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図鑑を作ろうと考えたのは身近な危険を知らせたかったから
大人気の図鑑「小学館の図鑑NEO 危険生物」。発売当初迫力あるサメの表紙を見て、思わず手に取ってしまったという方も多いのではないでしょうか。あれから何年たっても人気はいまだ衰えず、時間を忘れて読みふける子どもを多く見かけます。
人気の秘密は何なのか、図鑑編集長の根本徹さんに、まずは立案当初のエピソードを伺いました。
「実はこの図鑑が生まれるずっと前から『危険生物』の本はあったんです。多くは海外の危険生物が中心で、『トラ対ライオン』『人食いザメがどこそこの海にいるらしい』など、怖さをあおる写真を集めたものや空想寄りの本が売れていて、子どもたちには昔からずっと人気があるジャンルの一つです。。図鑑NEOは自然科学を学ぶ図鑑シリーズですから『生息地の違うトラとライオンが戦うはずはないでしょ」と、はじめはあまり興味がなかったんです」
チャドクガの話を聞いて、身を守る実用書の必要性を痛感
それが、娘さんの友だちのある出来事をきっかけに「危険生物」図鑑を作ることを意識するようになったと言います。
「娘の小学生の友だちがものすごい皮膚炎にかかってしまいまして。通学路にあったサザンカの木にいた『チャドクガ』という毛虫に触れて皮膚炎になった、と聞いたんです。その晩、家族で『なるほど、近くに危険生物っているんだね』『子どもの身近にいる危険生物をきちんとまとめた本ってみかけないね』『どのような予防と対策を立てたらいいか、わかりやすい本がほしいね』という話になったときに、娘から『じゃあ、パパが作れば?』と言われたんです。それが『小学館の図鑑NEO 危険生物』を作ろうと思ったきっかけですね」
目次をみると一目で危険の質を分類できる
この図鑑が『家庭の医学』のような存在になってほしい
子どもや家族に向けて、毎日の生活の中で身の危険を守るための図鑑を作りたかったという根本さん。身近なところに危険生物がいることは、日頃ニュースに上がったら思い出すけれど、すぐ人ごとになって意識から埋もれてしまいがちです。
「そうですね。ここからスタートしているので、基本的に実用的でないと、とまず思いました。だから『家庭の医学』のように、一家に一冊みたいな感じになればいいなと。日常生活はもちろんのこと、海や山に行くときなど、ちょっとしたレジャーに出かける前に、本当に出会ってしまうかもしれない危険生物についてこの一冊で知っておくといいよ、という思いでした」
目次を見て身近さや危険の質を確認して
たしかに一つ一つの危険生物の怖さよりも、遭遇したらどうしたらいいのか、襲われたらどう対処したらいいのか、という項目に目を引かれます。この本を作るにあたってどのような構成にしようと配慮されたのでしょうか。
「生きものの図鑑を見るときに一つポイントがあるのですが、それは確実に『目次』なんです。この図鑑の場合、危険生物に出会う場所はそもそも陸なのか、海なのか。まずこれを分けました。そのあとに日本で出会うのか、海外で出会うのか。生物の毒といってもスズメバチのように刺す毒なのか、毒牙をもつヘビのように咬む毒なのか、ヒトが食べると中毒をおこす毒(食中毒)なのか、チャドクガのように自分が攻撃したいのではなく、敵から身を守るための毒(防御毒)なのか。蚊が血を吸うときに病気をうつす危険や、クマのように牙や爪で攻撃してくるといった毒以外の危険も含めて、生息場所とヒトに対する危険の種類を分類しているんです」
たしかに目次を見ただけで「どのような危険生物なのか」が自然と伝わってきて、危険そのものの全体構造をつかめる面白さがあります。中面では危険の種類によって対処法が整理されているため、危険の質を理解しやすく、関連づけながら危険生物の特徴をつかめるよさもあります。
「チャドクガを知れば毒をもつほかの毛虫の対処法も分かるし、防御毒全体を見れば同じ特徴をもつ生き物たちの共通点も理解できる。実用的にするにはどう分類すればいいか、という発想で全体を分けていますが、目次は子どもたちへの『なぜ、どうして危険なのかを考えてほしい』というメッセージでもありますね」
コラム「事件ファイル」を見ておくと、状況を思い描ける
子どもは怖いもの見たさでワクワクしながら見ている部分がありますが、実用性以外に「ここを見てほしい」という箇所はあるのでしょうか。
「スズメバチのところなどにある『事件ファイル』というコラムです。警察や自治体発表の資料をあたって、過去にどんな事件があったのかをまとめています。この事件を振り返ることで『いつ、どんなときにどんな生き物がどう人間に危害を加えてしまったのか』を知ってほしい。例えばマラソン大会で橋の上を走ったところ、橋の下にスズメバチの巣があって、巣から出てきたスズメバチにヒトが刺されたという事件。振動や足音がスズメバチを刺激したと言われています。ハチがジュースの缶のような甘いものに潜んでいるとか、外に干していた洗濯ものを取り込もうとしたら、洗濯ものの中にもぐりこんでいたハチに刺されたとか。なるべく最近の事件を入れて状況を思い描けるようにしています」
たしかに、いつか自分に降りかかるかもしれないと思ってしまう事件ばかり。生活の中で危険生物と遭遇することが決して珍しいことではなく、いつでも隣り合わせと思ってちょうどいい。そんな意識が生まれるしくみが「事件ファイル」に込められているのがよく分かります。
識者や医師への確認作業は膨大でも、確かな知識を届けたい
危険生物の図鑑を見ていると、動物、昆虫、植物など、さまざまなジャンルをまたがっている内容になっています。一つのジャンルの図鑑だけでも相当大変なのに、多ジャンルの図鑑となると相当ご苦労があったのではないかと想像してしまいます。制作時はどのような大変さがあったのでしょうか。
「たしかに危険生物の専門家はいないので、各ジャンル総勢15名の先生方に監修を依頼しました。対処法については医師に取材しています。ある毒について、なぜ刺された傷口を温めた方がいいのかをうかがったところ『この毒はたんぱく質でできていて、熱によって働きが失われるから、温めると痛みが和らぐ』ということも教わりました。だからやけどをしない42、3度のお湯に傷口をつけておくのがよいのか、と納得できました。」
どんな危険生物を取り上げるかをずいぶん考えた
何冊もの図鑑が一冊に凝縮されているような豪華さを持ち合わせているからこそ、読み応えがあり、子どもの心に刺さっているのかもしれません。「相当な時間をかけて制作しているのでは?」という質問に対して「制作には丸3年ほど」とさらりと答える根本さん。その年月はおそらくとても濃い年月で、企画立案から図鑑が誕生するまで「新しい図鑑を作る」一心で尽力されてきたのではないでしょうか。
「どんな危険生物を取り上げるかを決めたときのことをよく覚えています。まずいろいろな危険生物をザーッとあげて、被害にあった人の多い順に並べたりして。スズメバチとクラゲは、日本での事故件数がとても多いから、陸と海のトップバッターで掲載したかったんです。並べてみて掲載に至らなかった危険生物もいます。子どもが出会ってしまうかもしれないものにフォーカスして絞るうちに図鑑の特徴も立ってきましたね」
根本編集長が舌を巻いた危険生物とは
これだけすごい危険生物を集めて、怖さがマヒすることはないのでしょうか。根本さんが舌を巻いた危険生物を聞いてみると意外にも「子どもに教わったチャドクガ」と教えてくれました。
「陸と海で一つずつ上げるとしたら、陸は間違いなく『チャドクガ』です。メスが卵に毒針毛をこすりつけて卵にも毒、生まれてすぐ卵にあった毒針毛を体につけている幼虫にも毒、幼虫の毒針毛でおおわれた繭にも毒、成虫になっても毒を持っている。生涯毒を持ち続けるってすごくないですか(笑)。たくさんの毒針毛が風で飛んできても皮膚炎になってしまうので、退治したい幼虫がたくさんついている枝に近づくときはビニールをかぶせて枝ごと処分するわけです。それくらい強烈な生き物だと舌を巻きましたね。海ならイモガイという巻貝の仲間の『アンボイナ』。きれいな貝殻だなと思って手にすると刺される。神経毒で、だんだん体が動かなくなってしまいます。助けを求めている最中に浜の半ばで倒れてしまうことから、沖縄では『ハマナカー』(浜中)とも呼ばれます」
最後に図鑑が好きな子どもに向けてメッセージをお願いすると、次のように話してくれました。
「自由研究で図鑑を活用することってよくあると思いますが、読み物としておもしろさを感じながらぱらぱらとめくって読んでもらえたらうれしいです。たまたま読んだページから新しい知識の扉を開いていく人も多いと思うのです。図鑑NEO編集部には『小さい頃からいつも図鑑を読んでました』と言う人が多くいます。好きなページを見て興味を持って、日頃から読み物としてぜひ楽しんでください」
いかがでしたでしょうか。図鑑は色々な見方ができて奥深く、長きにわたって楽しめる「知の宝庫」。ぜひ『NEO危険生物』を隅々までチェックしてみてください。
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