するのではなく、自分のやりたいことと他者がやりたいことをうまく擦り合わせて大きなビジョンを実現させられるか。まさにいま仕事に求められている能力を育めるのが、レッジョなんです。
こんなに仕事に直結しているスキルって、通常の学校教育ではなかなか育む機会がありません。不思議なことにこの幼児期に育まれた能力って、大人になる年齢から一番離れてる時期なのに、ずっと残るんです。
____やはり幼児期って、すごく大切な時期なんですね!
そうなんです。そういった「他者との関わり」や「自分に正直に生きること」、さらには自制心や集中力というのは、この時期にものすごく育まれる能力です。そういった今の時代に必要なスキルが育めるアプローチとして、レッジョは世界中で実践されているんです。
子どもが「自ら考えて行動する」主体性を育む
___レッジョというと、アートのイメージを持つ方も多いかもしれません。
はい、でもただアートで遊べばいいだけじゃないというのがレッジョの意外なところです。「アート」「自由な発想」と言うと、芸術は爆発だ!みたいに思われる方も多いかもしれないのですが、そういうことはまったくなくて(笑)。「社会で活動する責任ある市民」というのがレッジョで育つ子供イメージ像なんです。なので好き放題やればいいという訳ではなくて、ある程度のルールの中で、自由な発想で活動するのがレッジョ。考え方に正しいも間違いもなく、あくまで子どもたちに決める権利があるという前提での活動ですね。ある程度のルールの中で活動するので、発想は自由だけど、みんな他人の話も聞けるし、ルールも守れる。どうしてルールを守るかというと、「そういうルールだから」という理由で守るのではなくて、ルールってみんなが気持ちよく一緒に過ごすために作られたものだから、それをみんなでコミュニティとしての一員として守るという考え方です。
___レッジョには根本となるメソッドがあるのでしょうか?
メソッドというものはなく、独自の「教育観」の中で実践が展開されていきます。例えば、レッジョの教育観を象徴する言葉の一つが「イメージ・オブ・ザチャイルド」。これは子ども像、子ども観と訳されますが、子ども観=これですよ、という正しい解答があるわけではありませんが、一般的なレッジョの考えとしては、「すべての子どもに可能性がある。子どもは知識のない空っぽのコップではない。もうすでにいろんな可能性、いろんなことを知っている存在」だという前提で子どもと関わることが大事だとされています。可能性に溢れた子どもの能力を引き出した理解するのが大人の役割。レッジョ・アプローチの創設者ローリス・マラグッツィの言葉、「子どもには100通りの言葉がある」でも象徴されています。
もう一つのレッジョを象徴する「教育観」が、「環境は第3の教師」。保育園や学校だと普通、子どもに教える存在は先生だけ、というイメージですが、子どもを取り巻く「環境」からも子どもは学んでいると言うことです。言い換えると、「すべての環境には、先生やプロの意図が入っているべき」ということ例えば、なんとなくここに置くというようなことはなくて、「今この子たちはこれに興味があるから、この棚にこれを置こう」というように、必ずそこには理由があるんです。
____スクールの内装や置くものすべてに理由づけが!
「環境」は、空間的な環境と、子ども達が扱う物もそうですよね。環境に限らず、先生の行動にも理由がある。それが理想のレッジョの先生ですね。なのでレッジョの先生って本当に頭を使うし、そういった探究心に溢れていないと、できないのかもしれません。
日本は、親が子どもに自由の与え方が分からない
____日本の教育の概念と、レッジョは根本的に大きく違う印象を受けます。
そうですよね。今お話した「子ども観」、「環境は第3の教師」、に加えて、「子どもには権利がある」というのもレッジョの特徴です。けっして子どもが王様化するということではなくて、一般の社会と同じように権利の裏には責任がある。それを実践しているのがレッジョです。最近は自由保育が増えて、一部の親が子どもに自由を与えすぎて周りに迷惑をかける様子も見受けられますが、それは権利と責任のバランスを家庭で実践していないのかもしれません。でもそれは、日本の教育では、自由と権利を子供達に与える機会がなかったので、親も、子どもに正しい自由の与え方が分からない。それがいま小1プロブレムとかにも繋がっているのだと思います。なので、子どもを責任のある1人の人間として対等に扱う分、その自由(権利)と責任のバランスを上手に実践していくのが理想です。発想やアイディアは自由だし、いろんなことが出てはきますけど、レッジョの子どもたちで全然話を聞かなくて困るとか、手に負えないような子はいなくて、ちゃんとみんな話を聞ける。本来は自分のことをコントロールする力を育むのも含めてレッジョなんです。
____国によってレッジョのアプローチの仕方が違うところも興味深いです。
イタリアのレッジョの始まりがそうだったように、教育というのはその土地の文化や考え方、その時の時代性を反映して進化していく、育っていくべきなので、それぞれの国の文化に合わせて進化するべきというのがレッジョの考え方です。それで言うと、アメリカのレッジョは、ロジカル思考や問題解決力を育む部分が強いにように感じます。あとは、思考力や自制心など、今アメリカでキーワードになっている「ソーシャルエモーショナルラーニング(SEL)」を実践する機会も多いです。SELとは、自分の感情にしっかりと向き合って自分の感情を受け止めてコントロールする力。これをアメリカでは幼稚園から高校までみんなカリキュラムに入れているんです。特にこのコロナ以降、大人でも様々な感情やモヤモヤ、ダウンしてしまうような気持ちも含めて、しっかりと受け止めてマネージする力が必要とされている。これからの子どもたちはもっとそうなりますよね。なのでそれもしっかり組み込まれているのがアメリカのレッジョだと思います。
____「いちコミュニティのメンバーとしての責任」というのは具体的には?
Kodomo eduでも、「子どもの権利」を大事にしています。でも自由の権利を与えるのであれば、同時に「責任」も与えているのが特徴です。実社会の理論を、園でも実現させています。具体的には、みんな自分が使ったものは自分で片付けるとか、おもちゃはここに管理するとか、散らかっていたら片付けるとか、本当に基本的なことをやっていて、その子に役割を与えることを大事にしています。外でお母さんの話を聞かず自由奔放にやっている子は、きっと家でお手伝いはやっていないと思うんですよね。役割というのは、お母さんのお手伝いではなくて、「これはあなたの仕事」として渡すのが大事。手伝いだと「手伝いたくない、なんで私が」となってしまいますけど、「あなたは家族の一員だから、これがあなたの仕事よ」と。それと同じように園ではあなたの仕事はこれ、あなたはここの一員だからと。
____具体的なアプローチの仕方ですね。
はい、例えばうちの子が言うことを聞かなくて困るというご家庭では、まず役割を与える。そしてそれは、今日も明日も習慣としてやる「一貫性」がとても大事です。だから親も根気が必要ですし、ぶれないというのはすごく大事なことだと思います。
____認知能力のみならず、最近よく耳にする「非認知能力」も育む、まさに“STEAM x プロジェクト学習”を実践するレッジョ・アプローチ。<後編>では、その「非認知能力」がなぜ重要なのか、そしてすぐに実践できるアプローチ方法まで、レッジョについてさらに深掘りしていきます!
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取材・文/富塚沙羅