脳科学者・中野信子さんが生きづらさを感じる10代に伝えたい「他人のメガネ」とは?社会に蔓延する「バイアス」の正体

「親や先生の言っていることは正しいのか」「世間が言う普通ってどういうことなのか」
十代の子どもが成長過程で必ず行き当たる、社会的なバイアスとの軋轢。生きづらさを抱えがちな思春期世代に、脳科学者の中野信子さんが近著『バイアス社会を生き延びる』で語りかける提言とは。
まずは「バイアス」とは何なのか。同調圧力の正体について考えてみます。

私たちをとりまく「バイアス」とは

親や先生の言っていることは、本当に正しいのだろうか。
みんなが言う「普通」って、誰にとっての普通なんだろう。

10代であれば、こんなふうにモヤモヤした思いを抱えたことがある人も多いのではないかと思います。親や先生だけでなく、友だちの言うことに納得できないと感じることもあるかもしれません。

あなたがそんなふうに感じたとき、もしかしたら相手の人に「バイアス」がかかっているかもしれません。逆に、あなた自身の思考にバイアスがかかっている可能性ももちろんあります。

バイアスというのは、私たちの脳が陥りやすい思考の偏りや歪のことです。情報を処理するとき、私たちの脳は論理的に正しいものよりも、わかりやすいものや、自分にとって都合のよい情報だけを選んでしまう傾向があるのです。その結果、特定の人物や物事に対する偏見や間違った思い込み、ときには差別的な感情を強くしてしまうこともあります。

脳科学者・医学博士の中野信子さん

人間は誰しもバイアスから逃れることはできません。いわばバイアスというのは、人間が生きていく上で必要な脳の機能でもあります。

ただし、周りの人が持つ偏見や思い込みによって、あなた自身が生きづらいと感じたり、人生の選択肢が減るなどの実害が出ているとしたら、それは解決する必要がある問題です。

また他人だけでなく、自分自身が持つ思い込みに縛られて、身動きができなくなっている人もいるかもしれません。考え方や見方を変えるというよりも、さまざまな見方や考え方を持つことで、もう少し居心地よく過ごせるようになる可能性がありますし、選択肢が増える可能性もあります。

身に覚えがある…具体的な「バイアス」とは

「3人いれば真実」

鳥には群れて飛ぶものが多いですよね。不思議なことに、彼らは方向を変えるときも一斉にターンしているように見えます。いったいどうやって意思を伝え合っているのでしょうか?

コンピューター解析によると、鳥の群れには全体を把握して統帥をとっているリーダーのような存在はいません。鳥は、自分の周辺の数羽を認知しているだけで、群れ全体は認知していないと言われています。

人間も、この鳥の習性と似ているところがあります。自分の周りに同じような人が3人もいれば、それがすべてだと思い込みやすい性質を持っているということです。

たとえば、クラスの中によく赤い服を着ている人が3人いて、その3人がたまたま数学を得意としていたら、「数学が好きな人は皆、赤い服を着ている」と思い込んでしまう、といった性質です。その他にも、よく「東京の人間は冷たい」とか「大阪人はせっかち」などといった言い方をする人がいますよね。

このように、一部の人のある側面だけに当てはまることを、広く全体にも当てはまと決めつけてしまうことがありますが、私たちは身近に同じような人が3人ほどいれば、それが真実だと思い込んでしまうような性質を持っているのです。

外集団バイアス

特に、自分と違う集団や共同体の人間については、ほとんど同じに見えてしまうとを「外集団バイアス」といいます。

もちろん東京にも親切な人もいますし、大阪にものんびり屋さんはいるでしょう。それなのに、科学的な根拠も検討しないまま、よく知らない人たちに関してすべてひとくくりにしてしまう。

なぜなら、私たち人間には、時間をかけて物事が正しいかどうかを検討する能力はそれほど強く求められていないからです。人間の長い歴史を考えれば、そうしないと日々の食糧にありつけずに死んでしまうこともあったはずです。

人間にはゆっくり考える性質もありますから、周囲の環境が落ち着いているときには時間をかけて深く洞察することもありますが、一般的にはパッと判断して迅速に行動できる人の方が生きやすいのではないでしょうか。正解ではないかもしれないけれども、よりよい方を素早く選ぶ能力が求められているのです。

確証バイアス

また、一見わかりやすい情報や、自分の曖昧な信念を確信に変えてくれるような気持ちのいい情報にも注意が必要です。

人は、自分に都合のいい情報ばかりを集めてしまう傾向があるからです。無意識に自分の信念や仮説を補強してくれるような情報ばかりを集める一方で、それに反するような情報はスルーしてしまうのです。

これを心理学の世界では「確証バイアス」と言いますが、自分が何となく感じていた思いを確信に変えてくれるような言説があると、人は気持ちいいと感じます。「ああ、やっぱり。思ったとおりだった」という気分ですね。

もちろん、わかりやすい情報や気持ちいい情報の中に真実が含まれていることもありますが、気持ちよさが優先されて発信されている可能性もあるということです。

ステレオタイプ脅威

たとえば、女性には「女の子だから、そんなに勉強しなくていい」とか「女性が男より出来がいいと、お嫁に行けなくなる」「女の幸せは結婚すること」などといった言葉がかけられることがあります。実際に、医学部に進学した男性に調査すると大多数がパートナーには自分より学歴や収入が低い人を望む、という結果が得られています。

こうした言葉がネガティブな刷り込みとして定着し、女性が無意識に自分の可能性を閉じてしまうこともあるのです。
実際、中学生くらいまでは女子の方が成績のいい人が多いのですが、高校生頃から男女の成績が逆転する現象があると言われています。

これは「ステレオタイプ脅威」の影響ではないかという説が有力です。ある集団で、多くの人が抱いているイメージのことを「ステレオタイプ」と言いますが、人は自然とステレオタイプに沿うような方向へ変化していくという現象です。

けれども、自分自身がそうしたバイアスにとらわれて、「自分には無理」とか「できないかもしれない」と思い込んでしまうのはもったいない話です。

「男だから〜しなければいけない」や「女だから〜でなければいけない」などと言われたときも、それをそのまま飲み込まず、自分は今、誰かのバイアスに縛られていないかと立ち止まって考えてみましょう。

若い頃は「仮決め」の柔軟さをもつ

世間や親が勧める生き方を迷わず選ぶ方が効率はいいから、その一択でいくという人もいるかもしれませんね。私なら怖くて選べませんが、自分の生存戦略をどう選ぶかはあなた次第です。

何を選んでもいいけれど、もしも今、何だか居心地が悪いと感じるなら、自分の居心地がよくなるためにはどうすればいいかを考えてみましょう。

自分の頭で考えるということには、実は大きな価値があります。周囲の人の考えを鵜みにしたり、最初から一つの考えに決めてしまったりするのは、ある意味では思考停止しているということです。自分から考える機会をなくしてしまっているとも言えます。

ただし、いろいろ考えすぎて疲れてしまうようだったら、とりあえず今はこれというように「仮決め」しておいて、ある程度、情報が集まってきたら再検証してみるもいいでしょう。

いつでもフットワーク軽く動けるように、そしてなるべく柔軟でいられるように、さまざまな可能性を自分の中で育てておくというのが、1020代のうちにできるこだと思うのです。

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※この記事は『「バイアス社会」を生き延びる』(中野信子・著/小学館 YouthBooks)の一部を引用・再構成しています。

作・中野信子小学館金額968円(税込)

あなたは誰のメガネで世界を見ているのか。誰かの思考バイアスに覆われたまま不自由な人生を送ることを避けて穏やかに生き延びる戦略を、脳科学の知見から語る。
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著者:中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者。1975年東京生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。現在、脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行っている。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。近著に『フェイク!』(小学館新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。

再構成/HugKum編集部

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